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第42話 私は魔女、例え絶望でも逃げない

「雫さん!」


 私は何が起きたのか理解が追いつかなかった。


 ついさっきまでフラウ隊長の隣にいたはずの雫さんが、次の瞬間には吹き飛ばされていた。

 近くの木へ叩きつけられそのまま崩れ落ちる、遅れて身体が動いた。

 慌てて彼女の元に駆け寄り膝をつき容態を確認する。


 ……大丈夫、気を失ってるだけ。


 呼吸はある、けど口元に血が滲んでいる。

 内臓が多少傷つけられているのかもしれない。

 慎重に体に触れるが骨は折れていなさそうだ。


「せな……ちゃん?」


 背後から聞こえた赤里さんの声に息が止まる。

 それはここにいるはずのない名前。

 嫌な予感が全力で仕事をし始める。


 ――やめて、その想像は当たらなくていいやつだから。


 振り向く、ゆっくりと確かめるように。

 視界に入ったのは、やっぱり最悪の現実だった。


 小さな少女が赤里さんたちを冷たく見下ろしている。


 黒い髪、赤い瞳。

 姿は違う。


 それでも見間違えるはずがなかった。


 あの子だ。


 人を守るために戦っていた彼女が今――こちらへ敵意を向けていた。


「うわあああああああああああああああっ!!」


 赤里さんの叫びが夜を裂いた、せなさんだと理解してしまった、その声。

 同時に放たれた魔力の妖精が周囲の魔物を蹴散らしていく。

 光と衝撃が、空気を震わせた。


「……うっ」


 その余波で雫さんがかすかに身じろぎした。


「雫さん大丈夫!?」


 すぐに視線を戻し彼女の背を支えて起こす。

 けほっと小さく咳き込み喉に溜まっていた血を吐き出した。


「ありがとうございます。何があったかは……聞くまでもなさそうですね」


 すでに視線は私の後方へ。

 少女――せなさんへと向けられている。


「うん……どうするの?」

「私のやることは変わりません」


 雫さんと同じ方向を見据えながら問う。

 そのまま彼女は魔力を探るように目を細め――何かに気づいたようだった。


「この地獄から逃げ出すような形になりますが、私は先へ進みます」


 言い終えるよりも早く雫さんの姿が消える、次の瞬間には地面の下へと潜っていた。

 迷いが一切ない判断、当然だ――せなさんが敵に回っているのだから。

 私は近くを飛んでいたドローンを手元へ呼び寄せる。


「みんな、見てる? あんたたちも何か打開策があれば教えなさい」


 配信の向こう側にいる人たちへ呼びかける。

 さすがに『最後の晩餐になるかもね』なんて冗談を挟める雰囲気ではなさそうだ。


 お通夜のように沈みきったチャット欄をよそに地面が爆ぜる音が響く。

 視線を上げると金城さんがせなさんへと踏み込んでいた。

 渾身の一撃、だが届いた彼女の攻撃で何も起きない。

 直後振るわれるせなさんの拳。

 フラウ隊長の防壁が差し込まれるもそれすら意味をなさない。

 あっさりと砕かれ、そのまま拳が金城さんへ叩き込まれる。


 一撃。

 二撃。

 続く打撃。

 抗う余地もなく、金城さんの体が崩れ落ちる。


 無残な姿だった。


 それでも――私は、目を逸らさない。


 まだ終わっていない。


 私と、フラウ隊長。

 せなさんとまともに戦えるのは二人だけ。

 赤里さんは彼女と戦えない。


 それでも、最後まで諦めるわけにはいかなかった。


 ――私にできることは何だろう。


 ただ一人せなさんと対峙しているフラウ隊長の背中を見ながら思考を巡らせる。


 時間を止める。

 一瞬それが最有力の手段として浮かぶ。

 だがすぐに首を振った。

 発動には魔力の充填が必要、その間にこちらの意図を読まれる可能性がある。

 仮に時間を稼げたとしても、せなさん相手に私の魂源が通用する保証はない。

 そしてそれは一度きりの力、通じなければそれで終わり。

 無駄撃ちになる。


 ……リスクが高すぎる。


 これは最後の手段として温存すべきだろう。


 考えている間にフラウ隊長とせなさんの戦闘は始まっていた。

 戦闘、と呼ぶにはあまりにも一方的ではあるが。

 せなさんの攻撃を、隊長が防壁で受け流す。

 かろうじて、そう言い切れるほど余裕がない。

 その後も反応すら難しい速度で彼女が踏み込んでくるがそれでも、隊長は防ぎ続けている。


 ……おかしい。


 金城さんが蹴られたとき、防壁は一瞬で砕かれたはずだ。

 なのに今は軌道を逸らす程度だが受けきれている。


 理由は何だろう、思考をさらに巡らせる。


 ――もしかして。


 こちらから攻撃しない限り、せなさんは力を抑えている?


 私は白いメガホンをぎゅっと握りしめる。

 語り掛けてみる?

 一つの手段、試す価値はある。

 けどそれで彼女の敵意がこちらへ向けられたら?

 私に耐えられるはずがない、抵抗する間もなく蹴散らされるだろう。


 指先が震える、足が力を失いかける。

 体の奥から、恐怖がせり上がる。


 ――それでも。


 私は、魔女だ。

 そして、彼女の仲間だ。

 逃げる理由にはならない。


 目を閉じる。

 恐怖を押し込めるように、深く息を吸う。

 肺が満ちると同時に、目を開く。


 メガホンを構え直し――まっすぐに、彼女を見据えた。


「せなさん! 正気に戻って!!」


 それはあまりにもありふれた叫びだった。

 けれど恐怖と緊張に押し潰されそうな状況で、希望を託せる言葉など他に思いつかなかった。


 私の声は確かに届いたはず、それでも――

 せなさんは動きを止めない。

 視線すら向けることなく隊長へと攻撃を叩き込み続けている。


 胸の奥が冷たく沈む、やっぱり無理なのか。

 いや、まだ――諦めるには早い。


 私は歯を食いしばり、メガホンを握り直す。

 もう一度声を、そう思った瞬間だった。


「やめるんだ白亜くん、君が攻撃されてしまう! ……ぐっ!?」


 制止の声。

 次の瞬間、隊長の展開していた防壁ごとその身体が弾き飛ばされた。

 勢いのまま地面に叩きつけられ、すぐ起き上がろうとするも膝をつく。

 限界が近い。

 肩で荒く息をする隊長、呼吸はまったく整っていない。

 軍服はあちこちが裂け、その隙間からのぞく肌は青黒い痣に覆われていた。


 満身創痍。


 そんな隊長へ、せなさんはゆっくりと歩み寄っていく。

 ほんの一瞬だけ肩越しに私へと視線が向けられた。

 だが次の瞬間にはもう興味を失ったように――隊長へと戻される。


 ……諦めない、まだ私にできることがある。


 そっと瞼を閉じる。

 呼吸を整え内側へと意識を沈めていく。

 魔力が静かに集まる。


 魂源『念話』

 呼吸と同じくらい自然に扱える、それでも確かな『私の力』。


『せなさん!』


 閉じたままの視界の奥で魔力を解き放つ。

 魔力の声が届く、それは私にしかわからない感覚。


 だけど。

 ゆっくりと瞼を開いた先にあった光景は希望をあっさりと踏み潰した。


 せなさんは、止まらない。


 まだ立ち上がれない隊長の身体を彼女は無造作に蹴り飛ばす。

 軽く転がるその姿があまりにもあっけなかった。

 そしてとどめを刺すかのように、せなさんの腕が振り上げられる。


『やめてー!』


 言葉でも祈りでもない、ただ届いてほしいという願いだけを私はそのままぶつけた。


 ほんの一瞬、空気が固まる。

 届いたのかもしれない、そんな希望が胸をかすめるも、次の瞬間。


「あああっ!」


 私の思考が乱暴にかき混ぜられる。

 頭の奥に直接何かを叩き込まれたような衝撃、魔力が内側から殴りつけてくる。

 耐えきれず頭を抱え込み、その場に膝をついた。


 ――何? 何が起きてるの? これはせなさんの……?


 理解が追いつかない、脳内で魔力が渦を巻き続ける。

 逃げ場はなくただ内側を掻き回されるだけ。


 やがてそれが、唐突に消えた。


 静寂。


 次に頭の中へ響いたのは、一つの声。












 ―――『イヤダ、ダレカ、オレヲ、コロシテクレ』

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