第36話 三@三様、%女た代は縺を思輔
「―――り、赤里。授業終わったよ?」
不意に名前を呼ばれてふと我に返る。
視線を上げると目の前にはクラスメイトの子。
自分の鞄を肩にかけている彼女は席に座る私を心配そうに覗き込んでいた。
「あ、ボーっとしてたみたい」
慌てて周囲を見渡す。
ざわつく教室、椅子を引く音、そして笑い声。
そう、いつのまにか授業が全部終わったのね。
チャイムにも気づかなかったらしい。
自分でも少し驚く、授業中にここまで意識が外れたのは初めてかもしれない。
黒板の文字は、ほとんど頭に残っていなかった。
「珍しいね、一点を見つめて固まってたよ」
彼女はくすくす笑いながら『もう少し声かけないほうがよかったかも』なんてことを言ってる。
さすがにそれは恥ずかしいので話しかけてくれて助かった。
「考え事してたらいつのまにか、ね」
取り繕うように机の上を片付ける。
広げた教科書、ノート。
視線を落としながら手を動かす。
表紙が目に入り、ようやくさっきは何の授業だったのか思い出した。
そんな私の様子を見ながらクラスメイトが聞いてきた。
「せなちゃんのことでしょ?」
「顔に出てた?」
「最近の赤里は特にねー」
誰にでも気づかれる表情をしていたのかしら。
でも当然よね。
ここ最近の私たちの会話はほとんどがせなちゃんの話題で埋まっていた。
誰かが口にすれば別の誰かが続ける、気づけばまた同じ名前を繰り返す。
私も友達も、まるでそれが当たり前のように。
「体調が悪いなら、そりゃ心配するよね」
彼女が話し続ける。
会議室での話し合いの通り、フラウ隊長がせなちゃんのことを公表した。
ステージライブの緊張で疲れたこと。
本人に自覚がなくがんばりすぎていたこと。
少しの間配信はできないこと。
復帰したそのあとは大きなライブをするから楽しみにしてほしいこと。
世間はそれを受け入れた、当然のように。
せなちゃんがどれだけのものを積み重ねてきたのか、みんな知っているから。
「赤里が同じように元気を無くしてちゃダメだぞー?」
やわらかい声と一緒に肩を軽く叩かれた。
励まされているのがわかる。
せなちゃんだけじゃない、世間は驚くほど私たち魔女にも、優しい。
「ありがとう。そうよね、私が落ち込んでたらせなちゃんが復帰したときに怒られちゃうわね」
半分冗談のつもりで言うと、彼女は首を振った。
「違う違う、逆に心配されちゃうかもよ」
そう言った彼女がわざとらしく声色を変える。
『オレのせいで赤里ちゃんが落ち込んでる!』
似ていないはずなのに、妙にそれっぽく聞こえて――
思わず笑ってしまった。
「うん、赤里はやっぱり笑顔が似合ってるよ」
そう言って彼女は私の鞄をひょいと持ち上げる。
そのまま差し出されたので反射的に受け取った。
「帰りにス〇バでお茶していこーよ」
「いいわよ、今って新作でたの?」
彼女と同じように鞄を肩にかけながら席を立つ。
『どうだったかな』と彼女はスマホを取り出し指先で画面をなぞる。
その横顔を眺めながら、ふと考える。
―――こんな時こそ前向きに、せなちゃんならきっとそう言うのだろう。
◇◇◇◇◇◇
「おーい、雫ー!」
教室のざわめきに混ざって男の人の声が飛んできた。
友達との会話を遮られて、わずかに眉をひそめる。
『せな先輩のことを紹介して欲しい』なんて万死に値することを言い放った男の子だ。
「なんです? 休憩時間がもったいないんですけど」
顔は友達へ向けたまま声だけを返す。
「せなちゃん、活動休止するんだって?」
その情報はすでに日本中の誰もが知っている。
先輩の一大事だ、知らない方がおかしい。
なのにわざわざ聞きに来るって何。確認テスト?
「なんです? 休憩時間がもったいないんですけど」
同じ言葉を繰り返す。
無駄な会話に付き合う気はない、という意思表示のつもりで。
「休養してるならさ、お見舞いに行くべきだよな」
「必要ありませんし、スカイ号にいるので入れませんよ」
「お見舞いの品ってやっぱ、果物の盛り合わせがいいのか?」
「現金でいいんじゃないですか? その財布を貸してくれたら中身だけ渡しておきますよ」
「先にアポ取ってからじゃないとな、まず連絡先を知らないと」
「さっきあなたにかかってきた電話番号の人に言えばいいじゃないです? オレオレ、オレだけどって言ってたじゃないですか」
「服装って学校の制服のままで良かったっけ、ちょっと調べるわ」
「待ってください。もしかして私、スルーされてません?」
そのとき不意に笑い声が割り込む。
「あんたたち、仲いいわよね」
さっきまで私とお喋りしてたクラスメイトの子だ。
……は? 私がこいつと?
心底嫌そうな顔で男の子を睨みつける。
だがこいつはスマホに夢中でこちらを見てもいない。
「雫もなんだかんだで、こいつの話を聞いてあげてるしさ」
『私ならこんなアホ、相手にもしないわ』と彼女がため息交じりで呟いた。
そんな私たちの横では男の子がぶつぶつ言いながらスマホをイジリ続けている。
―――このアホをビンタしても罰にならない法律を作ってくれるように、フラウ隊長にお願いしてみようかな?
◇◇◇◇◇◇
ふぅ、と小さく息を吐く。
重ねたノートの端をトントンと机の上で軽く整えた。
「麗華、ため息? 幸せが逃げちゃうわよー?」
「そうそう、彼氏も寄ってこなくなっちゃうかもよ」
顔を上げると隣の席から二人分の視線が向けられていた。
同じゼミの、気心が知れた友人たち。
「心配には及びませんわ。少しゴタゴタが重なっただけですので」
そう返すと片方が何も言わずに鞄の中へ手を伸ばす。
取り出されたのは――何故かジャムの瓶。
無言で差し出されるそれを、わたくしは受け取る。
静かに蓋を開けてそのまま彼女の手へ戻した。
「おぉ、私ではビクともしなかったのに」
「力こそパワーなのね、さすがだわ」
軽い調子で言いながら彼女は蓋を締める、開けたばかりのそれを。
――折角開けたのに。
そう思うけれど、言葉にすることはない。
このやり取りに理由はない、ただそういうものとして受け入れている。
友人たちといると、時折こうした瞬間が訪れるのだ。
「そうそうレポートなんだけど、教授が研究室へ持ってきてくれって」
「准よ准、あの人女性に対しての視線がセクハラまがいだから教授になれないのよ」
軽口の延長みたいに話題が変わる。
そのまま二人は准教授への不満を言い合い始めた。
わたくしは口を挟まない、けれど耳は傾ける。
セクハラのようなものを特別感じたことはない、だから無理に同調する必要はないからだ。
こういう何気ないやり取りが、どれほど大切なものか知っている。
瞬きひとつで日常は崩れてしまう、魔物によって。
それが当たり前の世界でわたくしたちは生きているのだから。
「せなちゃん、すぐ元通りになるといいね」
唐突に優しい言葉を差し出してくる。
わたくしの内心を察したのだろう。
ふざけたやり取りの最中でも友人たちはこうした気遣いを忘れない。
「ええ、そうですわね」
短く返しながら胸の奥がわずかに緩む。
こういう友人に恵まれていることを、ありがたく思う。
そして――
そんな気持ちを思い出させてくれるせなさんは、やはり特別な存在なのだろう。
だがその温もりを踏みにじるように、異変は訪れる。
わたくしは、迷うことなく席を立った。
「魔物が現れた?」
「麗華、気を付けてね」
二人はすぐさま状況を理解する、余計な言葉はない。
避難するため教室から離れていく友人たち、その背中を一瞬だけ見送り――
「……まったく」
小さく息を吐く。
「お仕置きが必要なようですわね」
胸の奥で意識を切り替えた次の瞬間、魔力が解放される。
空気が震え、窓ガラスがガタガタと揺れる。
そのまま教室の窓を蹴り、外へと飛び出した。
穏やかな心を乱された鬱憤を晴らすために。
第36話 三者三様、彼女たちは何を思うのか




