第37話 黄色�チギ昴回、白吶別件○ブ昴↑ギ縺
わたくしの背後で屋根が破裂する音が聞こえた。
足先へと込めた魔力で踏み込むたび跳躍を押し上げる。
住宅の屋根を飛び渡りながら最短距離で魔物のもとへ。
魔力を込めた跳躍に、当然だが屋根は耐えきることができなかった。
まあ、仕方がありませんわね。
壊れるのはほんの一部ですし、通る回数が減る分むしろ効率的だと思いませんこと?
でもなぜか青子さんの悲鳴と白亜さんのため息が聞こえた気がしますわ。
住宅街の最後の家並みを過ぎると風景がゆるやかにほどけていく。
ところどころに田んぼが広がり、水面には夕焼けが映り込んでいた。
静かに穏やかに、本来なら心が落ち着くような場所。
――その中心に場違いな存在がいる。
目の前にはアルマジロのような外殻を持つ魔物が土を踏み荒らしていた。
「今日のわたくしは、少し怒っていますの」
静かに告げる。
「手加減はできないと思ってくださいまし」
もっとも、これまでも手加減をした覚えはありませんけれど。
「――魂源解放」
躊躇はない、魔力を足先と拳へ集中させる。
狙うは一点突破のみ。
魔物がそれに気づき、背を丸めて慌てて防御の姿勢を取るが関係ない。
地面を踏み抜く。
田のぬかるんだ土がわずかに足を鈍らせようが、泥で足先が汚れようが止まらない。
ただ前へ、全力で、一撃で、目の前の魔物を殴り倒す気概で。
振り上げた拳を叩き下ろす瞬間、身体を捻り回転を重ねる。
外殻にぶつかる。
硬い金属音。
弾かれる――その寸前で拳へさらに魔力を流し込んだ。
「ハアアッ!!」
ビシッ
外殻にヒビが走る。
砕けた一点へそのまま拳を押し込み旋回の勢いごと、叩き込む。
回転は止まらない。
そのまま身体ごと振り抜き、魔物を吹き飛ばした。
近くの空き家の壁へ激突する。
ガラガラと崩れ落ちた空き家をしばらく見据えるが、瓦礫の向こうから魔物の気配は返ってこない。
慎重に残骸をどかすと、そこにはすでに動かぬ魔物の姿があった。
「せなさんが元気なときにいらっしゃいな」
吐き捨てるように言葉を落とす。
「これでは魔力の補充もできないただのお邪魔虫ですわよ」
返事はない、当然だ。
そのとき念話が届く。
『金城さん申し訳ないですが、近くでさらに魔物が出現したそうです』
青子さんの声、小さく息を吐く。
「わたくしに体の汚れを落とす暇も与えない愚か者がいますのね?」
『行けますか?』
「当然ですわ」
短く返し、髪をはらりとかき上げる。
◇◇
「少し遠くありませんの?」
高速道路のアスファルトを弾き飛ばし駆け抜ける。
疑問を投げかけながらも足は止めない。
車の気配は全くない、青子さんによって事前に通達されたからだ。
この世界では特に珍しくもない光景。
『別の場所でも魔物が出てて、赤里さんと雫さんも対応中なの』
頭の中に白亜さんの声が届く、いつもなら青子さんが応答しているはずだが。
――つまり人手不足ですのね。
足に魔力を込めさらに速度を上げた。
『幸いなことに魔物の動きが単調で、特に問題なく倒せてるみたい』
「それに関しては良い知らせですわね」
『でもやっぱりあっちこっちで同時に現れるのはおかしいと思う』
「せなさんは変わりありませんか?」
虚空に話しかける、速度を保ったまま。
念話は一方通行、白亜さんと意思疎通をするにはついてきてるドローンに話しかけるしかない。
それもまたこの世界では当たり前の光景。
大きく跳躍し空を切る、着地と同時に再び加速する。
『静かな寝息とかわいい寝顔だった』
「起きてくる気配はないけど」と白亜さんが小さく付け足す。
「癒しですわよね、魔女にとっては悪い知らせではありますが」
もしこのまませなさんが起きてこなかったとしたら?
一瞬だけ考えがよぎる、だがすぐに切り捨てた。
何があろうとやるべきことは決まっているのだから。
「せなさんが起きてきた時にお土産話ができるよう、華麗に魔物を退治して見せましょう」
『うん』
全国のリスナーも魔物戦の配信は見ている。
こういう時こそ世間を安心させるために元気づける必要があるのだろう。
「さーて! さいだいしゅつりょくですわあー!!」
宣言と同時に泥が乾き白くなった足元に魔力を注ぎ込む。
今はどれだけ魔力を使おうと枯渇することはない。
「とおーーですわー!!」
爆発させた魔力で身体を一気に押し上げた。
下を見るとさっきまで立っていた場所があっけなく小さくなっていく。
そのまま目の前の山を越えていく。
『あー! 道路が木っ端みじんに!』
白亜さんの叫び声が頭の中に響いた。
◇◇
現れた魔物はあっけないほどに弱かった。
足元に魔石がカランと転がる。
しゃがみ込み、それを拾い上げた。
せなさんが眠りについてから――こうして手にするのは久しぶりだった。
指先で重さを確かめながら、ふと思う。
――はやく帰って、体を洗い流したいですわ。
泥と汗がじわりと肌に張り付き、かすり傷も所々見えている。
「あぁ、でも」
小さく息をつく。
「報告を先に済ませませんと、ですわね」
立ち上がり空を見上げる。
思考だけがスカイ号への帰路へ向かっていた。
『金城さんお疲れ様、他の魔女たちも落ち着いたみたい』
安堵した声が届く。
白亜さんもここ最近の異常で緊張していたのだろう。
「これで一安心ですわね」
わずかに声を張る。
その一言が場の空気をゆるめるように。
そしてリスナーに対しても安心させるように。
『やっぱり魔物の動きが変だね』
「確かに動きが単調すぎましたわ」
応じながら配信を切る。
「わたくしとしては張り合いがなくて、つまらないですけども」
そのまま髪をはらりと払う。
この仕草がせなさんのお気に入りらしく、よく真似をしてくれていた。
『怪我がなくてよかった、隊長が「今日はゆっくり休んでくれ」だって』
「そうですわね、けれど家に帰るまでが遠足ですから」
『うん、気を付けて戻ってきて!」
念話が切れる感覚。
見上げたままの空はすでに夜の色に染まっていた。
大学のゼミ終わりからの連戦。
さすがに張り詰めていたものが緩む。
「……やるべきことは変わりませんけれど」
小さく息を吐く。
「この状態が続くのは、少々厳しいかもしれませんわね」
闇が静かに思考へ入り込もうとする。
暗闇が深くなる前にスカイ号に戻って報告を済ませよう。
両手を上げ軽く伸びをする。
重くなった身体が、わずかにほぐれた。
心も体もすっかり緩んだまま歩き出す。
もし、もう少しだけ気を張っていたら。
あの気配を拾えていたなら。
―――あの未来は違っていたのだろうか。
第37話 黄色ブチギレ回、白は別件でブチギレ




