第48話 結局何の配信をしたかったのか教えてほしい
「おーい、みんな見てるかー? せなだぞー!」
「赤里です。は、はじめまして!」
少し噛みながらの挨拶にオレは思わず横を見る。
スカイ号に設置された真新しいキッチン。
指紋ひとつないステンレスが窓から差し込む午後の光を鋭く反射している。
生活感の薄いその空間にオレと赤里ちゃんが並んで立っていた。
配信開始の挨拶としてはいつも通り――ではなかった。
:まぁ見てるんだけど
:どこやここ、めっちゃ綺麗なキッチンやん!
:赤里ちゃん、はじめましてではないが?
:ガッチガチに緊張してるのかわよ
:何配信? なんとなく予想つくけど
チャットの通り隣の赤里ちゃんは背筋をぴんと伸ばしたままほとんど動かない。
声も少し硬い。
普段はリスナーと直接やり取りすることがない分こうして改めて『見られている』状態で話すのは緊張するみたいだ。
「……大丈夫?」
小声でぼそっと言うとびくっと彼女の肩が揺れた。
その反応がおかしくてつい笑いがこぼれる。
「心配しないで、今日はオレがリードしてあげるから!」
「お、お願いできるかしら。変な事言ったりしなければいいのだけど」
オレの言葉に不安げだった赤里ちゃんの表情が少しだけ柔らぐ。
その変化を見た瞬間胸の奥がふっと緩んだ。
うまく言葉にできないけど、守りたくなるような、包み込みたくなるような感覚。
気づけば身体が動いて、赤里ちゃんの腰に手を回しそのまま軽く引き寄せてハグをする。
ライブのあとからだろうか。
こうして触れて確かめるみたいに距離を詰めることが増えた。
人の温もりをすぐ近くで感じていたくて、それがないと少しだけ落ち着かなくなった。
:あらあらまぁまぁ
:ハグ助かる!
:今日のせなはお姉ちゃんみがあるな
赤里ちゃんの胸元に顔を預けたまま少しだけ視線を上げてチャット欄を覗く。
悪くない反応だ、むしろ思った以上にウケてるんじゃないか?
「おまえらいいだろー。赤里ちゃん、いい匂い」
わざとらしく自慢するみたいにドローンへ視線を向ける。
「ちょ、ちょっとせなちゃん。恥ずかしいわ……」
頭上から声がかかる。
すぐ近く、吐息が銀の髪にかかるくらいの距離だ。
:おいせな、どんな匂いか言え
:頼むお願いします、なんでもしますから
:おかしい。画面からは何も匂わんぞ
「おまえらね、セクハラはオレだけにしとけよな。他の人に絶対するなよ?」
チャットの内容に少し怯えた表情の赤里ちゃんを守るような位置取りでドローンへ説教する。
こいつらは放っておくと誰にもでもオレと同じ対応になるからな。
まったく、オレが教育しないとダメだな!
:せなには男女平等パンチしてもいいと、俺おぼえた!
:『転化』でボコられるのはお前なんだよなあ
:自分で自分殴るハメになるんかーい
:無敵がすぎる
「ところでせなちゃん、私は今日何で呼ばれたのかしら」
「おぉ、そうだった!」
間の抜けた声が出た。
ガバっと勢いよく腕を離す。
離れた瞬間赤里ちゃんがほんの少しだけ物足りなさそうな顔をした気がして――危ない。
もう一回ハグしそうになるのをぐっと堪える、我慢だオレ。
そもそもまだ何も始まっていない。
リスナーにも今日の内容をちゃんと説明していないままだ。
……まあ、こういうゆるい空気でも許されるのがオレの配信なんだけど。
好き放題させてくれるみんなに感謝だな。
それは言葉には出さないで形で返してやる、決して恥ずかしいわけじゃないからな!?
:まだ何も始まっていない…だと?
:脳破壊されたから気付いてないがまだオープニングだ
:そもそもこいつの配信にオープニングの概念があるのか?
:はぁじまぁるよぉ
「みんな、ここが何するところかわかるよな?」
オレはわざとらしく手をかざしながらぐるりと周囲を見渡す。
配信用の少し大げさなリアクションだ。
「新しくできたキッチンよね。どんどんスカイ号の施設が増えていくわね」
赤里ちゃんが頷きながら答える。
そのまま顎に手を添えて少しだけ考え込む仕草。
たぶん他にも増えている施設のことを思い浮かべているんだろう。
実際――増えているどころの話じゃない。
あの日意識を取り戻したあと、オレは全国を飛び回って発生していた魔物を片っ端から吸収していった。
その結果スカイ号は、見違えるほど変わった。
機能は増え、空間は拡張され、もはや一つの拠点というより――
ちょっとした都市だよな、これ。
最初に連れてこられた時とは別物だ。
「普段ここには数人しか住んでないってすごすぎるよな」
「青子さんには申し訳ないわ、あの人魔力で身体強化ができないから……」
「あー……」
オレは天を仰ぎ普段の青子さんの様子を思い出す。
頭の中に浮かぶのは、長い廊下を少し息を切らしながら歩く青子ちゃんの姿。
距離があるだけであそこまで大変そうになるのかと、毎回ちょっと申し訳なくなる。
「なんか廊下にさ、歩くエスカレーター? みたいなの設置してもらうか」
思いつきにしては、悪くない気がする。
:あれの正式名称ってなんなん?
:調べたけどいろいろあるっぽい
:『動く歩道』まんまやったわ
:青ネギちゃんのためにつけてあげてー
「この後、隊長にお願いしてみましょう」
赤里ちゃんが頷いてくれる。
「よし、じゃあ脱線する前に始めるか」
パン、と両手を打つ。
軽く響いた音が場の空気を切り替えた。
「みんなにクイズだ、オレたちが今から何を作るか当ててみろ!」
わざとらしく間を取ってドローンへ視線を向ける。
――なんか今すごく『それっぽい』ことしてる気がする。
配信者ってこういう感じなのだろうか。
鼻歌で軽くリズムを取る、オレの曲のメロディだ。
BGMなんて用意していないから自分で補うしかない。
ふん、ふふん。
その隣で赤里ちゃんも小さく首を揺らしていた。
さっきまでの緊張が嘘みたいに自然に笑っている。
……かわいいなぁ。
:何って…
:おまえ今まで料理の「り」の字もなかったろ
:せめてお菓子なのかそうでないのかくらいヒントをくれ
:材料も用意されてねーじゃねーか
:ノーヒントすぎる
:子供
:↑闇が深すぎる
「こども?」
見えた文字をそのまま読み上げてしまう。
:あ、バカ
:それを拾うな
:なぜそれを選んだ!
「……こども」
ぽつりと落ちた声に思わず視線を向ける。
そこにはさっきまで楽しそうに首を揺らしていた赤里ちゃんがチャット欄をじっと見つめていた。
:えぇ?
:赤里ちゃん、お腹に手置いてもうてるやん
:一気に年齢のレートあがる流れやめぃwww
:こわ、目のハイライト消えてるぅ!
「え、え? 何……?」
理解が追いつかない、たった三文字で空気が変わったのはわかる。
でも何がどうしてこうなった。
赤里ちゃんの様子を恐る恐る覗き込む。
そこにあったのは柔らかさが一切無くなった瞳が。
……こ、これは、狩る側の人間の目だ!
オレは思わず一歩後ずさる。
理屈じゃない、本能がはっきりと告げている。
――今の赤里ちゃんは危険だ。
「おまえら!」
半ば叫ぶように声を上げる。
「今日の配信はこれで終わりだ! またなー!!」
言い切ると同時に身体が動く。
振り返ることもなく、キッチンの外へと飛び出した。
:逃げやがった
:いやこれはしゃーない
:というかコレどうすんのww
:結局何も作ってねーじゃねーか!!




