第38話 青白霑思樒はサ差ュる時�来る謚か
先輩の自室のドアにそっと手をかける。
音を立てないようにわずかに開けて、一歩室内へと踏み込んだ。
その瞬間先客の後ろ姿に気づく。
窓から差し込む光の中に、ひとつの影。
白銀の髪が陽光を受けて淡く輝いていた。
「雫さんもせなさんの様子を見に?」
私の気配に気づいた白亜さんが静かに振り向く。
表情にこれといった感情が現れていないのが少し気になった。
「はい、暇があれば見に来ていますよ。白亜さんもですよね」
「せなさんのこと大好きだもんね」
彼女は基本誰にでもタメ口だ、私はその逆だけど。
視線を合わせると軽く笑った、けれどその笑みはどこか薄い。
先ほどから続くほんのわずかな違和感が消えてくれない。
以前会議室で見たフラウ隊長の白亜さんへの視線が、頭をよぎった。
――白亜さんはなぜここに?
私の警戒心が鋭くなる、仲間内で疑うことをしたくはないが先輩に関わることだ。
ありとあらゆる可能性を考えなくてはならない、けどそれを表に出す必要はない。
「知ってますか? 先輩って身じろぎ一つしないんですよ、いつも同じ姿勢で眠ってます」
声音が明るく軽くなるよう努める。
「そうなんだ、ところで私たちの声ってせなさんに届いていると思う?」
「あ、どうなんでしょうねそれ」
「届いてたらいいなーとは思うけどね」
「みんなが心配してるって伝わってくれるといいんですけど」
警戒は気づかれていない、言葉を重ねながら視線をわずかに動かす。
少しの違和感も見逃さないように。
「ところでこの子の魔力量って大丈夫なの?」
白亜さんの視線がベッドの上の先輩へと落ちる。
「問題ない……というか」
私も同じように視線を向ける。
「減ったり増えたりしてないらしいんですよ」
「減ってない?」
「変ですよね」
本来なら体を維持するだけでも魔力は減少していく、けれど先輩からはその気配がまるでない。
「フラウさんから供給を受けてるの?」
――まぁそう考えますよね。
「それはないですね」
短く否定する。
「そうよね。魔物に魔力を与えられるなんてなると、さすがに隊長はナニモノなのってなるよね」
「人間の頂点に君臨しようとしてるのかもしれませんよ?」
「あの人ならありえそうよね」
私の冗談にくすりと笑いが零れる。
「魔力供給がフラウさんじゃなく、他のところからだとしたら」
ふっと白亜さんの声のトーンが急に落ちる。
「この子、どこから魔力をもらってるの?」
ベッドから視線を外し私をじっと見つめてくる。
その瞳に宿るものはほんの少しだけ変わっていた。
先輩に対する疑念。
「人間から吸収しているかもしれないと?」
努めて冷静に返す。
「可能性がないと言い切れる?」
「……」
一瞬、言葉が途切れる。
「もし人間から魔力を奪っているとしたら、白亜さんはどうするんです?」
「そんなの、魔女として当然じゃない?」
次の瞬間、白亜さんの魔力が静かに――けれど確かに溢れ出す。
この世の邪悪を滅ぼすための魔力を。
「させませんよ!」
両肩を掴み、流れ出した魔力に自分の魔力をぶつけて中和させる。
「どうして邪魔をするの? 今のせなさんの状態は、魔物としての行動なのかもしれないのよ?」
「だからといって確証もないのに早すぎます」
「最悪のパターンをシミュレーションするのも当たり前のことよ」
その後も言葉は交わされた、けれど重ならない。
互いに正しく、互いに譲らない。
そのまま空気だけが張り詰めていく。
「わかりました。仮に、あくまで仮にですからね?」
埒が明かないので私の方から白亜さんの言い分に歩み寄る。
「先輩が悪い事してると仮定して、さっき何をするつもりだったんです?」
肩をすくめながら、今も真剣な顔でこっちを見つめる彼女に問いかける。
「えっとね……」
考えるように呟きながら手元に取り出したのは最近の彼女のお気に入り。
――白のメガホン
「これで魔力込めて大声出せば起きないかなって。それか念話で脳内に直接叫んでもいいけど」
そう言いながら彼女は指先でメガホンをなぞる。
「……え?」
「え?」
『おかしなこと言った?』と心底不思議そうな視線に変わる。
メガホンを撫でる手だけがゆっくりと動き続けている、本当にお気に入りのようだ。
「それだけ……ですか?」
「そうだけど、他に良い方法ある?」
「いえ、その……先輩を倒そうとか、そういうのかと」
「ありえないでしょ!」
メガホン越しに思い切り叫ばれる、心外だと言わんばかりに。
「うわ!」
反射的に両耳を塞ぐ。
先輩の部屋が防音室だからって何をするんだこの人は。
「もう一回言ってやるわ、私がそんなことするわけないでしょ!」
「わかりました! わかりましたからメガホンで叫ぶのはやめてください!」
ふぅ、と満足そうにメガホンを下ろす白亜さん。
……もしかしてそれを使いたかっただけじゃないでしょうね?
ふとした疑問は言葉には出さない、嬉々としてまた叫ばれたら厄介だから。
「雫さんがせなさんを疑う時は、倒そうとするってこと?」
「するわけないじゃないですか!」
「うわっ!」
白亜さんの手からメガホンをひったくり、叫んでやった。
「何よ私、悪い事言った!?」
私からそれを奪い返しながら睨みつけてくる。
「倒そうとするわけないじゃないですか」
「じゃあ何するつもりなのよ……」
叫ばれたことに納得言ってない表情で聞いてきた。
「ベッドに縛り付けるか、おくるみにしようかと思ってました」
「えぇ……? それに何の意味が?」
「先輩が暴れださないようにですよ!」
「私たちって、この子の魔力補充問題について話してたのよ? 暴れた時の話はしてないわ」
「先輩の場合、拘束しても無意味な気がしますしね」
私の言葉に白亜さんが『そういう問題じゃないけどね』と小さく息を吐きながら呟いた。
「それにしても」
ふと彼女がベッドへ視線を落とす。
「私たちが隣でこれだけ騒いでも、この子は起きないのね」
「そうみたいですね」
遅れて同じ方向を見る。
変わらない寝顔、わずかに揺れる呼吸だけがそこにあった。
白亜さんがベッドの横に膝をつき、そっと先輩の髪に触れる。
耳元で揺れるのは、見覚えのあるイヤリング。
――あのとき、一緒に選んだものだ。
赤里先輩が寝ている先輩へ着けてあげて欲しいとフラウ隊長へお願いしていたのだ。
『私たちが仲間である証だから』と。
私も同じように膝をつき、髪をすくう。
指の間をやわらかく滑り落ちる銀の色。
光を拾って瞬いた毛先はまるで、夜空にかかる天の川のようだ。
「まぁいいわ、この子に何かあった時は私たちが対応しましょう」
「そうですね。赤里先輩の場合、いざという時動揺してしまうでしょうから」
白亜さんと頷き合う。
「まったく、寝すぎも体に悪いのよ?」
冗談めかして白亜さんが語りかける、その声はどこまでもやわらかい。
「ですね、早く起きないと怒られちゃうかもしれませんよ。だって」
先輩の寝顔を見つめながら静かに微笑む。
―――日本中がせな先輩を待っているんですからね?
第38話 青白の思いは交差する時が来るのか




