第52話 エピローグまで 7
この人まさか一度死んで生き返ったとかじゃないよな……?
目の前でパソコンを凝視しているフラウさんを見つめる。
顔色がどす黒いぞ、こんなに疲れた顔は初めて見たな。
声をかけるべきか迷うけど、下手に声を出すと体が崩れたりしないか?
「やぁ、せなくん……すまない。日を追うごとに忙しさが増していてね」
オレの視線に気づいたのか、フラウさんがちらりとこちらを見る。
しかしそれだけだ。
すぐに意識を画面へ戻し机に置かれたノートパソコンを叩き続ける。
キーボードを打つたびに机が揺れ、その振動で周囲に散らばったエナジードリンクの缶がカタカタと音を立てた。
空になった缶の本数にドン引きだ、体ごと一歩後ずさっていたかもしれない。
……飲みすぎだろ、これだけ飲んで平気なのか。
やっぱりこの人はすでに半分ゾンビなんじゃないか?
そんなことを考えながら思わず手を合わせた、その瞬間。
フラウさんの視線がこちらに向いた、非難の色を帯びた静かな視線が。
「誰のせいかな?」
「……うっ、ごめんって」
フラウさんがここまで忙しくなっている理由は他でもない――オレがこの人に今後の相談を持ち込んだからだ。
「せなくんの言葉通りに事が進んだ場合、インフラを再構築しておかなければ世界は大混乱に陥るだろう」
『先日の魔物騒動の比ではない程に』最後のつぶやきはほとんど聞こえなかった。
それもそのはずで、いつの間にか新しいエナジードリンクの缶を開けてそのまま一気にあおっていたからだ。
もう片方の手は休むことなくキーボードを叩き続けている。
……なるほど。
この人が超人扱いされる理由が少しだけわかった気がした。
「ちなみに副作用は気にしなくていい、魔力でねじ伏せているからね」
聞いてもいないことにいきなり答えが返ってきた。
いつも思うけど魔力の使い方がズレてるんだよなぁ。
ねじ伏せるって何だ、おもちゃか何かと勘違いしてるのか?
まぁこの人の場合世界をおもちゃにしてる可能性があるからな。
オレ、この人がいる時代に生まれてよかったよ、でないと今ごろ魔女たちに倒されてただろうな。
「その魔力の使い方もヤメといたほうがいいと思うけどな」
エナドリの副作用や魔力の使い方について言ったわけじゃない。
今のオレの言葉にはもっと別の意味がある。
「おっと、そうだった。しかし我々魔女にとって魔力はすでに体の一部だからね」
軽く受け流すように言いながら開けたばかりの缶を机に置く。
すでに置く場所がない、空き缶で埋まった机の上はほとんど隙間が消えていた。
積み上げればちょっとした壁ができそうだ、雫なら嬉々としてタワーを作り始めるかもしれない。
『私そこまで子供じゃないです!』
なぜか幻聴が聞こえたがきっと気のせいだ。
思わずぐるりとあたりを見渡す。
……いや、あいつなら盗撮してるかもしれないぞ!
魔女たちは基本どこかオカシイ(唐突の悪口)
オレの不思議な行動にフラウさんがふっと息を吐いた。
「根を詰めすぎるのも良くないか」
そう言って席を立つ、そのまま大きく伸びをしてゆっくりと歩き出した。
隊長席の後ろ――一面の窓へ。
汚れひとつないガラスにすらりとした指が添えられる。
それだけで妙に様になる、相変わらずだなと思った。
思わず手でシャッターを切る仕草をした。
もしかしたらフラウさんなら魔力でそのまま写真にできるんじゃないか、そんなことが頭に浮かんだ。
どうせなら今のうちに、魔力を使って好きにしてもらうのも悪くない。
なんて、さっきの発言と矛盾した考えに至った。
――魔力が存在しない世界。
それがオレがフラウさんに持ち込んだ相談だった。
もし魔力がなくなったら何が起きるのか。
この世界の大半の人間はそもそも魔力を使えない、使えるのは魔女だけだ。
けれどフラウさんのように魔力を生活の一部として利用している人もいる。
以前の白亜ちゃんのように戦闘には向かない魂源を持つ魔女たちは、人々の暮らしを支えるために魔力を使っている。
それがもし失われたら、生活はどう変わるのか。
さらに――たとえ扱えなくても人の体内には魔力が存在している。
それがある日突然消えたとしたら、どんな影響が出るのか。
考えられる限りの可能性を。
起こり得るすべての未来を。
オレはそれをフラウさんと共にシミュレーションして、託した。
「ここから見る景色も、魔力が無くなれば見れなくなると思うと寂しくなるね」
窓の外を見つめながらフラウさんが呟く。
このスカイ号も彼女の魔力で成り立っている、それが消えれば当然ここもなくなる。
窓に映る彼女の目は言葉とは裏腹にどこか楽しげに見えた。
オレは小走りでその隣に並ぶ。
同じように窓の外へ視線を向けると思わず息がこぼれた。
青と白だけで構成された世界。
地上の喧騒も色とりどりの街並みもまるで夢の底に沈んでいるみたいにここからは遠い。
残っているのは、削ぎ落とされ、研ぎ澄まされた最小限の景色。
ふわりと体が浮くような錯覚。
この空に溶けていくような感覚があった。
「けどフラウさんに託した未来には、今以上にいい景色があると思う」
『うまく伝えられないけどさ』と付け足す、それでも伝えたかった。
「そうだね、我々はこれからもいろんな景色を見ていけるだろう」
「フラウさんはさ、もしスカイ号が無くなったらどうするの?」
二人で窓の外の景色をながめつつ会話を続ける。
雲が千切れては繋がってを繰り返す、空も止まらずにずっと変わり続けていくのだろう。
「地上を歩くことには慣れていないからね、まずは散歩かな?」
「おばあちゃんみたいな事言うね」
「平和な証拠だからね」
「それもそうかー」
フラウさんの冗談に笑みが零れる。
「さて、仕事に戻ろうかな」
窓から振り向いた彼女の視線が自分の机に向く。
――途端に瞳が死んだ。
コレ見たことがある、漫画でしか見ない類の目だ!
まさか現実で拝むことになるとは思わなかった。
「さすがに私の言葉でも、世界が変わることを信じる人間は少なくてね」
小さく笑う。
『孤軍奮闘だよ』続けてこぼれた言葉は冗談めいているのにどこか呪いのように響く。
当然だよなぁ。
いきなり世界の常識が変わると言われて受け入れられる人間なんてほとんどいない。
オレだって同じ立場なら疑う。
それでも。
この人はオレの言葉を信じて動いてくれている。
ゾンビになりかけながら。
「手伝うよ」
そう言ってオレは机の上に手を伸ばす、まずは空き缶をまとめるところからだ。
無言のまま作業が続く、オレは雑務を片付けフラウさんは机に向かう。
役割は違うのに不思議と同じ時間が流れていた。
ふと彼女の手が止まる。
視線がこちらに向く、その目に迷いがなかった。
……ああ、これは。
逃げられないやつだ。
心の中で静かに覚悟を決める。
「未来のシミュレーションに、君がいないようだが?」




