4マイクロ
「七橋くーん」
放課後、部室に向かって歩いていたところ俺の名前を呼ぶ声がし、振り返ると知留奈がパタパタと小走りで近づいてきた。
「よお。俺は今から部室に行く所だけど、知留奈もか?」
「うん、そうだよ。いやー、今日は私達の歓迎会だよね。楽しみ楽しみ~」
そう、今日はアクアリウム部の先輩方が俺達の為に歓迎会をしてくれるのだ。まあ、俺達と先輩合わせて4人だけの部活なんで、そんな大した内容では無いだろうが、とりあえずケーキは買ってくれると言っていたのでそれが楽しみだ。
俺がケーキを食べたのは去年のクリスマスが最後で、それ以来食べてないからな。楽しみすぎて、思わず口の中に想像の甘さが広がる。あー、早く食べたい。なんて事を考えながら知留奈と部室へ歩き出す。
「ん。なんか七橋くん、すっごいニヤニヤしてるね。ちょっとやばい人みたいだよ。ふふっ」
「そうか、やばい人か。いや、俺、ケーキ食べるの久しぶりだからさ、昨日から楽しみで楽しみで…」
「そうなんだー。でも、そんなに好きなら自分で買えばいいんじゃない?」
まあな。そうなんだけどな。ただ、自分はあまりお金を持っておらず、ケーキなんて買う余裕は無い。
「あー、俺あんまり金無くてさ。小遣いもそんなに貰えてないし、バイトでもしない限りケーキを買う余裕は無いな」
「なるほどねえ。ちなみに月いくら貰ってるの?」
「先月までは2000円で、今月からは高校生になったんで3000円に上がったな」
「おぉぅ、たしかにちょっと少ないかも。3000円だと色々大変そうだね」
3000円。一日辺り約100円だ。パックのジュースを買ったら一日分は大体それで終了だ。故に丁寧な利用を心がけ無くてはならない。無計画にマンガの単行本でも買おうものなら、それだけで1週間分だ。恐ろしい。
「んで、知留奈はいくら貰ってんの?」
「私?私はね…、一万円かな」
「はぁ!?一万円???一万円っていったらうまい棒1000本だぞ!?ワンサウザンドウマイボゥだぞ!」
「うまい棒1000本!たしかにすごいねー。でも、七橋くんもうまい棒300本だよ。スリーハンドレットウマイボゥだよ~。なんだか、映画っぽい名前だー」
うまい棒300本!そう考えると3000円も結構な額だな。お父さんお母さん、今まで少ないと文句を言ってごめんなさい。
とは言え、やっぱり少ないな。うまい棒は単位の感覚が狂うから例に出しちゃだめだな。
それにしても知留奈は一万円か、いいな。それだけ貰えれば、日々にある程度の余裕が生まれる気がする。
「まあ、うまい棒はいいとして。一万円か。そのくらい貰えるとケーキ位ポンポン買って食えるな。羨ましい」
「いやいや、ちゃんと考えないと月末足りなくなっちゃうから一万円あったとしてもそんなに使ったりは出来ないよー。ポンポンなんて使えないよー、ぽんぽんっ!」
ぽんぽんと言いながら、タヌキの腹鼓の様に両手でおなかを叩く仕草をする知留奈。少しかわいい。
しかし一万円あってもそんなものなのか。俺は先月までは2000円で過ごしていたから、3000円でもある程度余裕が生まれたとか思ってたのに、一万円は一万円の悩みがあるんだな。まったく、贅沢な悩みだ。
しかし、他人の小遣いを羨んでもどうにもならんし、やっぱりバイトした方がいいかもな。面倒くさいが。
「そうだな。ある程度気にせず使えるような金額を手に入れようとすると、バイトでもしないと駄目だな。まだ入学したばっかりなんで流石にやらないが、しばらくしたらバイトするかねえ」
「バイトか~。私もしよっかなー。欲しい物とかもあるしね~」
などと話しながら歩いていると、俺達は部室へ到着した。俺はドアをノックし中の様子を伺う。
コンコン
「お疲れ様でーす。七橋です」
「おお来たか!入りたまえ」
神坂先輩の声が聞こえ、俺はドアノブを回し扉を開けて入ると、そこには一面飾り付けられた部室が目に入ってきた。
「おおっ。なんすかこれ。すごいっすね!」
部室に入ってまず一番に目に入ったのは、『新入部員歓迎会!』とかかれた看板が正面奥の天井付近の壁にドーンと貼り付けられていた。
そして、他の壁には折り紙で作られた紙のリボンなどが飾られ、安っぽくはあるもののそれはとても素敵な歓迎ムードあふれる部屋になっていた。あと、机の上には紙コップといくつかのお菓子も用意されており、その中にはプリングルスとハーベストセサミも用意されている。なんという心遣い、感謝で胸がいっぱいだ。
「へぇ~、結構色々やったんだねー」
「まあな、歓迎会なんてそうやるものでもないし、それなりに頑張ってみたぞ」
「このあと片付けないといけないのが面倒だけどね」
俺と知留奈は部室に入り、キョロキョロと周りを見ながらそれぞれ適当に空いた椅子に座る。
「では、七橋くんお待ちかねのケーキを出してくるかね」
「うひょー!ケーキ!ケーキ!」
神坂先輩は俺の熱い声援を受けなが冷蔵庫へ向かい、持ち手の付いた四角い紙の箱を持ってきた。
なんか自分が想像してたより大きめの箱だな。これは、もしかして…?
「さて、ちょっと大きい感じがしてると思うが、なんと今回はホールケーキを用意してみたぞ」
「おおおおお!すごい!!これはちょっとしたお祭りじゃないですか!?」
やはり!この大きさは丸ごと一個だ!カットされたケーキ1個だと思ってたんでこいつは嬉しい誤算だ!いや、別に計算はしてないな!まあ、どうでもいいや!やっはー!テンション上がる!
興奮のあまり、椅子から俺は立ち上がり、おもむろにスクワットを始めた。
「ちょっと、七橋くんはしゃぎすぎ。まあ買ってきた甲斐があったってものだけどね。ふふ」
「いやいやすごいよ~。普段、丸ごとは中々買わないしね。私も普段より盛り上がってきたよー」
知留奈も嬉しそうに両手のひらを頭の上でパンパン叩き始めた。なんかこんか感じのオモチャどこかで見た事あるな。
「二人共、まあ落ち着きたまえ。このままでは一向に進行出来無いぞ。はっは」
神坂先輩の声にすぐに知留奈は手を叩くのを止め、俺も、即スクワットを終了し椅子に座り直して二人で神坂先輩をじっと見つめた。
「…おお、えらく聞き分けが良くて驚くな。では、あんまり長引かせてもしょうが無いし、取り出すとしよう」
神坂先輩は紙の箱の横側を開き、やや慎重に中の物を取り出すとそこには、生クリームと1cm角サイズのプリン?が上部に埋め尽くされたとても美しいケーキがそこに登場した。
「なんすかこれ!?俺、こんなケーキ見たこと無いんですけど!」
「ああ、これはプリンショートと言ってな。とてもうまいケーキだ。どうだ、美味しそうだろ」
「わぁー!カットされたサイズのは食べたことあるけど、ホールサイズは凄いねー!だいはくりょく!」
プリン=うまい
生クリーム=うまい
プリン+生クリーム=超うまい
こいつはたまらんな!絶対にうまいことが保証されている!イチゴのショートケーキも美味しいが、プリンの方がテンション上がるな!
「ふふ。登里奈、早く切り分けちゃって。二人共このままじゃ発狂しちゃうわよ」
「はっはっは。そうだな、このまま放っておくと人死か出るかもしれんな!では…、えっと花倉、切るものどこかな」
神坂先輩はキョロキョロと辺りと見渡すが包丁やナイフ的な物は見当たらない。
「え。私、用意してないわよ。持ってきたのはケーキだけよ」
…。
しばし、沈黙が流れる。
え、切るものが無い?目の前にケーキがあるのに食べることが出来ない?いやいや、そんな馬鹿な。何か代わりのものがあるだろう!なあ!あるよな!
「…困ったな。そうだな、何か代わりの物は…。何もないな。どうしようか、このまま皆で鍋みたいに突くか?」
…それはないな。折角の素敵な歓迎会ケーキタイムが、みんなで大食いチャレンジタイムみたいな絵面になってしまう。それはあまり美しくない。
「いや、流石にそれはないでしょ。そうね…、ちょっと見た目悪くなるかもしれないけど、食べる用に貰ったプラスチックのフォークを使って切りましょうか。ていうか、それしか無いわね」
「そうだな。ちょっと崩れるかもしれないがまあ仕方ないだろう。七橋くん、すまんな少し見た目は悪くなるかもしれんが許してくれ」
「いやいや。大丈夫です。確かに綺麗な方がいいですけど、こんな状況です。みんなで仲良く美味しく食べれればいいですよ」
でも、皆で突くのはやっぱりナシだけどな。
「んじゃ、だれが切るの~?あと、どの位ずつ切るの?」
「では、このまま私が切ろう。サイズはいきなり4分の1づつ行くか。うん、どうせ綺麗に切るのは難しいんだ、切る回数は少ないほうが良いだろう。そうだろう」
そうか、このケーキ4人で分けるんだから4分の1づつか。て、それって結構なサイズじゃないか。これは堪らんな!
「さあ、いくぞ!ザクザク切ってくぞ!」
フンッと気合を入れた神坂先輩は、手にしたフォークでザクリザクリとケーキを切っていく。
ただ、フォークは構造上緩やかなカーブを描いている為ケーキを真っ直ぐ切るのは難しいみたいで、なんだか地割れの様に分割されていく。
「ん…む。結構難しいな…と。まあ、こんな感じか。では、まず七橋くんの分を皿に載せるぞ」
神坂先輩はそう言って、そう生クリームがべっとり付いたフォークを4分の1サイズに切ったケーキの下に入れ持ち上げようとした。
「ちょ!ちょ!ちょ!先輩ストップ!それ無理!絶対崩れますよ!」
「はっはっは、まあ大丈夫だろ。私に任せておけ…あ」
それなりの大きさのケーキを普通の大きさのフォークで持ちあげるのはやはり無理があったようで、カットされたケーキは真ん中で割れ、スポンジの上に乗っていたプリンも崩れ落ちてきてもう何が何だかわからない物体になってしまった。
「お姉ちゃん、それ変に持ち上げようとせずに、フォークを2個位使ってずらす様にお皿に乗せればいいんじゃない?」
「おお、そうかなるほど。さすが我が妹、素晴らしいアイデアだ。…うん、キレイに乗せれたな!」
そう言いながら残りの2個も皿に乗せていく神坂先輩を見ながら俺は嫌な予感がした。
「よし。じゃ、みんなにケーキが渡ったところで、まずは私の挨拶だな」
「先輩ちょっと待って下さい。挨拶の前に、この不平等な状態をまず解消してからにしましょう」
そう、俺の目の前には何だかぐっちゃりした物体が鎮座している。確かに『俺の分」と言いながら乗せたが、他の皆の分は普通に乗せられている。これは不平等である!断固として抗議する!
「ふむ、流れでこのままウヤムヤにして行こうと思ったがそうはいかなかったか。やるな七橋くん」
「んじゃ、どうしよっか~?じゃんけんでもする?」
「そうね。それが一番簡単で後腐れ無さそうね」
じゃんけんか。確かにこれなら誰も文句言えない。よし、4分の3は比較的まともなケーキだ。ぜひ勝ち取ってやるぜ。
「ではいくぞ。1回勝負だ。ジャンケンポンで行くぞ。ジャーンケン…」
「「「「ポン」」」」
・
・
・
「えー、コホン。さて、今年我々の部に新しい部員が加わった。あまり活発では無い部活ではあるが、楽しく活動して行こうと思う。七橋くん、そして知留奈。これからよろしくな、カンパーイ!」
「「カンパーイ」」
「…カンパーイ」
あれだな、こういう時は大体負ける人って決まってるよな。なんと言うか汚れ担当と言うかオチ担当と言うか。
そう、負けたのは俺だ。よって俺の目の前には先程と変わらずプリンと生クリームが『盛られた』皿がデンッと置かれている。
「まあまあ七橋くん、味は一緒だよー。大丈夫大丈夫!」
「じゃあ、俺のと交換してくれ」
「あ、ゴメンもう手をつけちゃった。ぱくりっ。んー!おいしー!」
「手を付けたの今じゃないか。まあ、ジャンケンに負けたのは俺だし、しょうがないか…」
「そうだな。私のと交換してあげたい気持ちもあるが、勝負で決めた事だ。ここは大人しく今与えられた物を受け入れるんだな。はっは」
「知留奈も言ってたけど味は一緒よ一緒。さっさと食べちゃいなさい」
まあ、このまま眺めててもしょうが無い。
知留奈と伊野先輩も言ってたように味は一緒だ。ここは、用意してくれた事に感謝し、頂く事にしよう。
俺は目の前の塊をフォークですくい、口の中に運ぶ。
…!!!
「…うまい!!!先輩!ちょうウマイっすよこれ!」
見た目は悪いが、このなめらかな生クリームとプリンのツルツル感。そして、クドすぎないすっきりとした甘み。これはすごい!とてもウマイ!俺の人生のケーキランキングNO.1決定だ。
「だろう。今回買ってきた店の中では私の一番のオススメだからな」
「でも、他にも色々美味しい物あるのよ。季節のフルーツを使ったのとかも美味しいわよ」
「あの店美味しいよね~。七橋君もいい感じのメニューが増えたらになったら食べにいこーね」
いい感じってなんだよ。そうだな、俺が好きな果物ランキングNo.1の梨を使ったケーキとかあれば食べてみたいな。しかし、ケーキだと梨じゃなくて洋梨になるのだろうか?まあ、どっちでも多分最強にうまいんだろうけどな。
俺は知留奈にシーズンが来たらぜひ行こうと返事をし、盛られたケーキをパクリパクリと食べていく。あー、このケーキ本当にうまいわ。
「さてさて。このままケーキを食べたりお菓子を食べたりしていくだけもツマラナイだろう。と、言うことで今から皆で余興をして行こうと思う」
余興?ああ、なるほど。何か見世物をしてくれるのか。今日は至れりつくせりだな。
「七橋くん、何自分は関係ない見たいな顔してる。私は『皆」と言ったのだぞ。つまり、君も何かするんだ。はっはっは」
「え?俺もですか?でも俺何も考えてきてませんよ?」
「なあに、そんなに難しく考える必要は無い。ちょっと皆を楽しませれる様な事をしてくれればいいだけだ。気楽に行きたまえ気楽に。とりあえずは…、私からやるか」
そう言うと神坂先輩は立ち上がり、ドアの前のひらけたスペースに行く。
「では行くぞ。映画『レッドブロンクス』より、木人拳をするジャッキー・チェン」
神坂先輩はスッと足を肩幅に広げて両手を前に付きだしたかと思うと、その両手を激しく動かし始めた。その動きは『わちゃわちゃ』と言った擬音がピッタリな感じではあるが、時折入る『止め』の動作のおかげかなんだか本当に木人拳をしている様に見えてきた。
「パンチホ~マンホチ~ペンチョンヤサンチ~~~~」
え!さらに主題歌まで!もう、神坂先輩がジャッキーにしか見えない!
「神坂先輩すごいです!でも、その主題歌『ポリス・ストーリー』のやつじゃないですか?」
「すまない。昨日ポリス・ストーリーを見たからそれの記憶がへばり付いていてな。まあ、雰囲気は出たろ。はっはっは」
神坂先輩は木人拳を止めると、少し手が疲れたのか腕を手で揉みつつ自分の椅子に戻りながら答えた。
「昨日、テレビでやってましたもんね。俺もそれで分かったんですけど」
「私もお姉ちゃんと一緒に見たよ~」
「当然私も見たわよ」
アクアリウム部部員のポリス・ストーリーの視聴率100%かよ、どんだけジャッキー好きなんだ。
「よし、それでは次は花倉だな。頼んだぞ」
「了解。じゃあ、さらっとやるわね」
次は伊野先輩か。なんか伊野先輩はこういう事はやらないイメージだったから意外だな。一体何をするんだろ。
「では、私は縄抜けをやるわ。登里奈、ちょっと手伝って」
伊野先輩はドアの前のスペースに椅子を持って移動し、神坂先輩に体を縛るように指示をした。
「よし、こんな感じでいいな」
「そうね。ありがとう、じゃ席に戻っていいわよ」
伊野先輩を縛り終えた神坂先輩は、体をキチンと縛れているか確認し、うんうんと頷きながら自分の席に帰っていった。
「では、今からこの縄から一瞬で抜けるわ。よそ見しないで見ててね」
これはアレかな、縛られるときに腕の向きだの何だのを細工しておくと、別の向きに変えると抜けやすくなるとかそういうやつかな?それでも、一瞬で抜けるとなるとそう簡単にはいかないだろう。これはちょっとわくわくしてきたな。
「…いくわよ。3・2・1・はいっ!!!」
ブッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!
「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ」」
目の前の状況に俺と知留奈は、思わず声を揃えて驚いた。縄抜けをすると言っていたからスルリと抜け出すのかと思っていたのだが、伊野先輩は縛られた縄を怪力のスーパーヒーローが如く引きちぎり脱出した。
「せ、先輩。ものすごいですね…」
「花倉ちゃん、そんなに力持ちだったんだね…。今後、花倉ちゃんを縛らないといけない事があっても無駄なんだね…」
知留奈よ、普通は友人を縛る機会はまず無いだろうからそんな事を心配しなくても良いぞ。
しかし、すごいな。こんな事出来る人が本当に居たんだな。でも、これ『縄抜け』とは違うよな。
「驚いた?実はこの縄には細工してあって、ちょっと力を入れると切れるようになってたのよ。で、縛った登里奈は当然知ってたけどね。事前に打ち合わせして協力して貰ってたの」
なんだ…、そういう事か。そりゃまあ、あんな細い体じゃ縄を引きちぎるなんて普通は無理だしな。
「そうなんですか…、ビックリしましたよ。でも、面白かったです。まじかよ!なんだこの人!とか思っちゃいました」
「ビックリしたした~。花倉ちゃんってそんなに非力でも無いけど、さっきみたいに剛力な感じでも無いから驚いたよー」
「ふふ。上手く言って良かったわ。それじゃ、次は七橋くんと知留奈、どっちが先にする?」
そうだ、余興は俺達もしなきゃいけなかったんだ。伊野先輩は千切れた縄を拾い集め自分の席に戻ると、俺と知留奈を交互に見つめながらそう聞いてきた。
「うーん、私は何をしようかなあ…。七橋くんはもう何かやるの決まってる?」
「いや、決まってはないが…。まあ、いいや俺からやるわ。じゃあ何をするか…」
「あ、だったら私、七橋くんのパントマイム見てみたいな。前に2回ほどやったみたいだけど、私は見たこと無いんだよね」
ああ、そういえば知留奈はいなかったんだな。まあ、パントマイム中に部室に来て、ドアで俺の首を捻じ曲げて中断させたんだが。
「そうか。ならいっちょやりますか。じゃあ、そうだな…今日は『階段』と『エスカレーター』でもするか」
「ほんと!やったー、一度見てみたかったんだよね~」
「おお…。再び七橋くんのパントマイムが見れるとはな。もうあれは絶対封印物だと思っていたのだが違ったようだな」
「七橋くんの胆力には本当に感嘆するわね。しっかりと見届けさせてもらうわ」
先輩達の賛辞を受けつつ、俺は部室の隅に置かれてあった折りたたまれたダンボールを2つ手に取り、それらをドアの前のスペースに立てた状態で椅子に挟んで固定させた。
「では、行きます。まず、エスカレーター」
俺は、ゆっくりと前に進みながら徐々に頭を下げていき、そして来た道を今度は頭を上げていく形で折り返していく。
「続いて、階段」
今度は、ゆっくりと前に進みながらリズム良く頭をスッスッと下げて行く。そして、来た道をリズム良く頭を上げて戻っていく。
「以上です。ありがとうございました」
「はー…、すごい。エスカレーターは急角度で下っているなーとか思ってたら落とし穴にでもハマったのか、突然姿を消したのが驚きだったよ~。上がってくる時も、突然ニョキッって頭が出てきたのもすごかった~」
「階段もすごかったぞ。あれはジャンプしながら下りてたんだな。えらいガックンガックンしてたからな」
「上りの方も、もしスローだったら月面で坂道を跳ねながら登る人の演技ってくらいすごい跳ねっぷりだったわね」
素晴らしい。絶賛の嵐だな。…そういう事にしておこう。
「じゃあ、俺の番も終わったし知留奈の番だな」
立てていたダンボールを片付けながら、知留奈に声をかける。こいつは何をやるんだろうな。伊野先輩以上に想像が出来ない。
「…よーし、じゃあ神坂知留奈、高速糸通しします!」
「え?高速糸通し?」
「なによそれ。高速で針の穴に糸を通すって事?」
「そうそう。針の穴に糸を通すのって時間かかる人いるよね。でも、私はあっと言う間に通して見せちゃうよ!」
「知留奈よ、お前はそんな事ができたんだな。私は知らなかったぞ。ぜひ見せて貰おう」
高速糸通し。なんだろう。それはすごいのか?糸を通すのなんか大したことじゃないだろう。
…いや、まだ見ても無いうちに判断するのは失礼だな。こんな場で特技としてやるんだ、少し期待して見てみるか。
「えっと…よし、準備おっけー。じゃ、いくよー」
知留奈は制服のポケットの中から小さいソーイングセットを取り出すと、そこから糸と針を取り出し皆に向かってそれらを見せつけながらそう言った。
「では…、よーいドン。はいっ!出来た!」
「「「!!!」」」
「え、はやっ!」
「ちょっと!1秒も経ってないじゃない。本当に…?あ、ちゃんと糸通ってる…」
「いつの間にそんな事が出来るように…。妹に対してこれほど驚愕したのは初めてだな…」
知留奈の手にはちゃんと糸の通った針が持たれていた。すごいな、いくら早いっていってもこんなに早いとは思わなかったな…。
「へへ~、どう?結構すごいでしょ。まあ、今のよーいドンって言ってる間に、針に通しやすいように糸の先を指で細く束ねてたんだけどね。えへ」
なるほど、そうだったのか。いや、例えそうだとしても早いだろ。最初聞いた時は失礼ながらちょっとショボイ感じがしたがここまで早いとかなりの驚きになるんだな。
「はー、知留奈がこんな特技持ってたなんてね。私、知らなかったわ」
「うん、私もそんなにすごい事だとは思ってなかったんだけど、同じクラスの子に『すっごいはやいね!』って言われて、初めて気がついた位だし。あは」
「そんなに簡単に行くものなのか?知留奈よ、ちょっと私にもやらせてみろ」
「うん、いいよー。じゃあ、リセットするために糸の先をちょっと切っちゃうね。…ちょっきんっと。はい、お姉ちゃんやってみてー」
負けず嫌いなのか興味本位なのか、神坂先輩は知留奈から針と糸を受け取り、さっそく自分もやってみる。…が、なかなか通らず四苦八苦している。
「うーむ、なかなか通らんな。糸の先を舐めるのはアリか?」
「うーん、今回は無しで!お姉ちゃん頑張って!」
「分かった。このまま頑張ってみよう」
神坂先輩は再び手を動かし始めるがなかなか通らない。1分は経っていないがそこそこ時間がかかってようやく針に糸が通った。
「ふぅ。思ったより時間がかかったな。糸の先を舐めれれば今よりは早かったとは思うが、知留奈は何もなしにあっという間に通したからな。すごいな、地味ながらも姉は驚いたぞ」
「まあ、実際この特技がそんなに役に立つことは無いんだけどね。糸通し使ったり糸を舐めたりすればそこそこ速く通せるしね」
まあ、確かに糸通し等を使えば速く出来るかもしれない。でも、何も無しにサッと出来るのは便利な特技なのは間違いない。俺も役に立つ特技の一つでも身につけたい気分になってきた。
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皆の余興も終わり、そこからはダラダラと雑談をしながら残りのケーキやお菓子を食べていった。ケーキは普通サイズのホールを4分の1づつと、結構な大きさではあったが全員キレイに完食した。
「ふぅ。おなかいっぱいだ。久しぶりのケーキでしたがすごい堪能出来ました。それ以外にも色々用意して頂いてとても嬉しかったです。どうもありがとうございました」
「とっても美味しかったー。さすがにこのサイズを食べることは今まで無かったからすっごい嬉しかったよ。ありがとねー」
「はっは。なに、気にするな。私達も食べたかったからな。それにそんなにも二人にも喜んでもらえたのであれば我々も振る舞った甲斐があったと言うものだ。なあ、花倉よ」
「そうね。私もこんなに大きいサイズをいっぺんに食べることはしたこと無かったから楽しかったわ。何かまた機会があればこう言う会を開いてもいいかもね」
「なるほど次か…。となると来年の新入部員歓迎会か?出来る気がせんな」
「しないわね」
「無理っぽいね~」
「出来る気がしませんね」
俺は偶然というか強引と言うか積極的に入部した訳じゃないし、知留奈は神坂先輩の妹なんで入部しただけで、一般の新入生がこの部活を選んで入部する気がまったくしない。だから、『新入部員歓迎会』は多分無理だろうな。うん。
「て言うか別に新入部員歓迎会に拘る必要は無いでしょ。あと、えらい未来すぎる。特に拘る必要もないんだし、何か記念的な事があった時にすればいいじゃない」
「まあ、そうですね。新入部員が入るとしたら一年後ですし」
「そうだな。まったくもってその通りだ。はっはっは。…と、結構いい時間になってきたしそろそろ部室の片付けをするか。こんな浮ついた部室で明日以降も過ごすのは流石にどうかと思うしな」
「そだねー。ちゃちゃっと終わらせちゃおう」
俺達はそれぞれ飾り付けなどを外しゴミ袋に入れ、焼却炉へ運ぶ。当然やらなければいけないことなのだが、それはどこか寂しさを感じさせるものだった。




