第33話 コロ>ケ縺野菜とガ�ャと雨
「先輩、体に異変が起きていませんか?」
普段とは違う声音で尋ねてくる雫。
隣で白亜ちゃんがちょっと縮こまってる。
怯えさせるなよなー。
「あーなんか、ちょっと疲れが溜まってる? ような気はする」
言いながら、自分でも曖昧だと思う。
ただオレ自身が認識できてないことを言葉にすることができない。
今のはリスナーが言ってたことを口にしただけだ。
:雫ちゃんが珍しくこっわい
:せなのことになるとな
:先日からちょっと調子悪そうよね
:天気も悪そうだし、早めに切り上げてもいいのでは
「せなちゃん、しんどいのかい?」
「無理はしないでね」
白亜ちゃんとおばちゃんが揃ってこちらを見る。
心配そうな顔が二人分。
「顔色は特に悪くなさそうですよねー」
雫の声がふっと軽くなった、いつもの調子に戻っている。
リスナーの言う通り、今日は早めに切り上げてもいいのかもしれない。
「じゃあさ」
オレは指を顎に当ててそれっぽく考える。
「あと二つ。オレたちのこと呼んでくれてた所、回って終わろうか」
野菜と、ガチャだったか。
オレの提案に二人は素直に頷いてくれた。
「ありがとおばちゃん、コロッケめっちゃ美味しかった!」
そう言うとおばちゃんはすっと手を伸ばして、包んでいた袋を受け取ってくれた。
「ゴミはいいよ、こっちで捨てとくから」
その何気ない気遣いに、胸の奥がまた少しだけ温かくなる。
「またいつでもおいでね。他の魔女さんにも伝えておいて」
最後まで変わらない笑顔。
オレたちは三人で手を振って、その場を後にした。
:バイバイやで、おばちゃん!
:またくるでな
:次は別のコロッケも食べないとな
:ちゃんとお金払おうね
なぜかその場にいたみたいなコメントに思わず苦笑する。
でも、悪くない。
目の前の人も、画面の向こうの人も。
どっちからも同じ温度のやさしさが届いてくる。
「せなさん。私、今日……、一緒にお出かけして良かったかも」
三人並んで歩きながら白亜ちゃんがぽつりとこぼす。
人混みは自然と割れていき、オレたちを避けるように道ができる。
……ありがたいけど、これって慣れてもいいのか?
「白亜さん。まだ最初のお店ですけど、そんなチョロくていいんですか?」
雫がからかうように声をかける。
「いいじゃないのよ。もう、もう」
白亜ちゃんがむきになって、雫の腕をぽかぽか叩いた。
力はまったく入っていない。
――かわいいなこれ。
思わず拝みたくなるレベルだ。
:てぇてぇ!
:というかせな以外の魔女の絡みってあんま見ないから新鮮なんだよな
:おいせな、ちょっと画面から離れてくれないか
:そうだな、ここはツーショットのシーンだな
:聞いてるかせな、おい
「なんで配信主のオレがいなくならなくちゃいけないんだ!」
即ツッコミ。
「おまえらの事ちょっとでも優しいなって思ったオレの気持ちを、利子つけて返せ!」
リスナーとプロレスしてるオレの横で、白亜ちゃんと雫は普通に女子トークしてる。
そんな和やかな空気のまま、オレたちは残りのお店も回った。
どっちに行っても白亜ちゃんはやさしく諭されて、オレはというと体調を心配された。
待っている間も配信を見続けてくれていたことに驚く。
……あれ、普通に仕事中では?
さすがにそれは口にはしなかったが。
「さっきの人たち、配信見てたっぽいですけどサボりにならないんですかね」
雫、おまえは空気を読め。
オレが黙ってたのが台無しだろうが!
するとぽつりと頬に冷たい感触。
空を見上げると分厚い雲はすでに黒くなり、雨が静かに落ち始めた。
「ちょうどいいですし、帰りましょうか」
「そうね。うん、楽しかったわ!」
雫が促し、白亜ちゃんが明るく頷く。
その笑顔の端に、ほんの少しだけ名残が滲んでいた。
雨粒が増えていく。
ぽつりぽつりと落ちていたそれは、すぐに音を伴い始めた。
オレたちは顔を見合わせて、小さく頷く。
本降りになる前に、足早でフラウ号へと向かった。
◇◇◇◇◇◇
夜、見慣れた自室。
ピンクのベッドに体を投げ出して、オレはぼんやりと天井を見上げる。
そのまま手を持ち上げた。
視界の中で、ゆっくりと指を動かす。
「オレの体、調子悪いのか?」
確かめるように呟く。
しんどさはない。痛みも、違和感も。
「フラウさんが、次はもっとすごいステージを用意してるって言ってたなぁ」
ぽつりとこぼす。
不思議と緊張はなかった、むしろ。
胸の奥でわくわくが膨らんでいく。
オレ、アイドル活動向いてるかもしれないな。
小さく笑って、目を閉じる。
「あぁ、いっぱい練習しないとなぁ」
って、さっきからずっと声に出てる。
最近独り言が増えてきたな?
前はちゃんと脳内で処理してたのに、完全に外に漏れてるんだが。
……まあ別に、困るわけじゃないけど。
閉じた瞼の裏に、光が浮かぶ。
ステージ、歓声、あのときの熱量。
「……楽しかったなぁ」
自然と、口元が緩む。
またあの場所に立ちたい。
あの熱を、もう一度―――
「あー! やっぱりじっとしてられない!」
勢いよく起き上がってそのままベッドの上に立つ。
体が勝手にリズムを刻む。
あれ以降たくさん歌を作ってもらった、単独でライブができるように。
「♪~~♪~~」
アカペラで歌い出すと足元のスプリングがきしむ音で応えた。
簡単なビート、規則正しく。
次は、何を歌おう?
次は、何を叫ぼう?
次は、どう楽しませよう?
考えるほど楽しくなる、止まらない。
そのまま時間の感覚が薄れていく。
オレはひたすら、練習を続けた。
「ふぅ」
満足感。
スマホの画面に表示された時刻に、軽く目を見張った。
思っていた以上に時間が経っていたらしい。
体は少し汗ばんでいる。
このまま寝て明日の朝シャワーにするか。女の子にあるまじき考え。
――そのとき。
「?」
……今、なんか聞こえた?
この部屋は防音のはずだ、外の音が入ることはない。
ゆっくりと視線を巡らせる。
……誰もいない。
物音ひとつしない。
歌い続けた余韻が耳に残っているのだろうか。
「さすがに寝るかー」
軽くつぶやく。
魔物の体に睡眠はそこまで必要じゃない。
それでも疲れを残せば、また誰かを心配させてしまうかもしれないしな。
ベッドに体を預ける。
ゴロンと仰向けになって目を閉じた。
ほどよく冷えた体にすぐに眠気がまとわりついてくる。
意識が消える、その瞬間まで——
耳元、そして脳の奥に直接触れるような。
言葉は聞き取れない。
けれど何かが――囁いていた。
第33話 コロッケと野菜とガチャと雨




