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第28話 赤里ちゃんってやっぱりポンなの?

 目の前で赤里ちゃんが控室の中をせわしなく歩き回っている。


 右へ、左へ。

 落ち着かない様子でぐるぐると動き続け――


 ……あ、パイプ椅子に足をぶつけた。

 痛そう。


「せせ、せなちゃん。大丈夫? 緊張してないかしら?」

「う、うん、オレは大丈夫。赤里ちゃん、お水飲む?」


 ――ライブ当日。

 出番を控えたオレは、雫と赤里ちゃんと一緒に控室で待機していた。

 赤里ちゃんはさっきから一度も立ち止まっていない。

 見かねたオレは、ミネラルウォーターの入った自分のペットボトルを差し出した。


「緊張してるのは赤里先輩じゃないですか。もう、笑わせないでくださいよー」


 雫がお腹を抱えて笑う。

 その横で赤里ちゃんは、コクコクとかわいい音を立てながら水を飲み始めた。


「だ、だって、こんなに人が集まるとは思っていなかったのよ。想像以上だったわ」


 赤里ちゃんが言った矢先。


『ワァー!』とくぐもった歓声が控室まで届いた。

 どうやらライブが始まったらしい。


 空になったペットボトルを赤里ちゃんから受け取りながらオレは控室のモニタを見上げる。

 そこには夕暮れ時の会場の様子が映し出されていた。


 ……ん?


 手元のペットボトルを見る。


 え?

 今の一瞬で全部飲んだの?

 満タン入ってたんだが?(錯乱)


 慌てて視線を戻すと、隣では雫と赤里ちゃんがさっきのオレみたいにモニタを見上げていた。


「すごいですよね。満員どころかこれ、会場外にも人がいっぱいいてそうですよ」


 先日下見に来た時、この場所には緑の原っぱが広がっていた。

 けれど今画面の中に映っているのは人、人、人。

 同じ場所とは思えないほどの人波だった。


「いつもはここまでじゃないってスタッフさんが言ってましたし、今日歌うアーティストさんはテンションあがるでしょうね」


『ほぼ先輩目当てかもしれませんが』と雫が付け加える。


「すごいよなー。実はオレ、他の人の音楽聞いたことなかったからさ、それも楽しみなんだよな」

「本当にリラックスしてるのね、せなちゃんは」


 赤里ちゃんは落ち着かない様子で腕を組んだりほどいたりしている。

 歩き回っていないのに、体の動きはずっとせわしない。


 ――オレまで笑いそうになるんだけどなぁ。

 おかげで今のところは緊張していない。


「こうやって穏やかにライブを楽しめるのも、先輩のおかげなんですよ?」


 雫がモニタを見上げたまま言う。

 ちょうど一組目のアーティストがステージに現れ、歌い始めたところだった。

 彼女はそのまま画面から目を離さない。


 赤里ちゃんを見ると、また笑いだしてしまうからだろう。

 どうやら真面目な話をしたいらしい。


「可能性は今でもゼロではないんですけど、ライブ中に魔物が現れたりしてたんですよ――」


 雫がぽつりと話し始める。


 人が大勢集まる場所に魔物が現れると、避難はどうしても混乱する。

 慣れているとはいえ犠牲者が出てしまうことも少なくない。


「そうなると……ライブどころではなくなってしまうわ」


 赤里ちゃんが静かに言葉を継いだ。


「出演者の人も、お客さんもみんな……もやもやした気持ちのまま終わることになるんです」


 その気持ちが負の感情を生む。

 そしてまた、魔物が現れる。

 そんな流れが続いた時期があったらしい。


「それが原因で、歌うのをやめてしまった人もいるんですよ」


 雫は淡々と続ける。


「ライブに来なくなった人も、外に出られなくなった人も……」


 ときどき赤里ちゃんが言葉を補いながら、二人は静かに話してくれた。


 モニタからは楽しげな音楽と大きな声援が聞こえてくる。

 画面の中では、アーティストもファンも笑顔だ。


 けれど――


 さっきの話を聞いたあとだと、この光景が少しだけ違って見えた。


「まぁでも、ここには最強の魔女がいるわけですし? 安心もするでしょうね」


 雫が含みのある顔でこっちを見てくる。


「そうね、ここが日本で一番安全な場所かもしれないわね」


 赤里ちゃんも口元に手を当て、くすくす笑いながらオレを見る。


 まったく、ちょっとセンチメンタルになったオレの気持ちを返してほしいもんだ。


 そんなことを思いながら、三人でとりとめのない話を続ける。

 その間にもモニタの中では次々とアーティストが入れ替わっていった。


「ところでずっと気になっているのだけど、この控室には私たちしかいないのね?」


 赤里ちゃんが控室をぐるっと見渡しながら言う。

 さすがに落ち着いたようだ。


「うん、ほら、オレって特殊な演出するじゃん? ここもフラウさんが用意してくれた部屋なんだよね」

「隊長と金城先輩は進行で忙しいんでしたっけ」


 雫が天井を見上げる。

 その視線の先――この会場の上空では、スカイ号が待機している。


「フラウさんは忙しくないよ、上でフワフワ浮きながらオレの出番待ってるだけだし」

「金城先輩も部下の人たちが大勢いるから大丈夫なんじゃないかしら」


 オレと赤里ちゃんが雫の言葉をやんわり否定する。

 けれど雫は気にした様子もなく、話を続けた。


「隊長は待機してるって、何をするつもりなんです?」

「私も知りたいわ」


 二人の視線がこっちに向く。


「こことは別の部屋で歌うんだよ。その……まだ人前は怖いからさ」


『え?』と同時に声が上がるが、話を続ける。


「フラウさんがオレの姿をステージ上に映すんだってさ、なんか魔力がどうこう言ってたけど」


 詳しいことはわかんない、と肩をすくめる。

 隣では雫も肩をすくめていた。


「魔力ってなんなんです……?」

「知らん、なんか便利な概念なんだろ」

「……」


 赤里ちゃんに関しては話に入ろうとすらしなかった。


「今更ですけど、大人の二人すごすぎませんか?」


 雫が強引に話題を変えようとした。


「そうよね。私、あの人たちみたいな立派な大人になれるのかしら?」

「雫と赤里ちゃんなら大丈夫だろ」


 いや、雫は怪しい気もするけど。

 それは口にしないでおく。


「何言ってるんですか」


 言うなり雫が肩でぐいっと押してきた。

 不意を突かれてよろめく。


「なんだよ」


 抗議の視線を向けるが、雫はなぜか穏やかな顔をしていた。


「先輩も、私たちと一緒に大人になるんですよ」

「そうね、私もせなちゃんが大人になった姿が見てみたいわ」


 魔物のオレに成長という概念は恐らくない。

 それでも――そんな言葉をかけてくれる。

 胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「そうだな、オレが二人を見守ってあげないとだしな!」


 思わずそんなことを言ってしまった。

 二人は顔を見合わせて、くすっと笑う。


 照れ隠しなのは、バレてるんだろうな。


「そろそろ出番ですね。赤里先輩、私たちはそろそろ行きましょうか」

「えぇ。私たち特別に最前列の席を用意してもらったのよ、楽しみにしてるわね」


 二人が控室の扉へ向かう。

 ドアが開いた瞬間――

 外から歓声が流れ込んできた。

 オレの出番が近いとわかっているのだろう、さっきよりもずっと大きい。


 オレは二人に手を振る。

 雫と赤里ちゃんも小さく振り返してくれた。


 そして扉が閉まる。


 さっきまで三人いた部屋にオレ一人だけが残る。

 不意に、ぽっかりと孤独が落ちてきた。


 ――けど。


 パシン、と両頬を叩く。

 気合を入れ直す。







「よーし、やるかー!!」

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