第40話 終わりの始まり
―――さて、ここが魔女としての正念場ってやつじゃないですかー?
全力で駆けながら胸の内で軽く言葉を転がす、けどにじむ汗は冗談を許さない。
夜が更け視界は悪い、それでも足は止めない。
両手に持った水双剣を確かめるように握り直す。
ただ前へ、魔物の出現地点へと走り続けた。
『愛媛県の〇〇市に魔物出現!』
『富山県〇〇市にもです!』
片耳のワイヤレスイヤホンから途切れることなく報告が流れ込んできた。
焦燥と緊張が混じった声が、耳の奥に刺さり続ける。
情報量が多すぎて脳が追いつかない。
――緊急異常事態。
せな先輩がスカイ号から姿をくらましたすぐ後。
全国で同時多発的に魔物が出現し続けているのだ、もちろんそんなのは聞いたことがない。
これまでに例のない規模、国防課の魔女たちが各地へ散り対応に追われている。
『災害級の事態が起こる可能性』フラウ隊長がそう警告を発してから、間もない。
先輩が目を覚まさなくなって以降警戒されていた『異常』がいま、現実として進行している。
『フラウ・ウィッチ隊は全員、京都府の天王山へ』
隊長からの、短く断定的な指示。
だがその言葉は私たちだけでなく、全国の魔女へも同時に伝達されている。
最大戦力をそこへ集中させる、そういう意味だ。
複数の魔力反応が重なっている地点、そこに核となる存在がいる。
そんな確信に近い感覚があった。
私は天王山の東を走る高速道路を駆け抜け、そのまま高架下の駅へ飛び降りる。
衝撃をいなしてさらに地面を蹴った。
走りながら周囲を探るが魔物の姿はない、山麓の住宅へはまだ降りてきていないのが唯一の救いか。
『他の街のことは国防課で何とかします! フラウ隊のみなさんはそちらに集中してください!』
頼れる声が耳元に飛んでくる、未曽有の危機の中でも揺らがない意思がそこにあった。
山麓に佇む小さな神社へと辿り着く。
走り続ける間も耳元では途切れることなく情報が飛び交っていた。
念話ではない、白亜さんも同じくこちらへ向かっているためそちらは使えない。
軽く視線を上げる、神社の奥、闇の中へと続く山道。
私はこの道を進む。
他の人たちは別の方角から山を登ることになっていた。
赤里先輩は北から回り込み、白亜さんは南から。
そして金城先輩は、西の山を飛び越えて合流するらしい。
――金城先輩についてはちょっと何を言っているのかわからないけど。
小さく首を振り、息を整える。
ここから先は何が起きてもおかしくない。
意識を研ぎ澄ますために一度だけ目を閉じる。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「よし」
目を開きそのまま山道を駆け上がる。
直後、視界の先に魔物の影が現れた。
「相手にする時間はありませんよ!」
すれ違いざまに刃を振るう。
あっけなく断たれた胴体がそのまま崩れ落ちる音が背後から聞こえた。
以前の自分とは違う、先輩のおかげで強くなった私はこの程度で足は止めない。
そのまま山道を進む、本来なら一直線に合流地点を目指したい。
だが道を外れれば無駄に魔力を消費し、その後の作戦に支障が出る可能性がある。
遠回りでも、決められたルートを進むしかない。
――ここで無理はしない。
光の届かない闇の中、視界を確保するため瞳に魔力を宿す。
輪郭が浮かび上がると同時に複数の魔物の反応を捉えた。
「――魂源解放」
静かに呟く。
背後に複数の刃が浮かび上がる、闇の中でそれだけが確かな形を持っていた。
解き放たれた魔力に呼応し魔物たちが一斉に動き出す。
走り抜けながら次々と斬り裂く、行く手を遮る木々すらそのまま刃で断ち切った。
前方、横合い。
そして、上空から。
単調な動きで迫る魔物を捉え、断つ。
一体、また一体と。
進む速度は、落とさない。
それにしても次々と現れる魔物の挙動はやはりどこかおかしい。
自発的に動いているというより、まるで決められた手順に従っているような不自然さがある。
しかも技能を使う様子がない。
おかげで苦戦する気配はまるでなく進行を妨げられることがないのでそれ自体は助かる。
結果として、戦闘は一方的だった。
別のことを考えながらでも対処できる程度の相手、それがかえって引っかかる。
するとふいに視界が開けた。
山の中とは思えない、木々も斜面もない不自然な空き地。
まるでそこだけが意図的に削り取られたような空間があった。
その中心にひとり、背中を向けて立つ人物。
「やぁ、みんな。無事で何よりだ」
白い軍服を纏ったフラウ隊長が静かに佇んでいた。
「山を削りましたの? とてつもない魔力ですのね」
私のすぐそばにストンと音もなく金城先輩が着地する。
呆れたような声だったが、その視線は鋭い。
本当に山を越えてきたらしい。
「おかげで戦いやすくなりましたね」
空き地の端から赤里先輩が滑り込むように現れ、減速しながら踏みとどまる。
体の周囲には魔力の火の粉が舞っていた、戦いながらここまで来たのだろう。
「ハァ……いきなり走ると、体力の無さが顕著に出るのね」
少し遅れて、白亜さんが歩いて合流する。
肩で息をしながら苦しそうに呼吸を整えていた。
それぞれが、それぞれのルートを抜けて――全員が揃った。
フラウ隊長が戦場に立っている、それだけでこの状況がどれほど異常なのかが分かる。
自然と全員の空気が引き締まった。
隊長の視線が向けられる先、闇の奥から気配が膨れ上がる。
次の瞬間、さらに大量の魔物が姿を現した。
押し寄せる気配、数だけで圧し潰すような密度。
まるで、この先へは一歩も進ませないとでも言うように。
あるいは。
その奥にある『何か』を守るかのように。
「わ、私はここで応援してていいかな……?」
息を整えきれないまま膝に手をつき白亜さんが言葉を落とす。
その声が張り詰めた空気をわずかに緩めた。
「構いませんわ、戦闘はわたくしたちに任せてくださいな」
金城先輩が巻き髪をはらりと払う。
「戦闘開始だ!」
フラウ隊長の一声。
次の瞬間、私たちは同時に地を蹴った。
殴る、切る、蹴る、払う。
次々と襲い来る魔物を三人で淡々と処理していく。
数を揃えようとその動きは単調だ、私たちに対抗できるはずがない。
それでも、魔物は途切れることなく現れ続ける。
――終わりが見えない。
埒があかない戦い。
だがここで隊長を動かすわけにはいかないのだ。
この先に待つものへ備え、力は温存してもらわなければならない。
「隊長、どうしますか? これでは先に進めませんよ」
一瞬の隙を突き隊長の隣まで下がる。
「ふむ」
短い思案。
「私がおびき寄せましょうか?」
視線を前方へ向けたまま提案する。
「それがいいかもね。頼めるかな?」
「わかりました」
魔物の群れへ飛び込み戦線へ戻るように見せかける。
そのまま魂源を使い地面へ潜ろうとした、その瞬間。
視界の端から見える黒い影、横合いからの衝撃、反応する間もなく体が弾かれ視界が大きく揺れる。
そして―――暗転した。




