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第29話 銀の星、ステージへ降り立つ

 ――真っ白な部屋


 視線の先にあるのはいつものカメラじゃない、壁一面を埋め尽くすモニタだ。

 その向こうにはファンのみんな。

 背後には、壁越しにスタッフさんの気配。


 ワンクッション置いているはずなのに――


 人前にいる感覚がぬぐい切れない、特にオレの場合は。

 なのでどうしても緊張は隠せない。


 ふと背後の視線が気になって振り返る、そこにいたのは金城師匠。


 まっすぐこっちを見て、大きく頷く。


 ……信頼されている。


 そう思うと胸の奥が少しだけ落ち着いた。

 彼女に頷き返す。胸の前に手を置き、ゆっくり息を吸う。


 ――吐く。


 スタッフさんが手の指でカウントダウンを知らせる。


 さん、に、いち……


【うわああああああああ!!】


「うぉっ!?」


 ステージ上にオレが現れた瞬間、思わずのけぞる。


 カメラ越しの歓声と壁の向こうから届く生の声。

 二つが重なった瞬間、部屋そのものが揺れたように感じた。


「お、驚かすなよな。みんな見てるかー、せなだぞ」


 気を取り直して客席に向かって手を振りながら声を張る。

 良かった、問題なく喋れそうだ。


「これな、ホログラムらしいんだ。フラウさんの仕掛けなんだってさ」


 くるりと一回転しながら伝える。

 ついでにアイドル衣装を見せびらかすように軽くポーズを決めた。


【おぉー!】


 ホログラムへの驚き。

 それに混ざって――


【やっぱせなだな】


 どこか苦笑混じりの声。


「まだ人前に出るのは怖いんだから、これで許してくれよな。でも――」


 視線を走らせる。

 その中に一枚のボードが目に入った。


『こっち向いて』


 思わず口元が緩む。

 指を差し、軽くウインクする。


「おまえらのこと、今日はちゃんと見えてるんだからな。そこの女の子、応援ありがと!」


 一拍置いて――


【きゃー!】


 黄色い歓声が弾ける。

 指を差された女の子が、信じられないという顔で一緒に来ているであろう友達と手を取り合い喜んでくれた。


 オレが見ているとわかった瞬間、客席のボルテージが一気に跳ね上がる。


【うわああああああああ!!】


 サイリウムが振られる。

 うちわが揺れる。

 頭上で大きく手を回すやつまでいる。

 視界が、光と動きで埋まる。


「安心しろー! オレって人間より目と耳がいいから!」


 さらに声を張る。


「時間の許す限り、ちゃんと返してやるからな!」


 前のめりになってくる観客に向かって手を軽く振る、落ち着けって意味を込めて。


「信じてないやつがいるかもしれないな。よーしじゃあ、最後列のおまえ!」


 客席の後ろへ向けて、オレはこれ見よがしに手をかざす。


「後ろ向きの白いキャップに黄色Tシャツの男、何か言ってみろー!」


 ざわめきが広がる。

『え、俺?』遠くで自分を指さし慌てている男の姿。

 周りの客が一斉にそいつを見る、男が何かを叫ぶ。


「――――!!」


 普通なら内容までは聞き取れない……はずだが。


「おまえ赤里ちゃん推しなのかよ、ここで言うことじゃないだろ!」


 空気の読めない発言に、ドっと会場が爆笑で弾ける。


「ちなみに赤里ちゃんなら、ここにいるぞ」


 最前列を指さす、一斉に視線が集まった。

『えっ』赤里ちゃんの顔が一瞬で真っ赤になり、きょろきょろと周りを見回す、完全に挙動不審だ。

 その隣で『はいはーい、赤里先輩はここですよー』と雫が面白おかしく上から指をさした。

 追い打ちである。


「わかったか? さて、お喋りもいいけどさ」


 大げさに客席を見渡す。

 視界の端でまだ赤里ちゃんが慌てているのが見えたが、今は無視だ。


「みんな、やっぱオレの歌を聞きに来てくれたんだろ?」


 その言葉に大きな拍手が押し寄せる。


「なら――始めようか!!」


 ステージ中央で足を止める。


 ポーズを取り、ゆっくりと目を閉じた。


 それまでガヤガヤとしていた会場が、一瞬で水を打ったように静まり返った。


「ここで出るのは?」


 一瞬の空白。


【天下のせなちゃん!】


「呼ばれて飛び出て?」

【インフィニット・アイドル!!】


 声が、重なる。


 何百もの声が、寸分違わず返ってくる。


 それはもうただの掛け合いじゃない。


 まるで、共鳴だ。


「宙《そら》を貫く、銀の星!」

【我ら、スターダスト・セブン!!】


 腕を流星のように振り上げ天を指し、床をダンッと踏み鳴らす。

 ステージのあちこちで演出の火柱が噴き上がった。

 光が弾け、熱が走る。

 視界が一瞬、白く染まった。


「おまえらも歌ってくれるよな!?」


 間髪入れずに叫ぶ。


「今日まで、何度も聞いてきただろ!!」


 サイリウムが波のように揺れる。


「今日は――」


 拳を握る。


「オレ一人じゃない!」


 そのまま客席を指さす。


「おまえらと、歌い合う日だ!!」


「♪君の笑顔が力になる

 一緒に行きたい、手を繋いでさ

 マジカルな空を飛んで」


 歌いながら一歩踏み出す。

 光が弾け、影が分かれる。

 オレが、二人になる。


 ――『分身』


 左右に分かれ、同時に走り出す。

 完璧に重なる動きと歌声。


 ぴたりと揃ったまま、オレ「たち」はステージを駆ける。


【うわああああああ!!】


 どちらにもオレ(せな)がいる。

 歓声が一段、跳ね上がった。

 サイリウムの波がさらに大きく揺れる。


「♪『かわいい』って

 呼んでくれるなら、ちょっとだけ

 勇気、出してもいいかな

 見つめ合いたい、いいよね?」


 踊りは……結局ダメだった。

 その分全力で動く、それで勘弁してくれ。

 手を振り、視線をばらまく。


「♪明星まで踊りあかそうよ

 君を守るための、ちっちゃな魔法

 星とともに降りてくるよ

『ありがとう』って言われたら

 胸が、きゅって熱くなるの」


 歌いながら足が床を離れる。

 ふわり、と体が浮かび上がった。


 ――『飛行』


 そのままファンたちの頭上へ。

 観客の上を滑るように進む。

 見上げる顔、伸びる手。

 そのすべてに向けて歌を落としていく。

 声が前からも、横からも、背後からも届く。

 立体的に重なる歌声が、会場を包み込んだ。


「♪君の味方だよっ!大好き!

 ステージの上で叫ぶよ

 宇宙まで届けるよ

『オレが守ってあげるから、もう泣かないで!』

 孤独だった夜はもう嫌だから

 君の一番星になるよ」


 瞬きの間。

 空中から消え、ファンの間に姿を現す。

 隣にいた人が目を見開いた。


 ――『転移』


 手が触れそうな距離、オレはそのまま歌い続ける。

 視線を合わせて、同じフレーズを重ねる。


 ……まぁこの演出はホログラムの応用で実際技能は使ってないが。


「♪解けない魔法かけさせて

 これでいいよね? ねえ、いいよね?

 月も笑いだすよ

 ずっと一緒に歌い合おう」


 ステージ中央へと戻り、最後の音が空気に溶ける。

 さっきまでの熱が嘘みたいに、会場が息を潜めた。


 オレは静かに頭を下げる。


 ――次の瞬間。


 拍手が、爆発した。


 今度は驚かない、ゆっくりと顔を上げる。

 そこにあったのは――まぶしいくらいの笑顔。

 手を振るやつ。

 泣きそうな顔のやつ。

 叫び続けているやつ。


 その中に、雫と赤里ちゃんもいた。


 雫はいつも通りの笑顔で手を振っていて――

 赤里ちゃんは、涙を流していた。


 視界がにじみそうになり、顔を上げたまま慌てて声を出す。


「おまえら、今日は本当にありがとう!」


 胸いっぱいに息を吸って、叫ぶ。


「魔物人生で最高の一日になった!!」


 オレの言葉に会場が湧いた。

『魔物人生ってなんだよ』とツッコミが入る。


 もう一度深く頭を下げた。


「次は――」


 顔を上げる。


「本物のオレが、ステージに立てるように頑張るから」


 客席を見渡す。


「それまで、またなー!!」


 大きく手を振る。

 輪郭が、少しずつ薄れていく。

 光がほどけてオレの姿は、ステージから消えた。



 本体がいる白い部屋でオレは後ろを振り返り、金城師匠含むスタッフさんたちへもお辞儀をした。


 あぁ……


 やっぱりオレ……







 人間の事が大好きだ。

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