第44話 「今度は私があなたを救ってみせます!」
「やっと見つけましたよ、ロクでもないことしてくれやがりましたね」
言葉遣いがおかしくなるほどの抑えきれない怒りが溢れている。
魔力の濃度を辿り、着いた先の洞窟に足を踏み入れていた。
狭いはずの内部は異様な光景。
数えきれないほどの魔物がひしめき合っている。
そのすべてが赤く――違う。
視界が赤い、自分の血だ。
血を流しすぎて、瞳にまで滲んでいる。
ここへ来るまでにどれだけの魔物を斬ったのかも覚えていない。
身体中が傷だらけで、さらに血で染まっている。
双剣を握る手の感覚は、もうない。
足も本当に自分で動かしているのか、判別がつかなくなっていた。
洞窟の最奥へ視線を向けるとそこにあったのは――
巨大な脳みそのような塊だった。
不規則に脈打ち湿った光沢を放っている。
「……気持ち悪いですね」
吐き捨てる。
「おかげで遠慮なく消せそうです」
言い終えるより先に魔物が飛びかかってくる、だが私には届かない。
浮かせた刃がまとめて両断する。
魔力はもう残っていない、それでも絞り出す――自分を燃料にして。
意識が飛びかけるが、それは許さない。
まだ倒していないのだ、目の前の『アレ』を。
観察する。
動かない、いや動けないのか。
その代わりに魔物を操っているのだろう、代わりに魔力を集め吸い上げるために。
操られた魔物もいずれ餌になるのかもしれない、実に合理的だ。
小さく息を吐く。
「先輩まで使うとは、想定外でしたけど」
操る相手の魔力量は関係ない、意思を奪えばそれでいい。
とんでもない技能だ、だからこそ――ここで潰す。
「――魂源解放、水双剣よ! 私の魔力、全部持って行ってください!」
感覚のない両手を強引に持ち上げた次の瞬間、空気が歪む。
洞窟の天井を覆い尽くすほどの巨大な鏡が頭上に展開されていく。
広がりきった鏡面が波打ち、その奥から刃が生まれた。
ずるり、と。
無数の刃が次々と這い出し地上へと降り注ぎ、魔物へ突き刺し、そして貫く
……狭い場所で助かりましたね、逃げ場はありませんよ。
前方へ視線を固定する。
だが『アレ』には攻撃が届いていない、魔物を壁のような盾として使われていた。
確実に魔物の数は削れている、なら――あとは時間の問題。
「……根競べですか」
私の意識が刈り取られるのが先か、『アレ』を刈り取るのが先か。
「!?」
しかしどこまで絶望させられるのか。
私の背後、洞窟の入り口からさらに魔物が現れるのを感じた。
――一体どこから湧いてきてるんですか!
背を守るため空に浮く刃を回そうとした、次の瞬間、
「ぐっ!」
力が抜ける、膝から崩れ落ちる、魔力が……尽きた。
前方の鏡だけはかろうじて維持されているものの、背後は完全に無防備となってしまった。
「……あと、少しなのに」
視線の先、元凶がすぐそこにいるのに、手を伸ばせば届く距離なのに。
それなのに身体は全く動かない。
「また、ですか」
声が、かすれる。
「私は……また、先輩を――」
言葉が、続かない。
視界が滲む、涙が落ちる。
それでも前を向こうとして。
けれど――それすら叶わなかった。
全てを諦めかけ、視界が黒に沈み、意識がほどけていく――その瞬間。
『やらせない!』
頭の中に声が、響いた。
二つ、重なるように。
「白亜さんと…………先輩?」
途切れかけていた意識が引き戻される。
ぼやけた視界の中、魔物がなぜか止まっていた。
『オレと白亜ちゃんでこいつらを止めている間にはやく! あいつを倒せ!!』
はっきりと届いた先輩の声。
涙が溢れる、胸が熱くなる、体に力が漲る、希望が湧いてくる。
『オレを助けてくれ……雫!!』
「はい!」
立ち上がる。
「今度は!」
双剣を握り締める。
「私が!」
前方を睨みつける。
「先輩を!」
叫ぶ。
「助ける番です!!」
すべてを乗せて双剣を投げる、一直線に。
止まった魔物はもう盾にならない、刃はそのまま『アレ』へと突き刺さった。
歪み、静かに崩れていく、何もなかったかのように消えていく。
終わった。
それを確認した瞬間、力が抜けた。
身体が、地面に崩れ落ちる。
荒い呼吸のまま、私は呟いた。
「……私、先輩を救えましたか?」
◇◇◇◇◇◇
目の前で銀髪が揺れている。
汚れひとつない淡い光を帯びたそれは――月も星もない夜の中でなぜかはっきりと見えた。
――本当、天の川みたいね。
私はせなさんにおぶさられたまま、ぼんやりとそんなことを思う。
目の前の背中から伝わる体温を確かめるように、そっと腕に力を込めた。
ぎゅっと、抱きしめる。
「白亜ちゃん、どうかした? どこか痛む?」
かけられた声は、優しい。
けれど――ほんのわずかに震えていた。
「大丈夫よ、せなさん」
息を整えながら答える。
「あんたこそ、怪我とかしてないわね?」
「……うん」
覇気のない返事、まあ当然か。
自分が何をしていたのか断片的にでも、記憶に残っているのだろう。
背中から伝わるその温かさを感じながら私は心の中で小さく息を吐いた。
今私たちは、雫さんの回収に向かっている。
隊長たちはすでに治療済みだ。
せなさんが『傷つけた』条件があったため、この子の技能の『転化』によって怪我はすべて癒えている。
……本当にとんでもない力よね。
それにより動けるようになった魔女たちは各地へ散っていった。
意識を奪われていた魔物たちが正気に戻り、そのまま人々を襲い始めているためだ。
あれだけの戦いの直後だというのに、休む間もない。
それでも。
あの場に集結していた魔物はせなさんによってすべて魔石化されている。
魔力の枯渇を気にする必要はない、純粋な体力は心もとないが。
けど――せなさんが戻ってきた。
その事実だけで私たちの中には確かな活力が満ちていた。
もう怖いものはない、そう思わせてくれる存在。
けれど、その本人は――
今、誰よりも深いところに沈んでいる。
「大丈夫よ。あんたに何があっても、私が止めてみせるわ」
口にした瞬間『しまった』と思った。
――今の言い方は違ったかもしれない。
励ますつもりだった。
それなのに『また何かをするかもしれない』と前提にしているような響きになってしまった気がする。
言葉を選び直そうとした、その前に。
「ありがと」
せなさんが小さく笑った。
「今もオレのこと、監視するために来てくれてるんでしょ?」
軽く言ったつもりなのだろう、けれどその声は沈んでいる。
この子は、一度沈むとどこまでも深みにはまってしまう。
変に触れれば、余計に引きずり込むだけだ。
……ほんと、面倒な考え方するわね。
「そんなわけないでしょ、雫さんの容態を伝えなきゃいけないのよ」
軽く言い返す。
雫さんは山の洞窟で倒れているらしい、魔物による傷はこの子の力でも癒せない。
だからこそ戦えない私がこうしてせなさんに運ばれて一緒に向かっているのだ。
「オレさ――」
ふいにせなさんが空を見上げる。
ずれ落ちかけた私の体を、何事もないように支え直す。
「誰かの一番星になんて、なれないよ」
ぽつりと落ちた言葉。
私も同じように空を見上げる、そこにあるのは光のない夜。
何も映さない、ただの黒。
「人は、本当の自分をさらけ出す時こそ、一番輝くのよ」
ゆっくりと言葉を選ぶようにせなさんへと語り掛ける。
「今は何も見えないかもしれない、けれど星は確かにそこに存在してるわ」
前を向いたせなさんの表情は私からは見えない。
「なら嘆く必要なんてないじゃない」
せなさんが今までしてきた行動はすでに、誰かの一番星になっているのだから。




