第54話 エピローグまで 5
――か、かわいすぎる!!
オレは目の前に立つアイドル衣装を着た二人から視線が外せない。
思いつきでバックダンサーに指名したけど――これは完全に正解だった。
オレやるじゃん、勝ったな!
今、オレたちは近くの店舗の従業員スペースを借りている。
外では白亜ちゃんがゲリラライブの告知をしてくれているらしい。
それだけじゃない、魔力で作られた特設ステージまで用意している。
しかもそれは――空中に浮いている。
やりたい放題だな。
二人の衣装も同じく魔力で仕上げたものだ。
オレ自身最初から魔力で構成された服を着ていた、だからか不思議と形にするのに違和感がなかったので思った通りに作ることができた。
……魔力ってほんと便利だな、ご都合主義の概念最高。
魔力をあんまり使うなと言っておいてなんだけど、今日は許してほしい。
「ほ、ほんとにこれで踊るの……?」
赤里ちゃんが体を軽く捻りながら自分の衣装を確かめている、慣れない感触に落ち着かない様子だ。
「衣装って意外と重いんですね。しかも、結構スカート丈が短い」
雫は裾をつまみ静かに観察するように呟く。
二人とも戸惑いは見せている、けれど――
はっきりと拒む様子はない。
無理に引き受けさせるつもりはなかった、本気で嫌がるなら諦めるつもりだった。
それでもこうして立ってくれている。
引き受けてくれた理由はわからない。
彼女たちの優しさなのかそれとも――少しだけ人前に立つことへの興味があるのか。
どっちにしろ、ちゃんと成功させないとな。
「ところで先輩」
唐突に雫がこちらへ視線を向けてくる、じとっとした目だ。
「なんだよ」
「先輩の衣装、どうして黄色なんです? そのイメージカラーって金城先輩じゃないですか?」
青の衣装に身を包んだ雫の視線がオレの衣装へと移る。
隣では赤里ちゃんが赤の衣装をまとっている。
柔らかな動きに合わせてどこか妖艶な雰囲気が漂っていた。
「別にいいだろ。オレが銀色の衣装着ると地味に見えるんだよ」
以前一度試したことがある。
そのとき『石像みたいだね』とフラウさんにそう言われて即座に脱いだ。
あれは、さすがにダメだった。
「これじゃあ信号じゃないですか、絶対揶揄されますよ」
「黄色が真ん中だからちょうどいいじゃないか」
「確かにそうですけど……って、そういう問題じゃないんですよ」
雫の言い分を軽く受け流す、いつもの調子だ。
ふと赤里ちゃんへ視線を向けると、小さくリズムを刻むように体が揺れていた。
足先がわずかに動き呼吸も整っている。
意外とやる気なんだな。
むしろ文句を言っているのは雫の方だ。
「雫。踊りのことだけれど、一年生の時に履修したダンスでいいかしら?」
赤里ちゃんがこちらを見ずに言う、声は落ち着いている。
さっきまでの柔らかさとは違う芯の通った響き。
スイッチが入っているのがわかる。
切り替わったのだ――戦うときもこんな顔をしている。
「え? あ、ハイ。それで問題ないです」
急に話を振られた雫がわずかに慌てて答える。
さっきまでの調子とは違う、空気に引きずられたのか文句を差し挟む余裕はなさそうだ。
ただ――視線だけはまだ何か言いたげにこっちに向けられている。
……そんなにか? 信号に親でも殺されたのか?
オレの衣装は魔力で構成されている、色を変えるくらいはいくらでもできる。
けど、あえてそのままにしておく。
こういうのはな、無視した方が面白いんだよなぁ。
「よし。白亜ちゃんが待ってるし、やるぞー!」
『おー!』という掛け声とともにオレたちはステージへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
「おーい、みんな見てるかー? せなだぞー!」
空中に浮かぶステージの上から手を振る、視線が一斉に上がった。
ちなみに見上げたらスカートの中が見えるんじゃないかって?
残念だったな、ちゃんとドロワーズは履いてる。
パンツが見たかったら他の作品に行ってくれ!
『見えとるわい!』という叫びが下から聞こえてくる。
だが人の多さはやはり異常だ、少しバランスを崩せば混乱が起きてもおかしくない。
そんな中でのゲリラライブ、不思議そうな視線も当然混じっている。
「おまえら、いろいろ順番待ちしてるだろ? その間オレがおまえらを楽しませてやる!」
ステージの端まで駆けながら声を張る、ざわめきが少しだけ変わった。
「だから、秩序は守ってくれ。オレは商店街の人もおまえらも困らせたくない」
少しだけ声のトーンを落とす、冗談じゃないと伝えるために。
その言葉に観客たちは静かに手を振り返してくれた、騒ぐでもなく押し合うでもなく。
その様子を見て小さく頷いた。
……これならいける、選んだのは静かな曲だ。
流れを乱さず場を落ち着かせるために。
雫と赤里ちゃんが出てきたら空気は一気に変わるかもしれない、そう思っていたがどうやら杞憂だったらしい。
二人がステージに立つとどよめきは確かに起きた、けれどそれだけだった。
誰も押し寄せることはなく、オレの言葉を守るように観客は静かにその光景を見守ってくれている。
……ちゃんと届いてるな。
胸の奥で小さく息をつく。
――これは改めて二人を巻き込んだライブをしてもいいかもしれないな。
もっと大きく、魔女全員でステージに立つ、なんてのも。
そんな考えがふとよぎる。
「魔石を持ってる人はよかったらそれを掲げてみてくれー」
歌いながら呼びかける。
少しずつ掲げられていく無色透明の石。
人々に配っている、まだ意味を持たないそれ。
これから必要になって――そしていつかは不要になるもの。
その曖昧な存在が今、この場に確かに集まっていた。
「オレを応援するときは、それを振ってくれよな!」
歌い続けているとざわめきは次第に落ち着き商店街の混雑も少しずつ解けていく。
流れが戻っていくのがはっきりとわかる。
雫たちはすでにステージを離れていて、今この場に立っているのはオレ一人。
歌だけが空に残る。
人の流れを見ながら考える。
この人たちがずっと笑っていられる世界。
理不尽な死に怯えなくていい世界。
魔力に頼らなくてもいい世界。
――魔物の存在しない世界。
もうすぐだ、そんな理想の世界が訪れるのは。
そのためにここまでやってきた。
帰り道へ向かう人たちに手を振る、その背中を静かに見送る。
オレを受け入れてくれた人たちにとっての理想郷、その実現に向けた準備は着実に進んでいる。
ステージの上で空を見上げる、沈みかけた太陽が商店街をオレンジ色に染めていた。
光は柔らかく影を長く引き延ばす、アイドル衣装のままでは少しだけ肌寒い。
季節の変わり目のようなわずかな温度の揺らぎ。
それでも歌うことをやめない、目に映るすべてを焼き付けるように。
「おまえら、最後までオレを応援してくれよな」
声は空へと抜けていく。
喧騒の中に溶けて誰の耳にも届かない。
――それでも一番星だけは、きっと聞いてくれている。




