第35話 主縺公が不¥で阪物語は進む縺か?
「報告をお願いできるかな? 雫くん」
フラウ隊長の声が、いつもより硬い。
部屋の空気がぴんと張り詰めていた。
普段の報告の場面ならもっと柔らかい声音のはずなのに。
私は無意識に白銀の髪を耳にかけながら、ゆっくりと隊長室へ視線を巡らせた。
中央には、いつも通り隊長席に座るフラウ隊長。
その正面に雫さん。
そして壁際には、赤里さんと金城さん。
二人は背筋を伸ばし無言で立っていた。
背後の扉の前には青子さんもいる。
誰もが、真剣な目をしていた。
フラウ隊の魔女が全員そろっている。
違う。
―――ここにはせなさんがいない。
「先輩は、あの日以来自室のベッドで眠り続けています」
淡々と話すのは私の目の前にいる雫さん。
けれど、その内容は重い。
魔物討伐の報告なんてとっくに終わっている。
その程度で全員が集められるはずがない。
ならどうしてここに集められたのかというと――
「ふむ、せなくんの今後についてどうすべきか」
フラウ隊長が静かに告げた、その一言でこの場の目的がはっきりする。
視線が自然と他の魔女へ向いた。
赤里さんは腕を組んだまま、けど指先だけはせわしなく動いている。
金城さんは壁に背を預け、目を閉じた。
どちらも、何も言わない。
この場で口を開くべきなのは、最後にあの人と一緒にいた私と雫さんなのだろう。
「まず、眠り続けてる原因は分かったんですか?」
雫さんの声が、張り詰めた空気を切り裂く。
誰もが聞きたかったことだ。
話題が話題なだけに室内の空気は緊張しがち。
はっきり言って、できるなら今すぐにでもここから出ていきたい。
「彼女の魔力量に問題はない、体内の魔力循環にも異常は見られなかった」
当然そこは確認するか、せなさんの体は魔力そのもの。
それが正常なら存在は保たれる、理屈の上では問題はない。
だからこそ――
「なぜ目覚めないのか理由が分からない、お手上げだよ」
言葉通り軽く両手をあげる、小さく息を吐くおまけ付きで。
「せなさん、表向きは元気そうだったんだけど、体に違和感があったように思うのよ」
今度は私が視線を落としつつ、記憶を辿りながら答える。
最初に会った日、立ち上がったときにふらつき膝をついた。
お出かけのとき、指先の力が入っていなかった。
どれも小さな違和感。
もしかすると、魔物と戦っていた時にも私たちに気づけない何かがあったのかもしれない。
「でも……」
ゆっくりと顔を上げる。
「あの人自身が、それを不調だと認識していなかった」
そこに今回の原因があるのかもしれない。
「先輩の様子は随時確認したほうがいいでしょうね」
雫さんが視線を逸らさずに言う。
「それは隊長である私の役目になるだろうね」
「……あ、私もお手伝いさせてください」
隊長の後に控えめな声が後ろから差し込まれる。
青子さんだ。
この人も心配してくれている。
「では次に、せなくんの活動についてだ」
活動? 配信とイベント。
思い返しても、自由にやっていただけの印象しかない。
何か大事なイベントがあるのだろうか?
他の魔女に視線を巡らせてみるも、誰もが意味を測りかねている。
唯一金城さんだけは思うことがあるのか黙ったまま動かない。
「幸い、この前にステージが終わったばかりだからね」
フラウ隊長が少し肩の力を抜くように言う。
「差し迫った予定はない。問題は彼女の状態を、どう世間に公表するかだね」
言葉のあとで、ふっと笑った。
その笑みは、場の空気を和らげるためのものだと分かる。
この人はそれを自然にできる人なんだ。
「配信できない状況だと伝えるべきだと思いますね」
「せなさんの不調はリスナーも見ていましたし」
雫さんの言葉に私が続ける、隠しきれるものじゃないし。
「まぁそれしかないか、体調不良で療養していると公表しておこうか」
その言葉にその場の全員が頷いた。
「最後は―――」
「魔物について」
フラウ隊長の発言を、魔女全員が自然と引き取る。
「最近の魔物にも違和感があります」
雫さんが淡々と口を開く。
「えぇ、今までと違う何か。でも、それがわからない」
赤里さんが続いた、言葉を選ぶように。
「我々魔女、ではなくせなさんに対して対策をしてきているような気がしますわ」
金城さんが、静かに締める。
実際に戦ってきた三人の意見。
「せなくんが眠り続けてから、というのならやはり一連の流れは魔物絡みなのだろうね」
フラウ隊長が腕を組み、低く唸る。
「元々魔物に対してわたくしたちは後手に回ることしかできてませんわ、せなさんを見守りつつ今以上に警戒するしかないのではありませんの?」
「本当にそれで良いのでしょうか……」
金城さんが自慢の巻き髪を指先で巻き髪をくるりと弄ぶ。
その言葉に対して赤里さんが疑問を呈した。
その後も議論が続くものの、どれも決め手にはならない。
具体的な策は、ひとつとして出てこなかった。
私はその光景を見ながら別のことを考えていた。
この人たちは誰一人として疑っていない、せなさんのことを。
どう助けるか、どう守るか、それだけを真剣に話し続けている。
魔物としてではなく同じ『魔女』として。
優しい、本当に。
けどもしその優しさが――利用されているとしたら?
考えた瞬間に胸の奥がざわつく、足元に視線が落ちる。
嫌な予感、得体のしれない不安がじわじわと広がっていく。
この場で誰か一人でも、この考えに頷いてくれるだろうか。
俯いたまま視線を上げることができない、見ればきっと分かってしまう。
ここにいる魔女たちは、誰もそんなことは考えない。
優しくて、まっすぐで、お人好し。
私は小さく息を吐き、視線を落としたまま思考を巡らせる。
戦う力はあまりない。
だからせめて疑い続けよう、私にできるのは、それだけだ。
「白亜さんは何かありませんか?」
雫さんの声にはっと我に返り顔をあげる。
全員の視線がこちらに向いていた、一瞬息が詰まる。
……やっぱり言えない
胸の奥に浮かんだ疑念を慌てて押し込める。
「あ、ううん。ちょっと思いつかないかも……」
我ながらバツの悪い回答をしてしまった。
「これ以上は時間が無駄に過ぎるだけだろう。みんな、今日は解散にしよう」
フラウ隊長の一声で再度張り詰めていた空気がほどける。
「ゆっくり体を休めてくれ」
その言葉にそれぞれが応じていく。
「そうですね、何かあれば報告します」
「あー、帰ってお風呂に入りたいですー」
「わたくしも大学のレポートが残っていましたわ」
「何かあったときのために、みなさんの武器をメンテナンスしておきますね」
みんながいつもの日常へ戻っていく。
私もその流れに乗るように扉へと歩き出した。
――そのとき、背中にフラウ隊長の視線を感じた。
足が、わずかに止まる。
私はその視線に対して、気づかないフリをした。
第35話 主人公が不在でも物語は進むのか?
話毎に視点が変わりやすくなりますが、どうかお付き合いいただけると嬉しいです。




