第55話 エピローグまで 4
「みんな、またなー!」
歓声を背に受けながらステージを後にする、興奮の余韻はまだ空気に残っていた。
歌って走り回ったはずなのに足取りは軽く不思議なくらい疲労を感じない。
――こんなにも楽しいのか。
人と向き合って、歌って、言葉を交わせることが。
そのすべてが今も胸に残っている。
オレのライブはいつも満席らしい。
その事実がじわりと実感になっていく。
人々の生活の中にオレがいてもいい、そう思えることがただ嬉しかった。
不思議だ。
魔物として生まれたはずなのに、みんなの笑顔を見るたびに胸の奥が温かくなる。
この感覚をできることなら――ずっと味わっていたい。
胸の奥に残る温かさを確かめるようにそっと手を当てた、鼓動が少しだけ速い。
そのまま歩いているうちに気づけば控室の前まで来ていた。
もう片方の手で扉を押し開けて中に入った瞬間――
「お疲れ様、せなくん」
「今日も良かったですねー」
「体は大丈夫? お水、用意してるから」
重なる声が柔らかく迎える。
視線を上げるとそこにはフラウ隊の魔女たちが揃っていた。
いつもの顔ぶれ、その中に青子ちゃんの姿もある。
「みんな、来てくれてありがとなー」
改めて室内を見渡す。
魔女たちが揃うとそれだけで空間が華やぐ。
色とりどりの髪が光を受けてわずかに揺れていた。
そのまま自然と視線がみんなの耳元へと向かう、そこにあるのはオレと同じイヤリング。
今ではフラウ隊の全員が同じものを身につけている。
オレも自分の耳元に指を持っていく。
触れた先で小さくイヤリングが揺れる感触、確かにそこにあるとあらためて実感した。
今日、魔女を全員呼んだのには理由がある。
「フラウさん、最後までたくさんのお願いを聞いてくれてありがとう」
「私にかかれば朝飯前だよ」
いつも通り軽く笑うフラウさんの前でオレは頭を下げた。
視界の端に揺れるイヤリングと銀髪が映る。
この人には本当に頭が上がらない。
初めて会った日なんていきなり『アイドルになれ』だなんて、無茶苦茶にもほどがあった。
そのまま訳も分からないまま劇場に立たされて気づけば魔女宣言までしていた。
イタズラばかりするし、人をからかって遊ぶし、正直かなり振り回されたと思う。
けど。
ライブでは誰より本気で演出を考えてくれて、オレのわがままにも理由を聞かず付き合ってくれた。
気づけばその全部がオレの背中を押していた。
オレが前を向けるように、一人で抱え込まないように。
ゆっくり顔を上げる。
フラウ隊の隊長がこの人で良かった。
心の底から、そう思った。
「金城師匠、感謝だよ。オレがなりたかったものを見せてくれて、みんなを笑顔にする方法を教えてくれて」
「せなさんも、とても素敵でしたわ」
そう言って金城師匠は髪をはらりと払う。
オレも真似して髪を払うと、自然と顔を見合わせて笑っていた。
最初に会う前、みんなから聞いていた印象はとんでもなかった。
猪突猛進で勢いだけで突っ走る人なのかと思っていた。
でも実際は優しくて、包容力があって、どこまでも優雅だった。
戦いになると最初のイメージ通りだったけど、思わずずっこけそうになるくらいには。
けれどその無茶苦茶さにもちゃんと理由があった。
それは誰より本気でみんなを笑顔にしようとしていたからだ。
絶対に笑顔で終わらせる、その熱意と決意が何度もオレの背中を押してくれた。
気づけばこの背中を追いかけていた。
だからオレは胸を張って言えるだろう。
オレの師匠がこの人で良かった。
心の底から、そう思った。
「白亜ちゃん、あの時オレに呼びかけてくれてありがとう。おかげで元に戻れたんだと思う」
「どういたしまして。でもアレはあんたが強い意志を持ち続けていたからよ」
白亜ちゃんが静かに答える。
オレはそっと手を差し出した。
白亜ちゃんも同じくらいの大きさの手で握り返してくれる。
小さくてあたたかい感触があの時のことを思い出させる。
混濁した意識の中でずっと聞こえていた声、頭の奥へ直接響いてくる白亜ちゃんの声。
戦えないはずなのに、それでも必死にオレを呼び続けてくれていた。
何度も何度も、諦めずに。
あの声がなかったらきっとオレは、魔女たちを死へ導いていただろう。
最悪の結末を止めてくれたのは間違いなく白亜ちゃんのおかげだ、そしてそれだけじゃない。
彼女はファンの声を一番近くまでオレに届けてくれた。
だからオレは人と向き合えるようになれたのかもしれない。
怖がるだけじゃなく、ちゃんと話したいと思えるようになった。
白亜ちゃんの声は、ずっとオレを支えてくれていた。
オレは白亜ちゃんの声が大好きだ。
心の底から、そう思った。
「青子ちゃんありがとう、いつもサポート助かってた」
「いえ、あまりお話できなかったのが残念です」
視線が重なり自然と笑みがこぼれる。
オレが人々の前に現れたあの日、配信越しに青子ちゃんは『悪い魔物じゃないかも』と判断してくれた。
あれがなければきっと、リスナーのみんなの反応も違っていただろう。
怖がられて、拒絶されて、もっと違う始まり方をしていたかもしれない。
青子ちゃんはいつだってそうやって陰から支えてくれていた。
自分は魔女じゃないのに、危険な前線に立つわけでもないのに。
それでも誰より真面目に魔女たちのために動いてくれる。
彼女がいたからみんな安心して戦えていた。
青子ちゃんがフラウ隊の一員で良かった。
心の底から、そう思った。
「赤里ちゃん、いつも甘えさせてくれてありがとう。お姉ちゃんができたみたいで嬉しかった」
「ありがとうは私よ、せなちゃん。私たちと一緒に居てくれて本当にありがとう」
赤里ちゃんが一歩近づく、オレはその胸元へそっと抱きついた。
ふわりと伝わる温もり、甘く落ち着く匂い。
自然と力が抜けていく。
そっと目を閉じると赤里ちゃんが優しく頭を撫でてくれた。
初めて会った時のことを思い出す。
オレが魔物だと分かっていたはずなのに赤里ちゃんは真っ先に怪我の心配をしてくれた。
しかも彼女はオレへ刃を向けたことを心から謝ってくれた。
ずっと姉みたいにオレを見守ってくれて寄り添ってくれた。
疲れた時は頭を撫でてくれて抱きしめてくれて、他愛ない話だっていつもちゃんと聞いてくれた。
そして誰より、オレを応援してくれていた。
初めて会った人が赤里ちゃんで良かった。
心の底から、そう思った。
「雫、ありがとな」
「言葉は不要です。分かり合ってますからね、私たちは」
パァンと小気味いい音が響く。
自然と息が合ったハイタッチに思わず笑みがこぼれる。
雫がいなければオレはこの世界に生まれてこなかった。
きっかけはたぶん綺麗なものじゃなかったのかもしれない。
それでもその結果として、今のオレがいる。
そう考えるとオレは雫の分身みたいなものなのかもしれない。
だからこそ人間を好きでいられるのだろう。
雫が人々を思い、そしてオレのことをちゃんと見てくれたから。
そこにあったのはきっと純粋な想いだ。
その気持ちをオレは一生忘れない。
オレを生み出してくれてありがとう、雫。
心の底から、そう思った。
「じゃあ、みんな」
改めて一人ずつ視線を合わせていく。
白亜ちゃん。
赤里ちゃん。
青子ちゃん。
雫。
金城師匠。
フラウさん。
みんな静かにオレを見ていた。
「あぁ」
最後にフラウさんが大きく頷く。
「オレ、この世界を救いに行くよ」




