(1/8)さよならと、はじめましてと
全8話の中編、その第1話です。
「ケインは?」
周囲を見回しながら尋ねた。
西の街道に続く町の門には、私が幼い頃から見知った顔のほとんどが揃っているように思えた。
なのに、一番慣れ親しんだ顔だけがどこにも見当たらない。
「んー…?」
私の問いかけを耳にした両親や顔馴染みが同様に周囲を見回したが、誰一人として幼馴染にして冒険者パーティの相棒である彼の姿を見つけられなかった。
「いないねえ」
「あいつ、こんな日にどこほっつき歩いてるんだか」
「朝、ギルドの受付にいるの見たぞ?」
「マジかよ、エルダもう出発しなきゃなんないのに」
「あいつももう少ししっかりしてりゃあな…ぁ」
そこまで言いかけ、ギルドで働いている知り合いの青年は慌てて口を閉じた。ちら、と私の方を盗み見る。
聞いてしまったものは致し方ない。
子供の悪戯を注意する時のような笑みを浮かべて許してやる。
冒険者として活動し続けて早四年。
この青年の口の軽さは十分に理解していた。散々小言を言ってきたのに直らなかったものを、こんな日にまで苦言を呈したところで今更どうにかなるとも思えない。
それに、彼の言いかけたことも事実だ。
ケインが旅立ちを引き止めていれば、私はそれに応じるつもりでいた。
彼が私を想うように、私も彼を想っていたことはわかっていた筈。
ずっと前から何かしらアプローチをしてくれていれば、幼馴染以上、相棒以上の関係に進む心積もりはあった。
そういう関係になれば、その先のことも当然することになるだろうし、そうすれば十七なんて齢にもなって純潔を保ったまま聖女などというものに選ばれることもなかっただろう。
でも、ケインは何もしてこなかった。
物心ついた頃から一緒だった幼馴染で、二人組パーティの相棒。
そこから先に関係を進めようとしなかった。進めようと思えば進められる確信も機会も十分あったにも関わらず。
依頼で偶然一緒になった教会の聖女に白魔法の才能を見出され、彼女の推薦で王都に留学し聖女を目指すことにしたと彼に告げた際も、遂に異を唱えなかった。
とはいえ、何もしなかったのは私も同じだ。
あまりにこの関係が心地良くて、何かしようと思ってもいつかいつかと甘んじてしまった。相手の反応ばかり窺ってロクに自分から動こうとしなかった。
とどのつまり、縁がなかったという一言に尽きるのかもしれない。
そう思うと、少し悲しくなってしまいそうで無理に笑った。
「まあ、こんな姿見られても恥ずかしいだけだしね」
頭からくるぶしまですっぽりと覆う白装束姿で私はくるりとその場で回った。
生まれて一度も見たことないような、染み一つない純白の生地で作られた聖衣。
ずっとすっぴんで過ごしてきた顔には、門出を祝って町一番の美人が施してくれた化粧。
パチモンのアクセサリーとは違う、聖女であることを示す本物の宝石があしらわれた首飾り。
あるいは知らぬ者が見れば私がどこかへ輿入れするのではないかと勘違いするかもしれない。
こんな自分、ケインにどう見せてよいかわからない。
「エルダさん、そろそろ参りましょうか」
聖騎士団と共同で依頼をこなした際に自分を見出し、教会に推薦してくれた先輩聖女が背後から声をかけてきた。
正直なところ、教会で聖女になるということがどういうことになるのかよく分かっていない。
教えとか神とかについても、推薦を受けるに当たって軽く説明を受けたものの、やたらありがたいということくらいしか理解できていない。
でも、王都の大聖堂を中心に大陸中で教えを広めている、とにかくすごい人達だ。
そんな人達に見出された自分も、何だかすごい存在に思えてくる。
でも、たまに胸の奥でちくりと刺す感覚がある。
もう一度だけ周囲にケインの姿がないかぐるりと辺りを見渡すが、その姿はどこにも見当たらない。
これ以上は待てない。
諦めた私は先輩聖女に先導されて迎えの馬車に乗り込んだ。
馬が嘶き、馬車がゆっくりと動き出す。
離れていく故郷を目に焼き付けながら、幼馴染の姿を探す。
今に彼が馬車を追いかけてくるか、前に飛び出してくるのではないか。そして私を引き止めてくれるのではないか。
そうしたら私はきっとそれに応える。
聖女になんかならなくていい。
ずっとあなたと一緒にいたいと抱きつくのだ。
だが、いつまで待っても彼の姿は見えなかった。
故郷の輪郭がぼやけ、点になり、やがて地平線の向こうに消えた。
一瞬。
一瞬だけ天と地の境目に小さな点が見えた気がした。
人影のように見えた。
確認しようと顔を窓に押し付けるが、もう消えた後だった。
それきり二度と現れなかった。
涙が流れ、密着した窓と頬の間に染み込んだ。肌がガラスの上を滑り、離れてしまう。
「……馬鹿」
それきり窓の外を眺めることをやめて、白装束の奥に顔を隠した。
*****
「ケイン、嫁を連れてきたぞ」
突然俺が住んでる離れの小屋にやってきたと思えば、何を言っているのか我が親父は。
雑魚寝していた頭を起こして、入口の前に立つ父親を見遣ると、その隣にベージュのドレスに身を包み、自分より大きな荷物を背負い込んでいる小柄な少女がいるのに気づいた。
「よ、よろしくお願いします…!」
茶色に緑味がかった肌、頭を覆う緑白色の頭髪、そして上向きにやや尖った耳。
「嫁って……」
ゴブリンじゃねーか。
冒険者だった祖父のそのまた祖父くらいの時代ならば、ゴブリンは人里から子女を攫って巣に連れ込む基本、討伐の対象だったというが、昨今は必ずしもその限りではない。そういう連中もいないではないし、俺も過去には巣を殲滅したこともあったが、それは連中がゴブリンという亜人種族だからではなく、シンプルに人里を襲うような武装集団だったからだ。
逆に目の前の少女みたく緊張に身を強張らせつつ、礼儀正しく頭を下げるようなのもいる。
そう、目の前にいるゴブリンは肌の色や耳の形状こそ多少見慣れないが、十分に同じ人間であると言えた。むしろ目鼻立ちなどは、下手な異国の商人などより余程自分たちに近しいものがあるくらいだ。
そもそも”ヒト種”とその他の各”亜人種”を区別する基準は外見ではなく繁殖サイクルだ。
目玉が一つだろうが頭に角が生えていようが37週から42週の妊娠で1人2人産むならヒト種。逆にどれだけ自分と同じ容姿でも10年単位でしか妊娠しないのであればそいつはエルフ。
知り合いの冒険者にも猫耳生やした女の子がいるが、実は獣人と人間のハーフで本人の種族はヒト種という奴がいる。
「俺、まだ嫁なんていらんよ」
「何言ってんだ!」
親父が頭ごなしに怒鳴りつけてくる。
「マティアスの息子だってお前より四つも年下なのにもう子供が五人もいるんだぞ!」
「あの色狂いと一緒にすんな!上の双子はデキ婚で十五の時にこさえてるし、末の息子は浮気相手とのガキだろうが」
「つべこべ言うな!お前もウチの畑を継ぐなら跡取りのことをいい加減考えてもらわんと困る!」
なるほど、そういうことか。
ゴブリンの妊娠期間は13週から15週で一度に4人前後産む。
父親がヒト種なら胎児のサイズもデカくなる分だけ多少妊娠期間は長くなり出産人数も減るがそれでも半年で2人はかたい。その子供も十年ほどで成人並の体つきになる。容姿が父親を色濃く継いでいても、生殖器が母親譲りなら九歳頃からもうポンポン産めるようになるという。
最近は都会に流れる若者が多く人手は不足しがちだし、農夫を雇う人件費もそう増やせない。
つまり、労働力のアテとしてのゴブリン嫁というわけだ。
ヒト種中心主義がはびこる王都ではまだまだ人間同士の婚姻にこだわる向きが強いというが、こんな田舎じゃ亜人との結婚など珍しくも何ともない。というかそんなのに拘泥してはコミュニティが保てない。なので親父がこの子を連れてきたことも理解はできる。
ただ受け入れるとなると話が別だ。
「俺はこの畑を継ぐなんて一言も言ってない。マリーナかルクスに取っとけよ。俺は冒険者だ」
は、と親父が鼻で笑った。
「冒険者?お前、まだそんなこと言ってるのか。自分の格好見てみろ」
そう言われると弱い。確かに今の俺は朝の野良仕事を終えて雑魚寝の最中だ。
着ている者も畑仕事から帰ってきたままの木綿ズボンとシャツ。脇には麦わら帽が置いてある。
「ギルドにも全然顔を出さなければ、毎日剣じゃなくクワを振るようになったお前を、今も冒険者と思ってる奴なぞおらんわ」
「……うるせ」
幼馴染と組んでいたパーティを解消してから、そろそろ五年が経とうとしていた。
ギルドでトラブルを起こして一時冒険者の免許を停止された後、当初はソロで依頼を受けていたが、徐々にギルドへ足を伸ばすのが億劫になってしまった。
その頃ちょうど、母がルクスを妊娠して畑で無理ができなくなり、親父とまだ幼い妹のマリーナだけでは手が回りきらなかったので、俺は実家の手伝いをするようになってそのままずるずると今に至る。
「ルクスも手がかからなくなって、母さんが畑に出るようになってからも手伝ってくれるのは有難いが、このままいるならお前にも畑を継ぐつもり心積もりになってもらわんと」
「だからって急に嫁だなんて……」
「何だ、他にいい人でもいるのか?」
「……いねえよ」
親父が溜め息を吐く。
「とにかくこの娘はここに置いていく。今日からお前が面倒見ろ。いや、お前が面倒見て貰う方か…?まあいい。子供は急がんが、ヤるなら避妊はするな」
言いたいことだけ言って親父は離れを出ていった。
「避妊するなって…普通は逆だろ、クソ親父…」




