(2/8)花嫁はゴブリン
全8話の中編、その第2話です。
「あの…」
ゴブリンの少女が所在なさげに父が出ていった扉と俺を交互に見た。
俺は頭の後ろをボリボリと掻きながら立ち上がり、残された少女を見下ろす。
「名前は?」
一瞬、話しかけられたのが自分だとわからなかったのか左右を見た後、ようやくはっと俺を見上げた。
「いや、やっぱいい」
口を開いた彼女を遮った。
名前を聞くとそれだけでも情が湧く。
「いくらだ」
「へ?」
「ウチの親父が払った結納金」
流石に「いくらで買われた」とは聞きづらい。
「わ、わかりません……パパとお義父さまでやり取りしたので」
お義父さま、なんてタマじゃなかろうに。
田舎の農家で跡継ぎの嫁を用意するためこっそり亜人を買うことは割とあるということは知っていたが、まさか自分の身に降りかかるとは。
改めて目の前の少女を眺める。
げ。
よく見たら身につけている衣服は森蚕のシルクで作ったと思しき薄ベージュのドレスで、スカート部分にはゴブリンにとって重要な紫胡椒やミズシナモンなどの花を象った伝統文様が赤と金の糸で刺繍されている。しかも、布地に同じ花の香を染み込ませて。
顔を真赤にして働く夫と、稼いだ金を守る女が、花の香り豊かな地に巣を作る。
完全にゴブリンの花嫁衣装じゃねーか。
溜め息が漏れそうだ。
「親父には俺から言っとく。金を返せとか言わせないからさっさと親元に帰んな」
「で、でも……」
「ああ、道中も金がいるか。少し待ってろ」
俺は財布の入っている外套を取りに部屋の奥へ向かおうとした。
すると蚊の泣くような声で。
「キャ、キャロルです」
少女が俺の背中に声をかけてきた。
「あん?」
振り返ると、勇気を振り絞るようにぎゅっと固く目を閉じて口を開く彼女の姿が目に入った。
「きょ、今日からケインさんの嫁になりました、キャロルと言います!不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
はぁぁぁ…。
*****
その後、いくらかのやり取りがあった。
「故郷が恋しくないのか」
「一度巣を出た身ですから」
「親兄弟も寂しいだろう」
「むしろ食い扶持減らせて万々歳だと思います」
「働き手産むために買われたんだぞ」
「経緯はどうあれここに来たからには体も心も準備できています。ないのはあなたの精だけです」
「言ってみりゃ家畜扱いだぞ。好きでもない男の精がほしいのか!」
「そうやって会ったばかりの私の心配をしてくれるあなたのであれば、ええ喜んで!」
どれだけ諭してもキャロルは俺の前から立ち去ろうとしなかった。
一体、何がこの娘をこれほど頑固にさせるのやら。
「とにかく!俺は今、嫁を貰う気なんざさらさらない!」
「ならひとまず小間使いでも家畜でも構いません!」
いつの間にか両手を拳の形に握り、肩をいからせる彼女の口の中に他の歯より一回り大きい上の犬歯が覗いた。そういやゴブリンは生肉も食べるから歯も腹も丈夫なんだっけ。
肉のことなんて考えてしまったのが運の尽き。
ぐう。
腹が鳴ってしまった。
そういや朝の野良仕事から帰ってすぐ寝転がってしまったからロクに食事も取っていない。
ぐう。
「ん?」
すると俺の胴とは別の場所から似たような音。
音源の少女は余程恥ずかしいと見える。茶緑の顔がみるみる赤面していく。
そうかと思いきや決意を固めたように口を一文字に結び、荷物を背負い込んだまま、俺を押しのけてずんずんと台所に向かって突き進み始めた。
「お、おい…」
「ご飯!作ります!」
*****
胃袋を握られると人というのは弱い。
母親譲りのレシピだという肉野菜煮込みに舌鼓を打ち絆されてしまった俺はとりあえず一晩彼女を自分と同じ離れの小屋に泊めてしまった。一応、両親が住む畑を挟んで反対側の本家に泊まるよう勧めたが、彼女はもう荷解きしたからと居座った。
それが二晩、一週間、一ヶ月と続いて。
気が付けばキャロルは俺と三ヶ月近く寝食を共にしていた。
「流石にまだか…」
畑作業を手伝うキャロルの腹を見て溜め息を吐くな、クソ親父。
キャロルはよく働いた。下手に突発で雇う人足などより余程役に立った。小柄で俺のみぞおち位までしか背丈はないものの、膂力は大の男に匹敵するあたり、やはりゴブリンといったところだろうか。
夕食の席で尋ねた。
「故郷で畑作業でもやってたのか」
「はい、父は商人でしたが主力商品には叔父夫婦が育てるスパイスも含まれてましたので」
「スパイス、ね…」
彼女が初めてここにやってきた際に着ていた花嫁衣装、そこに刺繍されていた赤と金の花々を思い出す。
初めて来た日のやり取りから俺との婚約で親子関係にヒビが入っているのではと危惧したが、どうやらそれは杞憂らしい。その後の彼女の口ぶりからは悪しからず思っていることが窺えた。
義実家側にしても時折、母さんがキャロルの両親からの手紙を持ってきてくれた。
そしてそんな日には夕食の席で二十人近くいるという兄弟姉妹の思い出話を彼女から聞かされた。
やれ兄の一人は手先が器用で動くカカシを作るだの、やれ南の大陸に渡っていた妹の一人がエルフの婿を連れて帰ってきただの。
聞けば商人だというキャロルの父親がかなりのやり手らしく、妻に巣の管理を任せる傍ら、自分は大陸中を渡り歩きかなりの財を築いているらしい。顧客の多くはスパイスを求める同族だが、要請があれば他の種族とも物品を売買し、この町にも顧客が少なからずいるので、半年に一度は立ち寄るという。
畑で使う農機具にやたらこだわりのあるうちの親父もそんなお得意様の一人のようで、我が家のやたら切れ味の良い鎌とか、馬鹿みたいに軽いクワも、キャロルの父さんから買ったものだそうだ。
向こうもうちの親父に認められると商品の売れ行きが良くなるから贔屓にしているらしい。
『害獣よけの薬液なんてどうです?』
『いや、しかし値段がなあ……そろそろ収穫の時期だし、手伝いを雇う人件費も捻出せねばならん』
『最近、辺境伯が隣国と共同で大規模な竜の間引きをしているといいますし、ワイバーンあたりがここに飛来するかもしれないという話ではないですか。背に腹は代えられんでしょう?』
『そこは、ほら、最悪ウチのバカ息子に対処させるんで』
『そういや、お宅の長男は冒険者でしたな…』
『ええ、最近はもっぱら畑に出てますが、得物がクワでもワイバーンくらいなら追い払えるでしょうし』
『むむ……よーし、わかりました!では薬液を買って頂けるなら、私の娘の一人を息子さんの嫁として差し出そうじゃありませんか!』
『ほお?』
『そうすりゃ生まれた子供で人件費の節約にもなります!長い目で見れば悪い話じゃないでしょう?』
『そこまで言われちゃあなあ……よーし、買った!!』
「『よーし、買った!!』じゃねーんだよ、バカ親父」
キャロルからそんな両家のやり取りを聞かされて頭を抱えたくなった。
「キャロルの父さんも何考えてんだ」
「まあ、私も成人してだいぶ経つし、いい加減嫁ぎ先を考えなきゃならない時期だったので、パパは気を利かせたつもりなんだと思います」
苦笑しながら彼女はそう言い、ミルクの注がれたコップを手にした。
こっちに来てすぐの頃、母さんに分けてもらった牛乳にすっかりはまってしまったらしい。
「だからって会ったこともないような、それも十以上年齢が離れてる男だぞ。そんな奴に嫁がされて不満じゃないのか?」
俺は現在二十二歳なのに対し、キャロルは十歳。
純粋なゴブリンの子供は心と体の成長がヒト種の二・五倍程度と言われ、七つで成人を迎え、その後は徐々に代謝のスピードが落ち着いて十歳頃にはヒト種と同じくらいになる。
そういう意味で人間換算すればキャロルは確かに俺と同年代なのだが、それはそれとして思うところがないではない。
彼女がゴブリン基準でも小ぶりな体つきをしている点も、何がとは言わないが気まずいものがある。
だが俺の問いに対し、ミルクを飲んだ彼女は口の周りに白い跡をつけたまま。
「結果的に良いところに来れたので」
彼女が笑みをたたえると、不覚にも可愛らしく思えてしまった。
いかんいかん。
マジでこいつ、何でウチに留まってるんだ?
「故郷に戻りたいとは思わないのか?」
「んー、ゴブリンって巣を作って集団で暮らす種族なんですが、逆を返すと一度コミュニティから離脱して巣を出ちゃうと帰属意識みたいの消えちゃうんですよね。それに私は商人の父に伴って巣をしょっちゅう出入りしてあちこち巡り歩いてたので。今じゃここにすっかり馴染んでしまいましたし」
「そんなもんなんか」
「ええ。そんなもんです」
そう言うとキャロルはふふ、とひときわ可愛らしい笑顔を浮かべた。
「こっちの言葉も旅先で?」
他のゴブリンに比べてヒト種の言葉が流暢であることには気付いていた。
「ええ、会話だけですが。残念ながら読み書きはまだ覚束なくて…『ありがとう』、『こんにちは』、あと『さようなら』くらいしか。今度パパがこの町に来た時にでも教材を届けて貰えるよう頼むつもりなんですが…」
そう言って下唇に人差し指を押し当て考える素振りをする彼女を眺め、少し逡巡してから俺は口を開いた。
「……読むものに好みはあるのか?」
「へ?」
何を問われているのかとばかりに意外そうに目を丸くするキャロルをよそに、俺は肉野菜煮込みをかきこんだ。
毎日微妙に味付けが変わって飽きがこない。
「明日、町の商店街に行く用事がある。本屋で何冊か見繕って買ってきてやる」
「で、でも本って結構高いんじゃ…」
「使う予定のない金をそこそこ溜め込んでいる」
冒険者として稼いだ金だ。
俺一人で稼いだ金ではないし酒だの博打だのに使うのは躊躇われた。色街などもってのほかだ。
マリーナとルクスにそのうちおもちゃでも買ってやろうと思っていたが、本でも構わないだろうし、それを先にキャロルに与えたところで、こいつに懐いている二人なら文句も言うまい。
「な、ならそれは将来の養育費に…!」
「馬鹿」
俺はまだ一度もキャロルを抱いていなかった。今後抱くつもりもない。頃合いを見て親元に返すつもりだ。
今は、そう。ただ上手い口実が見つからないというだけで。
不満そうに口を尖らせるキャロルに肉野菜のおかわりを要求すると、彼女はすぐにころころと笑って空の碗を満たしてくれた。
これ書いてる最中にゴブリンが主人公のアニメやってると知ったんですが、特に関係ありません。




