第53話 エピローグまで 6
「なんです……? この状況は」
オレの隣で雫がぽかんとしたまま前を見つめている。
その視線の先、商店街の入り口からびっしりと人が詰まっていた。
「以前ここの商店街へ雫たちがせなちゃんと遊びに来たでしょう? あれ以来ずっとらしいわ」
ほとんど独り言のような雫の問いに隣の赤里ちゃんが答える。
オレも同じ光景を見ていた、けれど――
記憶にある景色とはまるで違う。
以前はオレたちの姿を見れば人の流れは自然と割れていき、距離を取るように道ができていた。
それが今日はない、避ける隙間すら見当たらない。
人の波がただそこにあった。
しかも今日は以前の雨模様と違って天気がいい。
空は澄んでいて陽の光も柔らかい、絶好の観光日和。
――だからこそ、この人の多さなのかもしれない。
「オレたちが入っていって大丈夫なのか? 余計に混乱させてみんなに迷惑かけたくないぞ」
人の波を前に思わず口に出る。
「そうなんですけど……白亜さんからヘルプの要請が来てるんですよ」
雫が視線を落としスマホを確認しながら答える。
「見る限り、これが原因なのでしょうね」
今はまだ大きな混乱は起きていないけど――この密度だ。
何かがきっかけに一気に崩れる可能性はあるだろう。
白亜ちゃんが商店街の中心で人の流れを整理しているらしい。
ただその動きはうまく回っているとは見た感じ言い難い、遠目でも流れの淀みが見えるからだ。
オレたちは互いに顔を見合わせ、小さく頷き合う。
「行くかー!」
◇◇◇◇◇◇
――行けなかった!
人混みの中を進むのがここまで大変だとは思わなかった。
普段は人を避ける必要なんてない、むしろ自然と道が空く側だったからな。
それが今は違う、体格も相まって完全にもみくちゃだ。
中学生くらいの身体では人の波に抗えない。
どこかで見たことがある、都会の満員電車。
きっとこんな感じなんだろうな。
……いやさすがにここまでではないかもしれないけど。
それでも人間って大変なんだな。
オレ、めちゃくちゃ優遇されてたんだな……(しみじみ)
目の前のお姉さんの背中に押し潰されながら現実から少しだけ意識を逸らしていた。
もしかしてオレ今日――ここで死ぬんじゃないか。
ラスボスはもう終わりだ、ここがエピローグだったのか(錯乱)
もし次があるならちゃんとコミュ障が治った人間に生まれたい。
「ちょっと。勝手に昇天しないでくださいよ」
天国に上っていくオレの手が乱暴に掴まれ、手ごとぐいっと引き寄せられた。
視界が揺れて次の瞬間には、雫のすぐそばにいた。
さらにその先では赤里ちゃんが体を張って空間をこじ開けている。
どうにかオレ一人分の隙間を確保してくれていたのだ。
二人はわずかに疲れた顔をしている。
無理もない。
彼女たちも高校生の女の子で、相手は人の波だ。
「私たちがいても進めないなんて初めてですよ。ちょっとナメてましたね」
「そうね。でも……無理やりどいてもらうわけにもいかないでしょうし」
頭上で交わされる会話、その間にもじわじわと前へと進んではいる。
けれど進みはあまりにも遅い、牛歩という言葉がぴったりだった。
これ、白亜ちゃんのとこまで行けるのか? 無理では?
やっぱり物語はここで終わりなんだぁ。
「先輩がずっと現実逃避でアホな事を考えてます、どうにかしましょう赤里先輩」
「そ、そうね、だけど雫。せなちゃんの今の顔、もう少し見ててもいいかしら」
「……えぇ? もしかして今、まともな思考してるの私だけですか?」
小さくため息を落としながら『このメンバーならボケ担当は私なんですけど』という声には納得いかない空気が滲んでいた。
「良かったな雫、次からおまえが主人公だ」
「もういい加減戻ってきてください先輩」
ペチペチと頬を叩かれる、しかも容赦がない。
「痛いぞ」
「どうしようかしら、ほんとに進まないわね」
正気に戻った赤里ちゃんが顎に手を当てて悩んでいる。
――と、そこに。
【全員! せいれーつ!!】
商店街のアーケードにひときわ大きな声が響いた。
瞬間、周囲の人々の動きが揃う。
流れが止まり隊列のように並び替えられていく――ついでにオレたちもだ。
反射的に背筋まで伸びていた。
「これは」
「白亜ちゃんの魂源ね」
「だけど正直助かりました」
体の自由は効かないままなので声だけでやり取りする。
統制された人の波はさっきまでの混沌が嘘のように整っていった。
その流れに乗りオレたちは少しずつ前へ進む。
そしてようやく――白亜ちゃんのもとへ辿り着いた。
◇◇◇◇◇◇
「ありがとう白亜ちゃん、助かったよ」
「ほんとは一般の人に魂源は使いたくなかったんだけどね」
「えー、でもコレはもう仕方なくないですかー?」
「そうね」
短いやり取りのあと合流した四人で小さく息をつく。
張り詰めていたものがほんの少しだけ緩んだ。
――けれど。
白亜ちゃんの表情だけはまだ固いままだった。
「申し訳ないんだけど……実は本番はこれからなのよ」
そう言って彼女は背後へと振り返る。
つられて視線を向けると、整然と並んだ人の列がずっと先まで続いていた。
秩序はある。
だがその長さが異様だった。
何の列なのか、この位置からでは見えない。
「覚えてる? 私たちにコロッケを食べさせてくれた、おばちゃんのお店」
『その列よ』と白亜ちゃんはオレたちが何かを言う前に先に答える。
どうやらこの商店街の人だかりはオレたちが訪れたことがきっかけで、いわゆるパワースポット扱い。
リスナーたちはそれを『聖地』と呼んでいるそうだ。
配信中に流れていたチャット『巡礼だ!』だのなんだのというあれが、これか。
今さらになって理解した。
つまりオレが歩いた場所はそのまま『意味』を持ってしまう。
景色ごと書き換えられるみたいに。
……ヤバいな?(語彙力
「ん? ちょっと待って。コレって、ほんとはオレが対処しなきゃいけないことじゃないのか?」
気づいてしまう、胸の奥が少しだけ冷える。
もしかして今まで見て見ぬふりをしてきたものがあったんじゃないか。
「せなさんは気にしなくていいのよ。それだけあんたの行動が人々を駆り立てているってことなんだから」
白亜ちゃんがすぐに言葉を挟む、オレの表情を見て先回りするみたいに。
「むしろ、いいことじゃない」
やわらかくフォローする声。
その言葉にほんの少しだけ呼吸が戻る。
「よし! オレ、やるよ!」
整えた呼吸を一気に吐き出す、決意だけが先に前へ出た。
三人は一瞬意味を掴めずに首を傾げる。
「今からここで、ミニライブをする!」
「いいんじゃない、何か考えがあるのね? 私のメガホンから音楽を流してあげるわ」
白亜ちゃんがするりとメガホンを取り出す、そのまま肩に担ぎすでに準備は万端だ。
早い。
そしてオレは残る二人へ視線を向ける。
にやりと笑って。
「雫と赤里ちゃんはバックダンサーで出演な!」
「「えええーーーー!?」
二人の声が揃って跳ねる。
その響きが商店街いっぱいに広がっていった。




