第47話 全員で打ち上げ
「「「「「かんぱーい」」」」」
カーンと、小気味のいい音がオレの自室に響いた。
窓から差し込む夕日の光がグラスを照らす。
頭上をふわふわと浮かぶドローンのチャット欄にも次々とコメントが流れていく。
:乾杯!
:かんぱーい!
:せなに! 魔女に! 乾杯だー!
:魔女たちのラフな格好めちゃいいな…
オレたち魔女は先日のライブ成功の打ち上げという名目で、小さなホームパーティーを開いていた。
もともと広くないオレの部屋に、魔女全員と青子ちゃんまで集まっているのだからさすがに少し狭い。
けれどそんなことを気にする人は誰もいなかった。
むしろ今は、この近さが嬉しい。
少し前までもうみんなと一緒にはいられないかもしれないと思っていた。
だからこそこうして同じ部屋に集まって笑っていることが、信じられないくらい温かかった。
オレはいつものソファの中央に座り、右には雫、左には赤里ちゃんがいてくれる。
ローテーブルを囲むようにして、白亜ちゃんと青子ちゃんが並んで座っている。
ベッドには金城師匠が優雅に腰かけていた。
狭い部屋のはずなのに、その姿だけ妙に余裕があって、この空間にも自然に馴染んでいた。
そして乾杯を終えたフラウさんは立ち上がり、部屋の扉の前でみんなの様子を見渡している。
まるで、この時間を静かに見守るように。
「それにしても、会場全員との握手会まで決行するとは思ってもみませんでしたよ!」
「さすがに前代未聞でしょ、アレ。よくやろうと思ったわね」
「だけど来てくれたお客さんの笑顔がたくさん見れて、私も元気を貰えたわ」
「私は魔女じゃないのでさすがに疲れましたよ……」
「フフ」
「あら、褒められて嬉しそうですわね、隊長?」
:ほんま、よーやった
:せなの手のひら擦り減ってないか?ww
:ダメージ負う度回復してそうだな
:握手しても即綺麗に!
:↑俺らをバイキン扱いするんじゃないww
雫の言葉を皮切りに軽口が次々と飛び交う、チャットも同じように騒がしい。
グラスを持ったままぼんやりとその光景を眺める。
握手会、そういえば。
あのときは興奮が抜けなくて――正直自分が何をしていたのかもよく覚えていない。
ただ途切れずに伸びる列と、差し出される無数の手だけが、断片的に浮かんできた。
ライブが終わりステージの上で余韻に浸っていたときのことだ。
まだ歓声の熱が残る中フラウさんが慌ただしくステージへ駆け込んできた。
そしてそのまま観客の方へ視線を向けると迷いなく声を張り上げたのだ。
『これより握手会を行う』
『宿泊できる環境はすでに整えてある』
『全員が終わるまで我々が責任を持って対応する』
あまりにも唐突な宣言。
会場にいた全員が一瞬ぽかんとした表情で固まる、当然オレも例外じゃない。
けれどその言葉の意味がゆっくりと理解された次の瞬間。
会場が震えた。
歓声が一斉に爆発し床を揺らすような熱が押し寄せる。
さっきまでのライブでも、十分すぎるほど盛り上がっていたはずなのに。
それをあっさりと塗り替える勢いだった。
音の圧に押されるように、その場で立ち尽くす。
「……マジかー」
……おまえら、オレのライブより握手の方がいいのかよ。
オレは呆然と呟くことしかできなかった。
:今まで遠目か配信越しでしか見れなかったのが目の前まで会いに行けるとかそりゃ興奮する
:せなはワシが育てた!
:後方腕組みニキがぐいぐい前にでよる
:スカイ号が宿泊施設になってたのはたまげたな
:頭フラウ隊だからな
:一回泊まってしまったら家に帰りたくなくなるんよな(一人暮らし)
:まんまリゾートホテル
頭上のドローンに映るチャットはいまだに勢いが衰えない。
ライブの余韻どころかむしろ今が本番みたいな騒ぎ方だ。
その熱量は同じ部屋にいるオレたちの会話すら置き去りにしてリスナー同士で勝手に盛り上がっている。
「でも握手のときの声掛けが『念話』ってどうなんですか、先輩」
ぽつりと雫の少し呆れた声。
「私のアイデンティティが奪われて、言葉が出ないわ」
白亜ちゃんがわかりやすく落ち込んだ様子で肩を落とす。
「いや、ファンの前に立てただけでも褒められるべきだと思うけどな、オレは!」
思わずフォローを入れる。
:あれはドキっとした
:めっちゃよかった
:ASMRがおもちゃに思えてしまうほど
:脳内を焼かれましたね
:念話だけでも定期的にしてほしい
:もうこいつ声だけでいいんじゃね
「ほら見ろー!」
オレはチャット欄を雫たちに向けて掲げる、胸を張って、ついでに鼻も高くなっている気がした。
実際、あれはファインプレーだったと思わないか?
念話で直接声を届けるなんて正直その場のノリでやっただけだ。
でも結果はこの通り、否定的な意見はほとんど見当たらない。
……まあ最後の一行みたいな失礼なやつは、あとで一分くらいタイムアウトしてやるけどな!
今日くらいはそんな軽い悪ノリも許されるだろう。
楽しい。
自然とそんな感情が浮かぶ。
こんなオレでも受け入れてくれる人たちがいて。
こうして笑っていられる場所がある。
そのために、オレにできること。
いくつも思い浮かぶ。
でももし――一番大きな形で返すとしたら。
「せなちゃん?」
不意に隣から声をかけられる、赤里ちゃんがオレを覗き込んでいた。
首を傾げた拍子に赤い髪がさらりと流れる。
耳元のイヤリングが小さく揺れた。
「なんでもないよ。楽しいな、幸せだなって思ってさ。次は何しようかなって考えてた」
「もう次の事を考えているの? 少し休んでもいいんじゃないかしら」
「先輩は何かしてないと落ち着かないんですよねー?」
「おまえはもう少し落ち着け」
「私は普段冷静キャラなんですー」
:魔女たちの雑談配信もいいよな
:騒動が全部片付いたらまたライブもしてほしい
:せながいないと寂しかったぞ
:まったく、もういなくなるんじゃねーぞ
:なんて言われて嬉しい? 嬉しい??
:おら泣いていいぞ
「なんで最後に照れ隠ししなきゃおまえらはオレを褒めれないんだ!」
その後も取り留めのない会話がゆるく続いていく。
気づけば窓から差し込んでいた夕日の光は消えていた。
代わりに夜と夕の境目が混ざり合ったような曖昧な色の空が見えている。
時間が、静かに流れていた。
「……?」
ふと肩に重みを感じる。
そちらに顔を向けると――赤里ちゃんの頭がオレの肩に預けられていた。
規則的に揺れる呼吸と小さく上下する肩。
「寝ちゃったみたいね」
床に座っていた白亜ちゃんが下からそっと覗き込む。
起こさないように声を抑えているのがわかる。
「青子さんもいつのまにか寝てますね」
雫がソファから視線を落とす。
ローテーブルに突っ伏したまま青子ちゃんも静かに眠っていた。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに部屋の空気が落ち着いている。
頭上のチャットも少しずつ流れが緩やかになっていた。
:さすがに疲れてるんやろ
:俺もさすがに眠いわ
:リスナーも何人か寝落ちしとる
:時間早いけど、なんだか安心しちまったんよな
その言葉に少しだけ頷きたくなる。
騒ぎきったあとのこの静けさ、誰かがすぐそばにいるという実感。
それが思っていた以上に――心地よかった。
「ではお開きにしようか」
「そうですわね」
これまでのやり取りを静かに見守っていた大人組の二人が、穏やかに場を締める。
「せなくん、最後の言葉をお願いできるかな?」
:お、久しぶりに聞けるのか
:いつ以来だっけか
:耳待機!
フラウさんがこちらに視線を向ける、オレはそれに対して大きく頷いた。
寝ている二人を起こしてしまうかもしれないが、これもファンサのためだ許してくれ。
オレはそっと息を吸う。
ドローンを見上げ大きく手を振り――
「おまえら、またなー!!」
その言葉が、部屋の中と、画面の向こうへと広がっていった。




