(3/8)赤竜
全8話の中編、その第3話です。
「…よし」
翌日。
キャロルの要望に沿って買った本を携え、帰路に着こうとしていた時のことだった。
「ケイン!」
呼ぶ声があった。声のした方を振り返ると往来の向こう側に、ジャケットの上からでも筋骨隆々の肉体が窺える白髪の中年がこちらに手を振って歩み寄ってくるのが見えた。
「バップ」
「久々だな、ケイン。元気そうで何よりだ」
バップことバプティカスは古株の冒険者でここらのまとめ役を担っている。担当がコロコロ変わるギルド長などより余程信頼を得ていた。
「ここで会えたのも何かの縁だ。ちょっと顔貸せ」
そう言って肩に腕を回してきた。
*****
「東の谷で赤竜が確認された」
「またか。最後に出たのは五年前のあれか?」
「ああ」
ギルドのホールでテーブルを挟んで、バップと俺は向かい合って話していた。
「先月から辺境伯が隣国と共同で増え過ぎた個体の間引きをしてるのは知ってるな?その道中で地元の蛮族と武力衝突に陥り、騎竜が逃げ出したって話だ」
「翼ある奴が何だってあんな狭いところにばかり入り込むかねえ」
「前に討伐した個体の匂いにでもつられたんだろ。問題はそこじゃない」
「まあ、騎竜なら十中八九、血の味を知ってるだろうしな」
ただでさえ赤竜は気性が荒い。戦場に駆り出されたとすれば事前に興奮剤を混ぜたエサも貰っているだろう。その上、逃走した個体だ。鱗一枚撫でるだけでも何をしでかすか。
俺は肩をすくめた。
「近くの集落が焼かれる前にさっさと処理しちまえよ」
「…ところがそうもいかん」
そう言ってバップは溜め息を吐いた。
「辺境伯の留守を預かっているご子息が、そいつを殺さず保護したいと言い出した」
「は」
「この間まで王都で学生をやっていた若造だ。教会に何か吹き込まれでもしたんだろう」
「…………」
バップはこめかみを指でぐりぐりと揉んで渋い表情を浮かべる。
「聖騎士団を引き連れて明日にでもここを訪れるそうだ」
”教会”
”聖騎士団”
単語を耳にする度、ぴくりぴくりと俺の目元が反応してしまう。
創造主である唯一神を崇め、この国の王都に総本山を置く教会。
大陸全土に白魔術のエキスパートである聖女や聖騎士を派遣し、人々を救済しつつ教えを広めている連中。
白魔術師だった俺の相棒を聖女として引き抜いたのも教会だ。
「気にすんな」
俺は吐き捨てるように言った。
「連中が来る前に討伐して、向こうの事情など知らぬ存ぜぬで通しちまえ」
「そのつもりではあるんだが…」
そう言ってバップはこちらに少し身を乗り出して尋ねた。
「ケイン、お前も来てくれんか?」
「はあ?どうして」
赤竜は危険指定されているものの、人手を揃えてきちんと対処法すればウチのギルド連中でも難なく倒せる相手だ。バップ自身も何度か討伐経験がある。
「最近の聖騎士団について王都から流れてきた奴に話を聞いた。はっきり言って、ウチの冒険者とかち合わせたくない」
バップが視線で俺に周囲を見るよう促すので、テーブルの周りを行き交う冒険者を眺めた。
「…ちょっと見ない間に亜人の冒険者が増えたな」
「ここ五年で三割ほど増えた。亜人種系冒険者は王都から流れ着いてきたか、そういった亜人種に他から押し出されたような連中が大半だ」
「王都がヒト種を優遇するのは昔からだろ。何で今更」
この国は元々ヒト種が建国したこともあり、中央に行けば行くほどヒト種を優遇するきらいがあった。
協調性を重んずる先代の王の方針転換と、その意志を引き継いだ現王の改革によって少しずつマシにはなってきていたが、まだまだ旧弊は残る。
特に貴族階級では、古い家を中心に相変わらず亜人種に対して排外的な思想を抱く者は少なくなかった。中にはヒト種の純血にこだわるあまり近親婚を行うことさえあると聞く。
そんな中、十年ほど前に現王が遠征で負傷した。命に別状はなかったが、足に障害が残り、長い療養生活を強いられた。
代わりに王都で実権を握るようになってきたのが、その長男である王太子だ。
幼少時から貴族社会のエリート育ちだった王太子は、周囲に吹き込まれるがままヒト種至上主義に染まり、再び王都で亜人種を冷遇する政策を打ち出すようになった。
だが現王と同世代の貴族や、最初から亜人種に対して差別意識を抱いていない辺境領主などの抵抗もあり、情勢は一進一退といったところだと聞いていたが。
「その王太子に近年、ヒト至上主義を掲げる教会の過激派が近付いた」
バップによると、最近信者の獲得が伸び悩んでいた教会の中でも、過激な言動を繰り返したり、大してトラブルを起こしていない竜をわざわざ討伐してその成果を強調したりと、過剰なパフォーマンスを行って勢力を伸ばしつつあった一派が王太子を取り込んだとか。
「王太子に齢が近い、若い貴族を中心に年々信徒を増やしててな。辺境領主も竜の対処などで聖騎士や聖女の世話になっているところが多いため、あまり目立つ形で教会を批判できない」
自分の方針に反対する勢力を抑え込みたい王太子と、王都の政治に深く食い込みたい教会との思惑が一致した。
こうして、最近の王都ではこれまで以上に亜人種に差別的な政策がまかり通りるようになり、癒着した教会が大きく力を持ちつつあるそうだ。
「連中、『真の白魔術を使えるのは神から恩寵を授かりしヒト種のみで、その他の亜人種が使うのは紛い物。聖人になるほど優秀な白魔術師がヒト種ばかりなのがその証』とか主張してるそうだ」
「へっ、王都の連中が好みそうなネタだ」
聖人や聖女にヒト種が多いのは、単に教会がヒト種の優秀な白魔術師を各地で見つけては聖職に囲い込んでいるからであって、ポテンシャルだけであれば他の亜人種にも同等の遣い手はいる。
ただ、教会は白魔術の技術に関するノウハウも豊富だし、勧誘された者達は互いに高め合える環境に置かれるため当然優秀になる。
ヒト種の白魔術師にとって聖職に勧誘されることは一つのステータスであり、片田舎で燻っているような遣い手にとってはより良い暮らしの片道切符でもある。
多少のきな臭さを見て見ぬふりしてでも、応じぬ理由はない。
「万が一、ウチの連中が聖騎士団と鉢合わせたらどんな難癖ふっかけられるかわからん。トラブルになった時の抑止力がほしい」
「一応、俺も純血のヒト種だからな」
「そういう意味で言ったんじゃない」
語気を強めるバップを「わかってるよ」と宥めた。
「ソロで赤竜を討伐したことのあるお前がいれば騎士団が来る前に安全かつ迅速に対処できる。お前が中心になって討伐したと言えば辺境伯や聖騎士団もそれほど愚痴るまい」
「どうだか…」
俺はソファに背を預けて深く沈んだ。
正直、気乗りしない。
「俺も聖騎士共にいい印象抱いてないのは知ってるだろ。関わり合いになりたくない」
「免停のことか。あれはギルマスも出過ぎたことをしたと後悔している」
「それだけじゃない。あいつらが来なけりゃ、今頃俺は」
そこまで言いかけて口を閉じた。
あいつらが来なければ、俺は今頃どうなっていたのか。
相棒を聖女なんぞに引き抜かれることもなく、今も二人パーティで冒険者として活躍していたか。
幼馴染を奪われることもなく、毎日彼女と楽しく過ごしていただろうか。
ふと、キャロルの顔が浮かんだ。
押し黙る俺にバップが声をかけようと口を開いたが、それより先に腰を上げた。
「ケイン…」
「日の出に谷の入口でいいか?」
「え?あ、ああ……ああ、それで構わん。ありがとう。恩に着る!」
思い切り頭を下げた拍子にバップがテーブルに頭を打ち付ける音が響いたが、俺は構わず出口へ向かった。
*****
黄昏色が滲む帰り道を俺は黙々と歩いた。
聖騎士団など来なければ連中と一緒に依頼などこなさなかった。
一緒に依頼などこなさなければエルダが聖女の前で白魔法を披露することなどなかった。
聖女の前で白魔法など披露しなければ、エルダも聖女にならないかなどと誘われることもなかった。
エルダが聖女に誘われていなければ今頃は。
「…いや」
違うな。
全部、自分で招いたことだ。
俺は何もしなかった。
*****
離れの小屋に辿り着いた時には既に夜も更け、畑の周りでは夜虫が鳴いていた。
予定より俺の帰りが遅いのを心配したキャロルは、玄関先でその小さな体を伸び縮みさせながら今か今かと目を凝らしていたらしい。俺の姿を認めるなり小走りに駆け寄ってきた。
「おかえりなさい!」
「ああ」
俺は生返事で応じる。
「……あの、何かあったんですか?」
勘の良い娘だ。俺の言葉少なさが疲れと空腹に依るものだけではないとすぐに察したらしい。
「話がある」




