第51話 エピローグまで 8
ひどい目にあった!
……いや訂正だ、現在進行形でひどい目にあっている。
原因は目の前だ。
「オーッホッホッホ!」
金城師匠の甲高い笑い声、雲ひとつない空へ突き抜けていく。
普段なら場を盛り上げるはずのその笑い声も今のオレにはただただ腹立たしい。
視線を落とす。
目に入るのは自分の体――熊なのか狸なのか判別のつかない丸い胴体。
そもそもまともに見えていない、視界がやけに狭くて暗い。
理由は単純だ。
今のオレは着ぐるみを着せられたままステージの上に立たされている。
――悪役として。
いや魔物だから悪者扱いされるのはわかるんだが?
仕方ない、理屈では納得してる。
でもさ。
その立場に実際に立たされると地味に心にくるものがあるな。
……魔物って、こんな気持ちだったのかもしれないな(錯乱
【わー! きゃー!】
足元からやたら元気な歓声が飛んでくる、子どもたちだ。
テンション高いなぁ、いやまぁいいことなんだけどさー。
見下ろせば小さな手が師匠に向かって振られているのがかろうじてわかった。
今日のステージはオレのライブじゃない。
とある住宅展示場の一角で行われている子ども向けのショー、そこでオレたち魔女が演技をしている。
内容はまあ定番だ。
善と悪に分かれて最後はヒーローが勝つやつだ。
わかる、わかるよ?
誰かが悪役をやらなきゃ成立しないのも、ちゃんと理解してる。
してるけどさぁ!
オレと師匠の身長差見てから配役決めた!?
どう見ても今のオレ、悪の幹部じゃなくて踏まれる側のマスコットなんだが!?
オレは師匠に向けて構えを取る。
それに応じるように師匠が巻き髪を払う、いつもの仕草だ。
なのになんだろうな、今日。
やけに腹立つなぁ。
というかこれってヒーロー役……いや師匠だからヒロインか?
……まあ、どっちでもいいか。
別にヒーローが負けたって問題ないだろ、最近の〇面ライダーだってたまに負けてるし。
そんな言い訳を並べながらオレの中でじわじわと何かが沈んでいく、魔物らしい邪悪な思考に。
と言ってもシリアスなシーンにするつもりはないけどな。
「今日こそおまえを倒して世界を征服してやる!」
事前に渡された台本通りにセリフを吐き出す。
最近はこういったショーに出ることも増えてきたので言葉はもうほとんど反射で出てくる。
もっとも悪役は今回が初めてだから、少しくらい私情が混ざっていても仕方ないと思う。
そして戦闘に入れば、あとはアドリブだ。
そもそも魔女同士の戦いに細かい指示なんて普通の人が出せるはずもない。
現場は完全に戦闘のプロ任せ。
オレは着ぐるみの中でニヤッと笑う、どうせ誰からも見えないからな。
「悪は滅べ! ですわー!」
……違う! 台本と違うセリフ言ってるんだけど!?
金城師匠が目の前で低く構える。
戦闘の合図はオレが出すことになっていた。
――なっていたが。
「こんの、脳筋師匠がー!」
もうどうでもいい。
言葉を投げつけるのと同時に踏み込み、左拳をそのまま振り抜いた。
それに応じるように師匠の拳も同じ速度で振り抜かれる。
真正面から拳同士がぶつかる。
ズドォン――!
衝撃が空気ごと押し広げた。
波のように広がったそれがステージから観客席へと流れ込む。
子どもたちはそれすら演出だと思ったのか『魔女がんばれー!』と無邪気な声を上げていた。
肝が据わってるなぁ。
一方で大人たちは違う。
オレたちの動きを見て『これは演技じゃないのでは?』と顔を引きつらせていた。
――その後はもう収拾がつかなかった。
オレは鬱憤を晴らすみたいにひたすら拳を振り回し、師匠は師匠で魔物と戦うときと同じ調子でただ殴ることだけに集中していた。
結果、動きはどんどん荒くなっていきステージの上はしっちゃかめっちゃかになっていたと思う。
けれど、ここは子ども向けのショーだ。
派手な動きであればあるほど歓声は大きくなる。
オレたちの無茶な動きに子どもたちは目を輝かせ、ヒーローへと声援を送り、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「やーらーれーたー!」
師匠とどつき合うのにも飽きてきたオレはその場でゆっくりと崩れ落ちた。
直後歓声が湧き上がる。
子どもたちの声に混じって大人たちの拍手も重なった。
『こうして魔女のおかげで、今日も街の平和が守られたのでしたー!』
ステージ進行のお姉さんが明るくナレーションを入れる横で、師匠がいつもの決めポーズを取っていた。
完璧な締めだ。
……あぁ、今日も平和だな。
着ぐるみ越しの狭い視界で雲ひとつない空を見上げながらオレは心の中でそっと呟いた。
「来てくれてありがとなー!」
代わる代わる目の前に立つ子どもたちに声をかけながら握手をする。
ちっちゃい手だなー、やたら柔らかいし。
小さな手が差し出されるたびに軽く握り返し、時々その頭を撫でた。
ショーの後の握手会だ。
「みなさんにお配りするものがありますの。後ほどお姉さんからお受け取りくださいな」
隣では師匠も同じように握手をしながら声をかけている。
「あの……みんなに魔石を配っているようですけど、私たちは魔力を使えませんよ?」
列に並んでいた母親が遠慮がちに口を開いた。
当然の疑問だと思う。
今日オレたちがここに来た目的は交流だけじゃない。
「夫にも渡してますよね。なんで男性にも?」
そう、来場した人全員に魔石を配っているのだ。
「これから必要になるから、大切に持っていてほしいんだ」
「せなおねーちゃんのおねがいじゃなくても、たいせつにする!」
そう答えると足元から元気な声が返ってきた。
思わずその女の子の頭をくしゃりと撫でる。
「ありがとな!」
実はこういったショーをしているのはオレだけじゃない。
同じ時間、別の場所では雫や赤里ちゃんも同じように人前に立ち、アピールしながら魔石を配っている。
配っているのは魔力を込めていない透明の魔石だから暴発の心配はない。
安全な状態でただ『持っていてもらう』ためのもの。
オレの中には一つ気になっていることがあるのだ。
魔女が魔石に魔力を込めたときに色が変わる現象、あれだ。
実はオレが魔力を込めても色は変わらない。
元から色を持った魔石を使うことはできる。
けれど『色のある魔力』を込めることだけがどうしてもできない。
理由はまだわからない。
ただそこには――人間特有の何かが関係している気がする。
そしてそれはこの世界にとっても、無関係ではないはずだ。
オレは今――終わりへと繋がる一手を進めている。
引き返す道はない。
何が正しいのかなんて全部を理解できているわけじゃない、それでもわかっていることがある。
この選択が――最善だということだけは。




