2マイクロ
「さて、今日は水換えをしようか」
俺が「お疲れ様です」とドアを開いた瞬間、神坂先輩は机をバンッと叩きながら立ち上がりそう言い放った。
「あ、先週言ってた水換え、今日やるんですね」
「ああ、七橋くんが気になっていた様だからね。その憂いをここで晴らしておいてあげようという先輩の優しさってやつだな」
なるほど。ちょっと気になってたから嬉しくはあるが、別に俺が憂いでなくてもやらなくちゃいけない気もするがそこは触れないでおこう。
「確かに、憂いでなくともやらなくてはいけないんだがね。はっはっは」
心を読まれた。多分表情に出てしまったのであろう。
「では、七橋くん、さっそくこっちに来たまえ」
「あ、はい。」
カバンを置いて、水槽の近くにいる神坂先輩の元へ行く。
どんな感じの事をするんだろう、ちょっと緊張するな。
「そんな緊張しなくても大したことはしないわよ。驚くほどに」
いつもの様にマンガを呼んでいた伊野先輩はこちらの緊張を解くためか、そう話しかけてくれた。
伊野先輩はやさしいな。
て、いうか、よく見ると今日はマンガじゃない。なんか携帯ゲームしてる。
「あ、今日はマンガじゃないんですね。何をやってるんですか?」
「ん?ああ、これね。今やってるのは『どき魔女ぷらす』。近くのゲーム屋で新品が1000円で売ってたから買ってみたの。わりと面白いわね。で、今はひたすら女の子の胸を揺らしている所よ」
「なるほど…。って反応に困りますね、そのゲーム」
「あんまり気にしなくていいんじゃない?『いいですね!』とか言ってきたら『どうしようもない変態ね』くらいは返してあげるわよ」
危ない。適当に同意してたら、やってもないのにやってる人間から変態呼ばわりされるところだった。恐ろしい。
「…七橋くん;;」
あ。
一瞬、神坂先輩の事忘れてた。
声のした方向を見るとそこには、バケツを前に突き出したまま切ない顔をしている神坂先輩が立っていた。なんかすげえ罪悪感だ…。
「すいませんすいません。さあ、水換えやりましょう!」
握りこぶしを目の前に作りヤル気あるアピールをする。
すると、先輩は機嫌を直してくれたようでニコッと笑い説明を始めた。
「よし、ではさっそくやっていこう。まずは、水槽の中の水をこの10Lバケツに移す。量は1杯で十分だ。移し方だが、このプロホースと言う砂利もついでに掃除できるポンプを使う。使い方は、給油ポンプと同じ要領だ。そしで、このポンプの吸水部分で砂利をズンズン突いていくと。そんな感じだな。まあ、一度私がやってみせよう」
吸水ノズルを水槽に入れ、排水ノズルをバケツに入れたところで先輩は何かに気づいた。
「あ。ついでだから水槽のガラスに付いたコケ掃除もしておこうか。まあ、そんなについてないからサラッとするだけだがな」
そう言って、水槽の隣にある水槽用品が色々置いてあるところから3cm角位の大きさのスポンジを取り出した。
「これはメラミンスポンジだ。何を使えばいいとかそんな決まりはない。人によってはスクレーパーというヘラを使ったり、使い捨てのクロスやブラシなど色々ある。ま、コケが取れれば基本なんでもいいってことだ」
神坂先輩は袖を捲ってザブンと手を入れ、スポンジで撫でるようにガラス表面を掃除していく。
「あんまりゴシゴシ掃除してくって感じじゃないんですね」
「今のところそんなに付いてないからな。まあ、目に見えにくいのもあるだろうから、そこら辺が取れてたらいいなって感じだ」
そう言って、水槽から手を取り出しタオルで腕を拭いていく。
「さて、ちょっと寄り道したが、水抜きを開始する。先ほどのポンプを水槽に入れ、こんな感じにポンプをプコプコと揉んで…、水が流れ始める。そして、魚を吸い込まないように注意しながら、砂利を突きまくる」
神坂先輩はやや強めに吸水ノズルで砂利をザスッザスッと突いていく。
すると、吸水ノズルに砂利が吸い込まれるが、砂利自身の重みで沈んでいく。しかし、砂利の中にあったゴミなどの汚れはそのまま吸い込まれ、排水されていく。なるほど、これはよく考えられた商品だ。
「…さて、そろそろバケツ1杯分だな。ここで水抜きは終了だ。では七橋くん、この水を廊下の洗面所に捨ててきてくれ。そして、水道から綺麗な水を同じくらい入れてきてくれ」
「あ、はい分かりました。…と、結構重いですね。では行ってきます」
「うむ、気を付けて行ってきてくれ」
ふんぬと力を入れてバケツを持ち、廊下にある洗面所に向かう。なるほど、これは確かに女の子にはちょっと大変な重さかもしれない。そんな事を思いながら水を捨て、軽くバケツを洗ったあと同量の水をバケツに入れて再び部室に入る。
「戻りましたー。えーっと、どこに置けば…」
「ああ、君が持って行く前と同じ場所でいいぞ。そう、そこそこ。さてさて、七橋くんが持ってきてくれた水だが、このままでは使えない。何故だか分かるかね?」
このままでは使えない理由か…。なんだろな、熱帯魚って海外の魚だから海外の水と同じ成分に変化させるとかか…?いや、その前に水道水のままだと余計な物が入ってるな、それが理由だろうか…?
「えーっと、カルキが入ってるからとか?」
「その通り! 分かってるじゃないか。では、カルキの抜き方だが、一番簡単なのは…っと、このコントラコロラインと言う中和剤を使う事だ。バケツ1杯分なんで分量は、ちょろっとでいい。…よし、こんなものだな。そして、これをバケツに入れてグルグル混ぜる。…よし、カルキ抜きはこれでOKだ」
神坂先輩は近くにあったデカいピンセットみたいのを使って水をかき混ぜてそう言った。
「意外とあっさりなんですね」
「まあ、カルキを抜くのなんて大したことないからな。中和剤がなくても一日天日に当てておけば抜ける位のものだし。で、先週はカルキ抜きを使わずにやってみようと思って、天日に当てていた水を君にかけてしまったんだ。はっは、いやすまなかった」
「よかった、汚い水では無かったんですね…。あれ?ですと既に排水は終わってたんじゃないんですか?」
「いや、違うのだよ。排水する前にカルキを抜いた水を作ってしまったから、『排水用のバケツがなくて困ったな、どうしようかなー。』と窓枠にバケツを置いてしまったんだ」
「…なぜ、そこで窓枠にバケツを置いたのか分かりませんが、状況は分かりました」
「しかし、大丈夫だ。バケツは今日新たに予備として1個貰ってきたから。今後はそんなミスをしないぞ。安心したまえ」
スッとそばにあった新しいバケツを目の前に掲げる神坂先輩。なぜか誇らしげだ。
「じゃあ、先ほどの続きをしていくかな。さて、このカルキ処理済みの水を水槽に入れるのだが、そのまま入れるのは水温が違っていたりで良くなかったりする。故に水温の調節が必要だったりもするが、面倒なんでそのままいれる。ただし、多少は気を使って5回くらいに分けつつ入れていく。以上で水換えはすべて終了だ」
「え、おしまいですか?」
「ああ、おしまいだ。場合によってPhとか亜硝酸とかのチェックをするが、まあそんなに神経質にならなくてもいいと思っているので、今日はしない」
「て、言うか殆どしたこと無いわよね」
今までゲームに集中していた伊野先輩が話に入ってきた。
「そうだな。まあ、今まで特に問題も発生してないし大丈夫だろ、はっは。 それじゃ、もう自由にしていいぞ。あとは、適当に時間を開けつつ水を入れれば良い」
神坂先輩はノートパソコンの置いてあるいつもの席に座りながらそう言った。
「あ、はい。なんか思ったよりも簡単ですね」
俺は目の前の水槽を覗きつつ感想を述べた。
「そうだな。魚の種類によっては色々難しくなるが、この水槽に入っているのはカージナルテトラとかの飼育しやすいやつばかりなんで、肩の力を抜いてやっていきたまえ」
「あれ、カージナルテトラってこの青と赤のやつですか?これってネオンテトラってやつじゃないんですか?」
水槽の中を優雅に泳ぐ赤青ツートンカラーの魚を指さしながら聞いてみる。
「確かにネオンテトラの方が有名なのでそう思ってしまうかもしれんな。だが、これは別の種類だ。まあ、比較対象が無いので分かり辛いかもしれんが大きさが違う。カージナルの方がデカい。それと模様が違う。カージナルは下にある赤のラインが体全体に伸びてるが、ネオンテトラは半分位しかない。ほら、この前の本にも載ってるから見てみるが良い」
先週から出しっぱなしになっていた熱帯魚入門を開き、観賞魚の紹介ページを見てみる。
「あ、ほんとだ。こうやって見ると全然違いますね」
体長もが1cmほど違うのもそうだが、色合いが全然違う。ネオンテトラも綺麗なのだが、カージナルテトラは赤が濃い為かネオンテトラより見栄えが良い。
なるほど、似たような感じだが全然違うものなんだな。
「まあ、あれだよ。これらの魚種の選択をしたのは理事長だから、彼の趣味って事だな。私の趣味で追加したのはオトシンクルスっていう魚だけだ」
神坂先輩は立ち上がり水槽の前に来ると、水槽内の石の表面にいた魚を指さしながら言った。
「あ、これオトシンクルスっていうんですか。なんかかわいい感じはしますが、色合いとかは地味ですね」
「おいおい、地味とは酷いな七橋くん。彼はこの水槽の中では大事な仕事を持ってるんだぞ」
「え、仕事?なんですかそれは」
「それはだな、コケ掃除だよ。彼はこの水槽における掃除屋さんなのだよ」
「へー、それはすごいですね。じゃあ、彼がいると水槽が綺麗になると言うことですか」
「と、私も思って入れたのだが、実のところあんまり掃除してくれない。正直、コケをほどほどにペロペロする感じで、ゴリゴリ食べる感じではなかった。なので、普通に彼ら用のエサも入れている。つまるところコケ取り要員としては失敗だったということだ。しかし、かわいいから問題なし。はっはっは」
「なんか切ないですね。でもこいつ、みればみるほどかわいく見えますね。つまり、成功ですね!成功!」
ピルピルと泳いでいたオトシンクルスが水槽の壁面にペタッとひっついた。お腹がスケスケでセクシーだ。
コンコン
観賞魚について神坂先輩と話していると、この前の事を反省したのかドアをノックする音が聞こえて知留奈が部室に入って来た。
「おつかれさま~。あれ、水換えしてたんだ」
しかし、入部して数日しか経ってないが、なんか知留奈はこの前も来るのちょっと遅かったな。なんか別の事でもやってるのだろうか、ちょっと聞いてみるか。
「おつかれ。なんか、知留奈はこの前も来るの遅かったけどなんかやってんの?」
「え?あ、うん。私、図書委員会に所属してるんだけど、最近、新書が入って来てそれらの整理をしてたんだー。でもまあ、今日で終わったんで、今後はたまに受付当番の日にだけ遅くなったり来なかったりするくらいかな~」
知留奈は鞄を机に置き、お茶の準備をしながら答えてきた。
「委員会か、大変だな。俺は何もやってないから楽だな」
「私も入ってないな」
「私も入ってないわよ」
「あ、伊野先輩聞いてたんすね。どうですか、ゲーム堪能してますか?」
「ええ、ちぎれるんじゃないかってくらい揺らしてきたわ」
怖いな、何か恨みでもあるのか。伊野先輩の胸は…特に小さいって感じでも無いが、女性には女性の何か思うところがあるのかもしれない。
「七橋くん、今、私の胸を見てたでしょ。とりあえず、殴るわね」
言うやいなや、伊野先輩は立ち上がり俺の元へズンズンと近づき、腕を大きく振りかぶったと思ったらそのまま顔面に拳を振るってきた。
ヒュッ
バスンッ!
「え!?」
「…すいません、先輩。こいつは残像です」
「いやいや、驚いたのは避けると思ったのに避けずにモロに入ったからで。鼻血出てるわよ」
そう言って、ティッシュを出してくれた。
「あ、どうも…。いや、女の子のパンチくらい平気だろうと思って避けなかったんですけど、想像以上に痛くてつい強がってしまいました。ふが」
その程度の攻撃、私には効かぬわ。とか言いたかったんだが、結構痛い。とりあえず、両方の鼻にティッシュを詰めたし鼻血はそのうち止まるだろう。俺を殴った伊野先輩の手の方は…大丈夫そうだな。
「はっはっは。七橋くん、実に面白い。君を誘った私の目に狂いはなかったようだな」
「うぷっ。ちょっとティッシュ大きすぎじゃない?すごい勢いで牛乳を鼻から吹いてる人みたいよ。ふふっ」
姉妹揃って俺を見て笑っている。まったく、失礼な姉妹だ。
「なんかごめんなさいね。今度うまい棒買ってきてあげるからそれで許して」
「なんか安いっ。チーズ味でお願いします」
「え!?それでいいんだ。じゃあ、私も今度うまい棒買ってくるから、殴ってもいい?」
用意していたお茶を皆に出しつつ、知留奈は物騒な事を言ってくる。
「ちょっと、お姉さん。おたくの妹さん随分と恐ろしいこと言ってくるんですけど、そちらの家庭での教育はどうなってるんですか」
「うふふ、冗談だよ冗談。ごめんね」
俺にお茶を渡しつつ、逆の手で手を振って否定してくる。しかし、お茶を持った手もついでに揺れててちょっと怖い。頑張れ表面張力。
「七橋くん、君も男なら拳の1発や2発、平気で受け止めるような度量が欲しいところだな」
はっは、と笑いながら神坂先輩はお茶をすする。が、ちょっと熱かったのかすぐに机にお茶を置いて手をニギニギしている。
「さてと。とりあえず、さっきの水換え用の水を水槽に入れるかね。七橋くん、先ほどの水を5分の1くらい水槽に入れてくれ」
「あ、はい分かりました」
俺は返事をし、水槽の横に置いておいたバケツをとり、水槽にゆっくりと水を注ぐ。
「…と、こんなもんですかね。これをあと4回すればいいんですか」
バケツを先ほどの場所に置き、神坂先輩を見る。
「うむ。それで良い。まあ、面倒になったら残りの水も全部いっぺんに入れてもいい気がするがな」
神坂先輩は腕を胸の前に組みつつとんでもないことを言ってくる。
「え、そんな事して大丈夫なんですか?魚とかにダメージがありそうなんですけど」
「季節的に真冬とかは水温も低いからさすがにまずいが、この位の季節ならそこまで水温の差もないだろうから問題はないな」
そう言って、神坂先輩は立ち上がりバケツの側まで来て中に手を入れる。
「…やっぱり5回に分けたほうがいいな。あと4回、時間を空けつつ入れていこう」
照れるように笑いながら先輩はこちらを見てきた。どうやら、思ったより水温が低かったようだ。まだ4月だし、肌寒さも若干残ってるからな。
・
・
・
水換えも水を足す事以外にやることがなくなり、それぞれが思い思いの時間を過ごし始める。
俺は部室にあるマンガを、神坂先輩はPCを、伊野先輩は引き続きゲームを、知留奈は図書室から借りてきたと思われる本を読み始めた。
なんだか、ゆったりとしてていいなこの時間。家の自室にいる時より落ち着く感じがする。
「暇だな、何かしよう」
唐突に神坂先輩がそう言った。実際に口に出した訳ではないが、ゆったりしてていいなと思った俺の舌の乾かぬうちに先ほどのゆったりした時間は失われた。
「いいですけど何をします?」
読んでいたマンガを閉じてテーブルに置き、神坂先輩の方を見る。
「そうだな、七橋くんは普段友達とはどのような事をしているかね」
「そうですね…。ゲーセン行ったり、マンガとかアニメの話をしたりとかですかねえ」
なんか実際に口に出してみると、実のある事はなにもしてないな。今度からはもっと色々考えて行動しよう。
「なるほど。知留奈はどうだ?」
「そうだなあ。昨日見たテレビの話したりとか、どこどこのケーキ屋が美味しいって聞いて食べに行ったり、県立図書館に行ったりとかかなあ。あんまり大したことしてないね」
ふふっと笑いながら知留奈は答える。
「つまらんな。実につまらない。おい花倉よ、期待しているぞ」
「そうね。私は友達がいないから、友達と何かするって事は無いわね」
「…すまない。聞いてはいけなかったようだな」
伊野先輩の発言を受け、俺達は伊野先輩から一斉に目を逸らした。
「ちょっと!冗談よ、まったくもう…。えーっと、そうねえ、マンガとか映画とかまあそこら辺の話をしたり、ゲームしたりとかそんな感じね」
なんとなく孤独でいることを良しとするイメージの伊野先輩なら友達いないのもありえるとか思って納得しかけた。先輩すみません、と心の中で謝罪する。
「なんかあれだな、花倉は七橋くんと似たような感じだな。しかし、3人とも実につまらない。もっと有意義な時間を過ごしたりはしないのかね」
はぁ。とわざとらしくため息をつき、両手の手のひらを上に向けつつ首を左右に振る神坂先輩。
どこのアメリカ人だよ。
「なによ。じゃあ、登里奈はどんな事してんのよ」
「ん?私か。えーっとそうだな!テレビとかマンガの話をしたり、ケーキの美味しいお店に行ってみたりとか、ゲームしたりとかだな!」
自信満々に語る神坂先輩。しかし、なんかどこかで聞いたような内容だな。具体的には、目の前にいる二人からついさっき。
「私達と行動被ってんじゃない!…て、言うかその友達って私と知留奈よね」
「仕方ないだろう。私達は昔からの付き合いだから、どうしても一緒の時間も長くなる。他の友達も、結局は花倉と同じ友達だしな。妹が友達に含まれているのは行動を共にする事が多いので許してくれ」
「…まあ、登里奈は昔からの付き合いだし、私と一緒にいる時間が多いのはしかたないわね。しかし、こうして聞いてるとなんだか皆、実のない時間の過ごし方してるわね。ちょっと考えさせられるわ」
そう言って、伊野先輩は腕を組みながらギィと背もたれに寄りかかる。
それを見た神坂先輩は目をカッと開き立ち上がった。
「…よし!では今から少しだけ青春を謳歌しよう!」
「また突然訳の分からない事を…」
伊野先輩の目が憐れみを帯びる。
「青春って具体的には何するの?」
さすが妹、慈愛の視線だ!
…俺の視線?傍観者な感じかな。
「はっは、三者三様の表情をしているな。さて、青春だ。青春と言えば…はい!七橋くん!」
「え!?俺ですか。えーっと、野球とかサッカーとかのスポーツですかね」
急に振られて、あまり大したことは思い浮かばず無難な所を挙げておく。
「なるほど。たいしかに青春っぽいな。よし、我々も野球をするぞ!」
「はぁ?何言ってんの?ここは野球部じゃないし、そもそも4人じゃ野球出来ないでしょ」
「そうか、そうだな。じゃあサッk」
「同じ」
「バレーボ」
「同じ」
「ラクロ」
「同じ」
「首の後ろらへん」
「うなじ」
最後のは、俺には一瞬よくわからなかったが即座に返答する伊野先輩。なるほど、これが匠の技か。
「スポーツは無理か…。知留奈よ、他に何か青春っぽい物は無いか?」
しかも、うなじについてまるで無かったことの様に。凄いな…。
「えーっと、そうだねえ。部活動自体が青春っぽい感じがするかなー」
「部活動自体が、か。確かにそうだな。よし、我々も部活動に全力をかける青春ってのをやっていくぞ!」
「はいはいそうね、そうしましょうか。あ、七橋くん、水槽に水足しといてくれる?」
「あ、はい分かりました。…とこんなものですかね」
先ほど入れた分と同じくらいの水を入れ、先輩達の方を見る。
「七橋くん!どうだ水の継ぎ足しは!青春を感じるかね!」
「え、いや。あんまり青春って感じはしないですね…」
「そうだな!私もそんな感じはしないな!我々の部活はイマイチ青春度は高くないようだな。はっはっは」
神坂先輩は楽しそうに笑いながら椅子にギィと寄りかかり、どこか誇らしげにふんぞり返った。なぜだ。
「多分、大きな目標が無かったりするからじゃないかなー。魚の雑誌に載ってた水草の大会とか目指してみる?」
「面倒だな」
「面倒ね」
知留奈の意見は数秒立たずに即却下される。面倒という言葉ほど青春に似合わない言葉も無いな。
「あれですよ、本人たちはやってるときは気が付かないけど、何年か経って大人になった時に『ああ、あの時は青春してたな』って気がつく事があるかもしれませんよ」
このまま答えの出そうのない状況でフラフラするのも危険な感じなんで、適当な感じでまとめ的な意見を出してみる。しかし、神坂先輩は思った以上に納得してくれたようにこっちを見た。
「そうか、なるほどな!よし、では我々も無理に青春を演出せず、いつも通りの私達でいくぞ!」
「はいはい、わかったわ」
「りょうかーい」
そして、各々は再び先ほどのマンガやゲームなどの作業に戻った。
それを見た俺は、この部活は何年経っても青春を感じることは無いだろうと思いながら閉じていたマンガを再び読み始めた。
次の水の継ぎ足しはこれを読み終えたくらいにでもするか。うん、そうしよう。




