第56話 エピローグまで 3
――あれ? 思ってたのと違うな?
太平洋の遥か上空。
アイドル衣装をたなびかせながら『飛行』で空を漂っているオレは額に嫌な汗を浮かべていた。
見渡す限り、周囲は海。
空と海の境界すら曖昧になるほどの青の中でただ一つ、はるか前方に『黒い何か』が立っていた。
いや、立ってるって表現で合ってるのかアレ。
人影、人影ではある……あるんだけど。
デカすぎる、島かと思った。
魔女たちに『世界を救ってくる』なんて格好つけて飛び出してきた理由は単純だ。
――魔物の王、『魔王』を消滅させれば、魔物は生まれなくなる。
魔物出現の根源を叩く。
つまり最終討伐イベントである。
え? お前が魔王じゃないのかって?
おバカ。オレはラスボス、魔王とは別カテゴリだぞ。
ともかく今日ここへ来たのは最後の戦いをするためだった。
だったのだが。
思ってたのと違うな(二回目)
オレは魔物を引き寄せる自分の魔力を海の上で思い切り解放していた。
街へ被害が出ないように、誰も巻き込まないように。
その結果現れたのが、アレだ。
黒い巨人。
雲を突き抜けるのではと錯覚しそうな巨大な人影が海の向こうから静かにこちらを見つめている。
あいつから見たオレ、蟻サイズじゃないか?
今まで現れた魔物のサイズで建物より大きいのなんていなかったよな。
「魔女vs大怪獣とか、急にB級映画始まったな……」
乾いた笑いが漏れる。
魔物は人間の負の感情から生まれる、ずっとそう説明されてきた。
でもずっと違和感があった。
もし本当に負のエネルギーだけで魔物が生まれるなら人間そのものを直接魔物へ変えたり、飲み込んだりしていてもおかしくない。
けれど実際は違った、負の感情はあくまで『材料』に過ぎなかったんだ。
それを魔物へ変換する存在がいる。
――『魔王』
あの黒い巨人こそ、その根源。
海の向こうに立つ姿を見ながらオレは小さく息を呑む。
もしコイツが人間の世界へ現れていたらたぶん終わっていた。
街も、国も、何もかも。
魔女全員を集めたとしても正面から勝てる姿が想像できない。
それなのに今までそうしなかった、理由はたぶん一つだ。
「……人間、餌扱いされてる?」
ぽつりと呟く。
滅ぼさないのは慈悲じゃない、生かしている方が都合がいいから。
負の感情を生み続ける人間という資源。
つまり。
こいつが存在する限り人々に本当の平和は訪れない。
海風が吹き抜ける中ふわりと一台のドローンがオレの前へ降りてきた。
いつもの機体、でもどこか落ち着きがない。
不安そうに揺れているように見えて思わず苦笑する。
「大丈夫。その為に今まで準備をしてきた」
ゆっくりと機体を撫でながら小さく呟く。
金属越しなのに不思議と体温が伝わる気がした。
今、オレの姿は配信として向こうへ映っている。
けれど声は返ってこない。
だからこれはたぶん最後の会話だ、一方通行の。
「おまえら、ちゃんと魔石は持ったな?」
静かに問いかける。
するとドローンがこくりと頷くみたいに小さく上下へ揺れた。
思わず笑ってしまう。
「よし」
その返事だけで十分だ。
オレはそっと胸に手を当てる。
鼓動の奥。
そこに確かに存在しているものを静かに確かめる。
体内にあるオレの魔石、オレが魔物である証、人とは違う存在だという消えない証明。
けれど同時にそれは、オレが『オレ』であるためのものだ。
魔女でいたい。
アイドルでいたい。
誰かを笑顔にしたい。
そんな願いをずっと支えてくれたもの。
オレは人間にはなれない、きっとこれからも。
それでも人に寄り添いたいと思えた。
誰かの声を聞いて、隣で笑いたいと思えた。
その気持ちだけは本物だ。
だからこの魔石は忌むべきものなんかじゃない、オレが願い続けるために必要なものなのだ。
「やるぞ! 最終バトルだ!」
指を天へ突き上げ高らかに宣言する。
広い空の中で見ればオレの手や体なんて本当に小さい。
黒い巨影と比べればなおさらだ。
けれど。
この小さな体の中にはたくさんの想いが詰まっている。
魔女たちの願い。
リスナーのみんなの声。
笑っていてほしいと願った日々。
積み重なってきた、全部。
胸の奥が熱くなる。
「っし!」
パシンと自分の頬を叩く、乾いた音が海風へ溶けた。
迷いを振り払う、怖くないわけじゃない。
オレは深く息を吸い込みそのまま黒い巨影へ向かって飛び込んでいく。
「先手必勝だ!」
叫びながらオレは一直線に魔王へ突っ込み黒い胴体へ拳を叩き込んだ瞬間。
ゴッと鈍い衝撃が腕へ返ってきた。
確かに削れた感触があり、黒い外殻が砕け霧みたいに散っていく。
けれど。
「……えぇ?」
魔王はまるで反応しない、動かない。
見下ろしてくるでもなく攻撃してくるでもなく、ただそこに立っている。
今の一撃を本当に何も感じていないようだ。
その事実にじわりと眉が寄る、オレはかなり本気で殴った。
気合も覚悟も込めた開幕の一撃だった。
なのに。
「あのさぁ……」
思わず口から漏れる。
これじゃまるで蚊に刺された程度の認識じゃないか。
せっかく格好よく飛び込んできたのに完全にノーリアクションである。
ちょっと傷つくぞ。
いや、かなり傷ついた。
オレは空中で体勢を立て直し改めて拳を握る。
両手へ魔力を集中。
銀色の光がうねるように渦を巻きながら収束していく。
空気が震える。
数えきれないほどの魔物を吸収してきた魔力。
積み重ねてきた全部、当然今までで一番大きな力だ。
銀光が強く輝いた瞬間。
魔王の顔がゆっくりこちらを向く。
顔と言ってもそこには目も口もない、ただ黒い輪郭だけが存在している。
なのに。
敵意だけははっきり分かった。
空気が変わる、次の瞬間。
「――っ!?」
巨大な腕が目の前まで迫っていた。
速い。
デカさに反比例するみたいなとんでもない速度、海が遅れて割れ衝撃波が空を叩く。
「はやっ!?」
反射的に叫びながらオレは全力で身体をひねった。
さらにもう片方の腕が振り抜かれるのが視界の端に映る。
オレは咄嗟に頭上へ飛び上がった。
直後。
轟音と共に暴風が叩きつけられる。
振り抜かれただけ、それだけで空気が爆発したみたいな衝撃が走り身体が吹き飛ばされそうになる。
「うわっ……!」
なんとか姿勢を保ちながら今度は逆に高度を下げそのまま海へ飛び込んだ。
冷たい海水が全身を包みこみ普通なら動きを奪われるはずなのに不思議と問題はなかった。
オレの身体は、人間とは少し違う。
視界の奥、暗い海中にも魔王の黒い身体が続いているのが見える。
どこまでデカいんだよコイツ。
一瞬水中戦も頭をよぎる、けれど得策じゃない。
動きが多少制限される場所でこのサイズ差は危険すぎる。
だが攻撃が止んだ、その一瞬を逃さない。
オレは再び魔力を拳へ集中させた。
銀光が弾ける。
海中で身体を大きく一回転。
遠心力を乗せたまま一気に海上へ飛び出す。
水飛沫を突き破りそのまま黒い胴体へ拳を叩き込んだ。
「貫け! スターダストナックル!!」
銀色の閃光が走る。
一直線に。
まるで流星のように魔王の身体を貫いた。




