第43話 あんたを孤独になんてさせてやらないわ
『ヤメテ、トメテ、ダレカ』
――せなさんの声?
目の前でせなさんの動きが止まった、ほんのわずかだが。
もしかして、私の念話をコピーした?
思いが届いているかどうかはわからない。
少なくとも自分の意思だけで襲っているわけではない、そう思えた。
なら、まだ。
私は息を整えメガホンを握り直した。
今度は、届かせる。
『せなさ――』
『ヤメロ!!』
「うあっ!」
念話を放とうとした、その瞬間。
頭の内側を鈍器でガツンと殴られたような衝撃が走った。
思考が弾かれる、身体が反射的にのけぞり視界が天へと跳ね上がる。
その一瞬――
せなさんがこっちに飛び込んでくるのが見えた。
――あ、これ、ダメかもしれない。
妙に軽い考えが胸の内に浮かぶ。
次の瞬間、衝撃。
身体が弾かれ、バランスを崩したまま腕から地面へ倒れ込む。
「ぐああっ!」
けれど響いたのは、私の声ではなかった。
顔を上げるとそこには――
私を突き飛ばし、代わりに攻撃を受けたフラウ隊長が地面に倒れていた。
「隊長!?」
「白亜さん!」
張り裂けるような声。
魔物と渡り合っていた赤里さんが即座に状況を理解する。
「邪魔よ!!」
彼女の大剣が赤く発光する。
次の瞬間――極大の光が奔り視界を焼き尽くしていく。
直線上の魔物がまとめて蒸発する、一撃で戦場が切り開かれた。
だが、その代償は大きい。
赤里さんは魔力枯渇で足元をふらつかせながらも私の横へと歩み寄ってきた。
そして視線は、まっすぐに――せなさんへ。
その瞳は、驚くほど静かで。
どこまでも、優しい。
「ねぇせなちゃん、もうやめましょう……?」
赤里さんの声も驚くほど柔らかかった。
倒れ伏す仲間たちの姿がすぐそばにあるにもかかわらず、そこに怒りはない。
ただ目の前の一人へと向けられた、静かな呼びかけ。
あやすように、包み込むように。
だが――せなさんの瞳は何も映していない。
感情が、存在していない。
「一緒に帰りましょう。大丈夫、誰も怒らないから、ね?」
「赤里さん……」
差し出された両手はあまりにも無防備だった、足元は揺れ今にも崩れ落ちそうなほどに消耗している。
それでも引かない、その顔に浮かぶのは――ただ慈しむような笑みだけだった。
けれどその呼びかけはあっさりと砕かれる。
拒絶するかのようにせなさんがまた踏み込んできたのだ。
「っ!!」
先ほどまでの鋭さとは違う、わずかに遅い踏み込み。
抑えているのかそれとも迷っているのか判断はできない。
それでも攻撃は来る、私たちは反射的に身を引いた。
「……あっ」
赤里さんの身体がその場で崩れ落ちる、膝から力が抜けるように。
限界だった。
「やめて、せなちゃん。お願い、やめて……」
震える声、懇願、その頬にはすでに涙の跡が伝っていた。
「せなさん、何があっても私たちは仲間だから……」
気づけば私も声を上げていた。
せなさんは応えない、感情の抜け落ちた瞳のまま赤里さんへと歩み寄る。
彼女はその場に崩れたまま動けない、抗う力はもう、残っていない。
せなさんがゆっくりと手を差し伸べる。
――助けるのかと思った。
「うぁっ!」
しかし振り抜かれた腕は赤里さんの顔を強打する、そのまま彼女の身体が弾き飛ばされた。
その光景に息が止まる、遅れて膝から力が抜けた。
――希望なんて、最初からなかったのかもしれない。
そう思いかけたその時。
目の前にふわりとドローンが降りてくる。
画面の向こうでは何かが流れていた。
リスナーたちが必死に何かを――伝えようとしている。
……バカね。
今のせなさんに文字なんて見えるわけないのに。
「――!」
ひらめきが、走る。
反射的に立ち上がりせなさんとの距離を取った。
――あるじゃない、私にしかできないこと。
私が、私たちだけがやれること……!
絶望の底で気づけばニヤリと口元が歪んでいた。
ガシッとドローンを掴み、その向こう側へ叫ぶ。
「リスナーたち、今から私の魂源であんたたちの声をせなさんに届けるわ! 思いの全部をぶつけなさい! 遠慮なんていらない! 私のことはどうなってもいい!」
一瞬だけ間を置く。
「これでダメだったら、世界は終わりよ!」
笑いながら叫び続ける、端からみたら狂った女にしか見えないだろう。
だがチャット欄は文字が途切れることなく流れ続け、今にも画面から溢れ出しそうなほどに熱を帯びていた。
私はドローンを強く抱きしめ、そのままカメラをせなさんへと向ける。
私の行動は異様なはずなのに、せなさんは動きを止めていた――まるで何かを待つように。
腕の中に魔力を集める。
限界まで、流し込む。
「――魂源解放『心伝』!」
瞬間。
ドローンが脈打つように光を明滅させた。
そして――
【せなあああああああああああああ!!】
【せなちゃあああああん!!】
【せーーーーなーーーー!!】
声が爆ぜた。
地鳴りのような声がドローンからあふれ出す。
それはただの音ではない、空気が震え押し出されていった。
質量を持った波となってせなさんへと叩きつけられ、黒く染まった彼女の髪が大きく跳ね上がる。
するとわずかに、ほんのわずかにだがせなさんが後退した。
「せなさんの願い、かなえてあげるわ。私たちがあんたを止めてみせる!」
さらに魔力をドローンへと注ぎ込む、全国の声を届けるのだ、生半可な魔力では足りない。
意識が削られる、引き剥がされるように。
それでも――
歯を食いしばり、必死に耐える。
【君の笑顔が力になる
一緒に行きたい、手を繋いでさ】
――この歌詞は、せなさんの曲。
叫びの中に紛れて確かにそれが流れてくる。
想いの形をした声、そのメロディが届いた瞬間――
ふっと私の身体が軽くなった。
まるで。
世界そのものが、私を支えてくれているみたいに。
【見つめ合いたい、いいよね?
明星まで踊りあかそうよ
『ありがとう』って言われたら
胸が、きゅって熱くなるの
君の味方だよっ!大好き!
宇宙まで届けるよ
孤独だった夜はもう嫌だから
君の一番星になるよ
これでいいよね? ねえ、いいよね?
月も笑いだすよ
ずっと一緒に歌い合おう】
いつの間にか叫びは、歌に変わっていた。
ただの音ではない、この場そのものを包み込むように広がっていく。
「……そうよ」
言葉が自然と零れる。
「せなさんが、私たちに歌ってくれた歌――」
喉が震える。
「これは私たちの思いでもあるのよ」
視界が滲む、気づけば涙が頬を伝っていた。
「あんたを孤独になんて――させない!!」
叫ぶ。
目の前のせなさんは動かない、瞳は相変わらず冷たいまま。
それでもその身体はわずかに震えていた。
声が、叫びが、願いが、希望が――彼女に届いている。
私も一緒に歌い続けながらゆっくりと顔を上げる、視界の先には何もない夜空が広がっていた。
――そこに一番星がありますように。
途切れそうな意識の中で、そっと思う。
雫さん……後はお願いね。




