第31話 疲れてる�よあんたは
……何が起きた?
確かオレは、白亜ちゃんに言いたいことがあって立ち上がったはずだ。
なのにどうして今、床に手をついている?
目の前が白い、ここが現実なのか分からなくなる。
「ちょっと、大丈夫!?」
白亜ちゃんの慌てた声と同時にこっちへ駆け寄ってくる気配。
顔を上げようとしてもうまく力が入らない。
視界に入るのは彼女の足元だけ。
白い靴下、それとずっと小さな足。
――足かわいいなぁ。
気遣うように彼女がそっとオレの背に手を置いた。
ゆっくりと体が起こされる。
思っていたよりずっと近くで、白亜ちゃんがこちらを覗き込んでいた。
焦ったような表情、大丈夫だと……伝えないと。
「ケホッ」
なぜか咳き込む。
「風邪でも引いちゃった?」
彼女の手がそっと額に触れる、ひんやりとした感触。
その細い指先を、ぼんやりと見つめていた。
――手もかわいいなぁ
「ゴメン、大丈夫。変な姿勢だったから、声が出しにくかっただけだと思う」
取り繕うようにそう言って、額に触れていた彼女の手をそっと外す。
そのまま彼女の体の横へと静かに戻した。
:立ち眩みか?
:この前のステージライブの疲れが残ってるのかも
:なんだかんだせなも働き詰めだしな
:お休みも大事だぞー
:ほんと、休みをくれ(社畜)
チャット欄からも心配の声が上がっている。
まずいぞ。
今日は白亜ちゃんの話がメインなのに、オレが心配されてしまっている!
「そ、それより! さっきの『いなくてもいい』って言葉、あれもう言わないでほしい」
まっすぐに白亜ちゃんの目を見る。
自分でも驚くほど真剣な声が出ていた。
その空気に押されたのか、彼女がわずかに姿勢を正す。
いや違うぞ、別に説教モードへ入ったわけじゃないからね?
白亜ちゃんは指先で前髪をいじりながら口を開く。
「けど私みたいな魔女なら、他に――」
「オレは!」
思わず言葉を遮る、びくりとした彼女の手が止まる。
「白亜ちゃんが魔女ってだけで羨ましい」
彼女が、はっとした顔を見せた。
「オレって今はさ。フラウさんに魔女だと宣言してもらって、人間と一緒に生活させてもらえてるよね。アイドルとしてデビューもして、リスナーと配信したり、それから街を歩けばみんな手を振ってくれる。もちろん魔女たちも優しくて、ここに居てもいいんだぁって思わせてくれる。でもさ」
たとえいろんな役割を与えられたとしても。
どんなに環境が変わっても。
どれだけ受け入れられても。
「―――どうあがいてもオレは、魔物だ」
:せな、お前…
:今でもずっとそんなこと思ってんのか
:世界が敵に回る恐怖なんて、せなにしかわからんのやろな
:ぶっ通しで活動してるのも良い存在でいたいっていう思いがありそう
:ずっとここで暮らしてええんやで
あぁ、やっぱり優しいな。
視界の端で気遣うようなチャットが流れていく。
「いなくていい存在っていうなら、それはオレのことにならない?」
自分でも少しだけ、意地の悪い言い方だと思った。
今、白亜ちゃんの目に映っているオレは、どんな顔をしているのだろうか。
彼女は何も言わずに首を振った。
白い髪が、静かに揺れる。
「ごめん、せなさんに言うことじゃなかったかも」
白亜ちゃんが少しだけ目を伏せる。
「でも……今すぐ前向きに考えるのは、さすがに難しいかな」
「うん、それでいいと思う」
無理に変わる必要なんてない。
「別の話する? 暗い話って、あんまり得意じゃなくてさ」
軽く笑って空気を緩める、オレはすぐに考えが沈むから。
だからこそ、明るい話題のほうが好きだ。
「あ、じゃあさ」
彼女が顔を上げる。
今回は白亜ちゃんから話してくれそうだ。
「私、あなたのリスナーさんと話をしてみたいな」
その一言でチャット欄が一気にざわめく。
:お? なんだなんだ?
:よーしなんでも聞いてくれ!
:俺のスリーサイズはな
:↑おい誰か、こいつブロックしろ
完全にお祭り状態だ。
――待て待て。
「き、今日はオレ、白亜ちゃんとお話しに来たんだけど」
なんとか軌道修正を試みる、だが彼女はそれを許さない。
ぬいぐるみを抱きしめたまま上目遣いでこっちを見てきた。
紫の瞳がくるっと揺れる。
「……ダメ?」
「――アッ(蒸発)」
破壊力高すぎぃ!
オレってお願いされると断れないんだよなぁ。
特に、こんなかわいい子からのおねだりなんて断れるわけないよな。
:白亜ちゃんの上目遣いでせなが浄化されていってるんだが?
:この子、ラスボスを一撃で…?
:こいつ澄み切った顔してんね
:雫ちゃんの邪念よ、成仏してくれ
「わかった、いいよ。白亜ちゃんが元気になってくれるなら」
オレはそう言って、ドローンのステルスを解除してから彼女の頭上へ移動させた。
「ありがと」
小さく礼を言ったあと、彼女はくるりと顔を上げる。
「よし、せなさんのリスナー! あんたたち、ちょっと応援が足りてないんじゃないの!?」
なぜか説教が始まった。
予想外すぎる展開に、思考が追いつかない。
……どういうこと?
:いきなりだな
:応援しまくってるんだが?
:何を根拠におっしゃってます?
:エビデンスの提示をお願いします
「いい? アカウント名〇〇、△△。さっき雰囲気が暗くなったとき、あんたも同じように暗くなっちゃダメでしょ。ログを遡らせてもらったわ、それから××も――」
止まらない。
彼女は次々と名前を挙げながらリスナーへまくし立てていく。
身振り手振りを加えどんどん興奮していくその様子に、チャット欄もざわつき始めた。
:あ、もしかしてこの子
:こいつ、アカウント「くあーる」じゃね?
:せなガチオタのあいつ?
:今日チャットにいないと思ったらこれかよ
:流れ変わったな?
:最推しを目の前にして、なんで俺らと喋ってんの?
:この子もやっぱ二面性あるんかーい
:フラウ隊は二重人格じゃないと加入できんのか
え、この子、オレの配信をずっと追っかけてくれてた子なの?
「バカね! 推しは画面越しだから推せるのよ! 現実に現れたら、それはもう別物でしょ!」
鼻息荒く完全にヒートアップしている。
オレはただぽかんと、その光景を見ていることしかできなかった。
その後も、白亜ちゃんとリスナーたちの熱いやり取りが続く。
オレの入る隙は全くない。
置いてけぼりのままのオレは途中でジュースを取りに行く、ついでに白亜ちゃんの分も。
戻ってきて差し出すと、彼女は話しながらそれを受け取り、一瞬で飲み干した。
……のど、渇いてたんだな。
空になった彼女のグラスを見つめながら、ふと考える。
オレ、もう帰っていいかな。
グラスの底に映る死んだ目の自分と見つめ合っていた、そのときだった。
「あっ!!」
目の前の白亜ちゃんが声を上げる。
「ごご、ごめん! オタクたちと話し込んじゃった!」
慌てて手を合わせて謝ってくる彼女だが、すごい笑顔だった。
「そう、楽しそうでよかったよ」
グラスの縁をなぞりながら、ありきたりな言葉を返す。
今のオレにはテンプレみたいな返事しか出てこなかった。
「リスナーと話をしてわかったわ、やっぱりせなさんはみんなから必要とされてるって」
『羨ましいわ』彼女がぼそっと呟く。
耳がいいオレは最後の言葉も聞き逃さなかった。
「うーん、それじゃあさ。今度オレと一緒にお出かけしてみようよ」
気分転換的なやつ、白亜ちゃんの葛藤も少しは晴れるかもしれないしな。
「え、そこでも配信するの? ねぇねぇその時私、リスナー側にいてもいい?」
訳のわからないことを言ってくる彼女。
オレは大きく息を吐く。
少しだけ間を置き、言い放った。
「その日配信の予定は―――ありません!!」
第31話 疲れてるのよあんたは




