第46話 みんなの一番星『月都星奈』
コツ、コツ、と。
アイドル衣装のヒールが無機質な音を響かせる、逃げ場のない場所へ追い立てるみたいに。
どうしてこうなった――なんて今さら考えても仕方がない。
それでも現実から目を逸らすみたいに思い返してしまう。
『武道館で、みんなの前に立ってライブをしてもらう』
フラウさんのあの一言。
当然全力で否定した。
人前に立つのはまだ怖い。
練習だって足りていない。
そもそもそんな話は聞いていない。
それに――オレは『魔物』だ。
今さらどんな顔で、どんな立場で、あの場所に立てばいいんだ。
最後の方はほとんどわめきに近かったかもしれない。
理由を並べて、否定して、逃げ道を探して。
それでも。
フラウさんは、静かに受け止めて――最後にこう言った。
『君の意思に委ねよう。でもせなくんはあのステージに立つべきだと我々は確信を持って言える』
向けられた表情が読めなかった。
悲しみなのか、諦めなのか、それとも呆れなのか。
……ズルいよ。
あんな顔で選択を預けられて、断れるはずがない。
けれど。
それを卑怯だとは思えなかった。
これまでこの人の判断が外れたことは――一度もなかったから。
進む先には光がひとつもない。
闇の中、他の魔女たちが寄り添うように歩いてくれている。
復帰したばかりの雫もその中にいた。
――何が起きるかわからないから、魔力を使った演出はしない。
そのせいか暗闇はどこまでも深い、目が慣れても何も見えないままだ。
こんなに暗くする必要あるのだろうか。
何も見えないだけでここまで不安になるなんて、そんな当たり前のことを今さら思い知る。
隣にいるはずの魔女たちを見渡す。
けれど、表情はわからない。
誰も言葉を発しない。
胸の奥が少しずつ沈んでいく。
足が、重い。
一歩ごとに靴が地面に吸いつくようだ。
このまま、止まってしまいそうになる。
そのときそっと、魔女たちの手が体に触れた。
背中に。
肩に。
頭に。
オレの気持ちなんて、わかるはずがないのに。
それでも励ますみたいに、沈みかけたものをすくい上げるみたいに。
最後まで寄り添ってくれる。
視界は相変わらず暗いままなのに。
少しだけ、前がわかる気がした。
そのおかげで一度も立ち止まることなく、ゆっくりと、確かに、歩みを進めることができた。
空気が変わる。
踏み出した先で空間が開けたのがわかった。
広い場所に出た、それだけがはっきりと伝わってくる。
導かれるままに歩き、やがてステージの中央と思しき場所で足を止めた。
――静寂。
何も聞こえない。
以前の屋外ステージでは姿を見せる前から歓声が上がっていた。
けれど今は違う。
音がない。
静けさが空間そのものを支配していた。
周囲に視線を巡らせるも暗闇のまま何ひとつ見えない。
チク、タク、と。
ありもしない時計の音が頭のどこかで鳴っている気がした。
それくらいこの空間は静かだった。
何も始まらない、何かが起こる気配もない。
ここでオレが声を出したところで何が変わるというのか。
「……やっぱり」
ぽつりとこぼれる。
「誰も……いないじゃんか……」
視線を落とす。
見えるのは自分の足元だけ。
そのままこの黒い空間に沈んでしまえたらいいのにと思った。
当たり前だ。
今さらオレを見に来るやつなんているはずがないよな。
またいつ襲われるかわからない。
そんなものをわざわざ見に来る理由なんてないのだから。
「う……、うぅ……」
抑えきれない音が漏れる。
視界の下でしずくが落ちる、床に淡く滲んでいく。
これは自分が引き起こしたことだ。
泣く理由なんてないし、泣いてはいけないと思っていた。
それでも、堰を切ったみたいにこぼれていく。
オレは人間が大好きだ。
それは変わらないし、これからも変えられない。
だけど。
その人達に拒まれるだけでこんなにも苦しいものなのか。
――もう、やめよう。
思考がそこで途切れる、諦めることを選ぼうとする。
身体が自然と後ろへ向きかけたそのとき。
チカリ。
足元で何かが反射して光った。
オレの涙じゃない。
違和感に引かれて視線を上げる。
そこにあったのは――小さな、銀の光がひとつ。
見つめているとその光がわずかに揺れた。
呼応するように――暗闇のあちこちで同じ光が浮かび上がる。
ひとつ、またひとつ。
揺れて。
瞬いて。
気づけばそれはどんどん広がっていった。
まるで、夜空を切り取ったみたいに。
「――!!」
そこでようやく理解する。
光のすぐそばにぼんやりと輪郭が浮かぶ。
人の顔だ。
視線を巡らせる。
確かめるように。
すると――
隣にいた魔女たちも、いつの間にか同じ銀のライトを握っていた。
そうしてみんな一様に頷き、
「「――ここで出るのは!?」」
魔女たちが声を揃え叫ぶ。
【天下のせなちゃん!!】
次の瞬間。
応えるように声が弾けた。
前から。
左右から――上からも。
あらゆる方向から叫びが押し寄せる。
空間そのものが震えているみたいだった。
何が起きているのか、理解が追いつかない。
ただ。
その場に立ったまま動けなかった。
「「呼ばれて飛び出て!?」」
【インフィニット・アイドル!!】
「「宙を貫く、銀の星!!」」
【我ら、スターダスト・セブン!!】
応酬が波になる。
魔女たちがライトを掲げる、銀の光が一斉に上を向いた。
その先。
天井にひときわ大きな光。
「「私たちの一番星!!」」
瞬間。
光が弾けた、空間ごと焼くみたいに、白く。
「――っ!」
そのあまりの光の強さに反射的に腕で目を覆う。
腕を離し、視界の中に飛び込んできたもの、それは。
【わああああああああああ!!】
照明が一斉に点き、一瞬だけ何も見えない。
けれど戻ってきた視界に息が止まった。
視界のすべてが観客で埋まっている。
熱が押し寄せる、歓声が肌を叩くみたいに響いてきた。
身体が、震えた。
「意地悪なことをしてしまったね……けれど、満員だよ」
肩に置かれたフラウさんの手とその一言、それだけで十分だった。
視界が滲む、涙が溢れる。
けれど、もう止めようとはしなかった。
流れるままに任せる。
衣装が濡れても、どうでもいい。
ただ――
この光景を、焼き付けておきたかった。
揺れ続ける銀の光。
耳を満たす歓声。
視界いっぱいの、笑顔。
全部、失いたくない。
「いいの? オレはまだみんなと一緒に居てもいいの?」
こぼれた言葉に、魔女たちが一斉に客席へ駆け出す。
「え……?」
首を傾げた、その直後。
「「せーの!!」
【せなちゃああああああん!!】
人々の渾身の叫びがぶつかってくる。
空気ごと押し寄せて、身体を大きく揺らした。
まるでそれは質量があるかのように銀色の髪が、ばっと跳ねた。
反射的に走る、ステージの端へ。
そしてそのまま踏み切り、跳ぶ。
胸いっぱいに息を吸って――叫んだ。
「おまえらー! 盛り上がりが足りてないぞーー!!」
プロローグの直前シーンとなります、ぜひもう一度プロローグを読んでみてください!




