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5/8

(5/8)討伐開始

全8話の中編、その第5話です。

 谷の入口に差し掛かったあたりで、先行する集団の灯すランタンの光がちらついた。

 数台の馬車と、白馬に跨る騎士の集団。騎士の数は二十人ほどか。

 向こうもこちらに気付いたようだ。


「何者だ!」


 バップがランタンの蓋を開け閉めしてギルドから派遣された冒険者であることを示す光信号を送る。


「ち、ギルドの冒険者か」


 見下す態度を隠さぬ白装束共を無視して馬を降りると、バップに先導され集団の先頭で馬の横に立つ貴族風の人物のもとへ向かう。


「困ります、ユークリッド殿。赤竜の対処はギルドと聖騎士団、共同で行うという話だった筈です」


 ユークリッドと呼ばれた若者は「抜かせ」と鼻を鳴らした。


「お前達冒険者が我々より先にここへ来て赤竜を殺そうとしていたことは知っているぞ」

「それは…」

「赤竜が討伐ではなく保護の対象だということが何故理解できない!あれは我々のために傷つき、今は怯えているだけの存在なのだ。その命を奪うなど、そんな残酷なことをしてお前は心が痛まないのか!」


 あらかじめ用意していたようなクサい台詞を垂れ流す辺境伯の息子にバップも閉口するよりなかった。

 だが周囲の騎士団は頷いたり感動したような素振りを見せてアピールする。

 

 こんな三文芝居に付き合っていられるか。


 俺は進行方向の闇に目を凝らした。


「何だお前は?何を探している?」


 無視されたのが癇に障ったのか、不満を隠さぬ声音で子息が尋ねてきた。

 俺は前方を向いたまま問い返す。


「お前らは東の街道から来たんだな?なら、その道中でゴブリンの女を見なかったか?」


 ああ、と言う声に振り返って後悔した。


「見たよ。ただし、ついさっきここを通っていった姿を、だがな」


 にんまりと醜悪な笑みをたたえて嗤っていた。


「止めなかったのか!」


 バップが激昂するが、相手はどこ吹く風といった風だった。


「無論だ。我々を見てこの先に何かあるのかと尋ねてきたが、休んでいるだけで何もないと言って通してやった」

「何故そんなことをしたのです…っ!」

「折角なので赤竜へエサとしてプレゼントすることにしたのだ。今まで空腹だったろうからな、可哀想に。ヒトモドキで腹を満たせば落ち着いてこちらにも従順になってくれるに違いない」

「ば…!」


 バップが何か言いかけたが、既に俺の拳は辺境伯子息の鼻面にめり込んでいた。


 令息の頭が地面を打って跳ね返った。

 敵意の視線が一斉にこちらを射抜いてくる。


「貴様…!ユークリッド様に何をする!」


 方々から剣を鞘から抜く音がする。


「ユークリッド様、ご無事か!」

「おい、誰か救護…いや、聖女様に回復を頼め!」

「この狼藉者をひっ捕らえろ!」


 その時、谷の奥で岩肌が明るいオレンジ色に染まるのが見えた。


「ブレスかっ」

「バップ、こいつら抑えるの頼む」

「何を…あ、おい、ケイン!!」


「おい、貴様!そこに…」

「な…!速い!」

「竜の方へ向かったぞ!追え!」


 喧騒を遥か背にし、俺は谷の奥へ走り出していた。


*****


 蛇行する谷底を駆けていると、足裏に地を蹴る感覚とは違う震動が徐々に混じる。

 地響き。

 耳に巨大なふいごでも吹かしているようなごおごおという音が届く。

 

 大きく湾曲した道を曲がり、開けた場所に出た。


 咆哮。


 身の丈がゆうに自分の五倍はあろうかという真っ赤な竜が翼を広げていた。

 そしてその足元には。


 茶緑色の肌と緑白色の髪。

 一ヶ月ほど前に母さんから貰った外套を羽織り、父さんに自衛用として渡された短刀を震える手に握っている。少し離れた場所に、背負い袋の残骸が中身を撒き散らしていた。

 

「キャロル!」


 声を耳にしてキャロルが弾かれたようにこちらを向いた。


「…ケインさんっ!」


 だが視線が外れた瞬間を好機と見做した赤竜が、半開きだった口をぱっくりと開ける。


「………っ!!」


 土を蹴った。


 走れっ。走れっ。走れっ!!


 もう言い訳はしない。

 今度は間に合わせてみせる。


 邪魔する輩は、地平線だろうが夜の闇だろうが赤竜だろうが。


「すっこんでろっ!」


 キャロルと巨竜の間に割って入り、鞘に収まったままの剣で横っ面を弾いた。


 火事場の馬鹿力といったところか、赤竜は撥ねられた頭部に体まで引っ張られてだいぶ遠くまで転がった。

 粘度の高い唾液が飛び散り、生臭さと焦げ臭さの入り混じった息が全身を叩きつけた。


 直近で火を噴いている臭いだ。

 は、と気付き振り返る。


「キャロル、火傷は!?」

「へ?」

「火傷はしていないか!?」

「あ、はい!おかげさまで軽く炙られた程度で…」


 彼女が外套の袖が焦げた腕を掲げる。


「見せっ!」


 それを患部に触れないように肘から掴んで確認する。


「あ、あの、ケインさん…どうしてここに……?」


 良かった。

 衣類の焦げを見た時は肝が冷えたが、肌は滑らかなままでただれた様子はない。


 無事とわかるや否や、彼女のことを抱きしめていた。


「……無事で良かった」


 キャロルの体温が上がるのが伝わってくる。自分の中からも失われていた温かみが戻ってきた思いがした。驚いて声が出ないのか、口をパクパクさせる彼女の鼓動を感じながらかき抱いたまま耳元で「すまない」と謝罪した。


「俺は大馬鹿野郎だ」

「け、ケインさん……」

 

 俺が昨日あんな話をしたから、彼女はこんなところに来てしまった。

 今、思わず彼女を呼んでしまったから、竜に襲撃のタイミングを与えて彼女を危険に晒してしまった。


「俺はやることなすこと全部駄目だ。何一つうまくいかない。傷つけてばかりだ」

「そんなこと……」

「キャロル、お前が好きだ」


 びくり、と彼女が胸の中で震えた。


「何をしようがしまいが傷つけてしまうなら、傷つけてでもお前が欲しい」

「…………」

「ずっと傍にいてくれ」

「…………はい」


 喉から絞り出すようなか細い声で応えて、抱き締め返してくれた。


「はい……はい……!勿論です!私もケインさんのこと大好きです。あの時からずっと」


 首筋に彼女の温かい涙が伝ってきた。


「傷ついてもあなたといられれば平気です。あなたの傍にいたい……あなたの傍にいさせて下さいっ」

「ありがとう」


 このまま抱き合っていたい。


 だが、地響き。


「……自分を忘れるなってか」


 吸い付いてしまったかのようにキャロルから離れようとしない自分の腕を無理やり引っ剥がす。


「空気の読めないやつ」


 五年前に屠った奴より二回りはデカい。手負いとはいえ元騎竜なだけあって動きも良いし、多分ブレスも勢いがあるだろう。

 ソロで竜を討伐したのもキャロルを助けた五年前に一度きりだ。あの時は無我夢中だったし、まぐれみたいなもの。

 大体、剣をまともに振るうのさえ久々だ。


 それでも。


 足元に転がしてしまった剣を掴み上げる。


「ブレス吐かれると危ないから安全な距離まで離れてな。向こうに騎士とは別にデカいおっさんがいるだろ。あいつの傍にいりゃ安全だから」


 牙を向いて威嚇する赤竜から視線を外さぬまま、たった今来た方向から姿を現すバップの方を指し示す。


「で、でもケインさん、たった一人で竜を相手にするなんて…」

「なーに」


 鞘に手をかけ中身を引き抜く。

 不思議と負ける気はしなかった。


「呑み込まれた女の子気にしながら内臓避けて戦うよりは全然楽だって」

「で、でも…」

「ほら、走れ!」


 キャロルが駆け出すのと、竜ががちがちと牙を鳴らしながら突進してくるのとはほぼ同時だった。

 進行方向にキャロルがいる以上、避けるわけにはいかない。


 俺は素早く剣を構えると、大きく股を開き息を吐いた。じっと敵を凝視する。


「………………見えたっ」


 竜の鼻面が衝突する直前、一気に腰を沈めて顎の下に潜り込み、剣を跳ね上げた。

 直後、弾かれたように竜の頭が跳ねる。

 空気を裂く音がして、少し離れた地面に鱗がさくっと小気味よい音を立てて突き刺さった。


「まず一枚」


 鱗が剥げ落ちた顎下から赤竜の鮮血がぼたぼたと溢れる。充血したように真っ赤な目が炎のような爛々とした輝きを放ち始める。


 怒り心頭ってか。


 周囲の空気が赤竜の鼻腔に吸入される。

 ブレスの兆候だ。

 念のため、キャロルの進行方向に届かぬよう体を横にずらす。がば、と開いた竜の喉奥に真っ赤な塊がせり上がっているのが見て取れた。


「遅いっ」


 駆け出す。

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