第20話 赤の蹂躙
私は赤の大剣『赤刃牙』を背負い、魔物発生地点へと駆けていた。
舗装路を蹴るたび剣がわずかに揺れる。
今までは現場への移動も魔力を無駄に消耗しないように向かわなければならなかった。
――けど。
視線を横へ向ける。
隣を並走する銀髪の魔女せなちゃん。
彼女が魔力を容易く供給してくれるようになってから、私はもう消耗を恐れなくていい。
背中の大剣がいつもより軽く感じた。
「おーい、みんな見てるかー? せなだぞー。今日は赤里ちゃんの実況をするからな!」
疾走しながらせなちゃんが軽やかに手を振る。
彼女の視線の先にあるのは上空を追従するドローン。
戦場へ向かっているとは思えないほど、声は明るい。
思わず笑ってしまう。
「もちろんフラウ隊の魔物戦配信もしてるからな、当然二窓だろ!?」
ふと見上げると私の頭上にもドローンが追従している。
これまでは全国に設置された定点カメラの映像だけだった。
けれどせなちゃんの魔力供給が安定してからは違う、空撮まで可能になったのだ。
ドローンも魔力で制御しているらしい。
正直そこに魔力を使っていいのかと少しだけ思う、無駄遣いではないのだろうかと。
まあいいわ。
私にチャットは見えていないのだから、今まで通りやればいい。
隣でせなちゃんがドローンに向かって身振り手振りを交えながら喋り続けている。
……かわいいな、と素直に思う。
初めて出会ったあの日、こんな関係になるなんて想像もしていなかった。
あのとき。
魔物の反応を感じ取った瞬間、私は反射的に攻撃の意思を向けてしまった。
後になってそのことを謝った。
「魔女としてそれが当然の対応でしょ? オレは何も気にしてないし、赤里ちゃんに怪我がなくて良かったよ」
せなちゃんは頭の後ろに手を回しながらそう答えた、今にも口笛を吹きそうな軽い笑顔で。
自分の命を狙われたというのに、彼女は私を気遣った。
刃を向けられた側のはずなのに、差し出されたのは優しさだった。
その笑顔を見たとき、私の中で決意する。
――この子を、信じる。何があっても最後まで。
「ハ、ハチだー!!」
隣から大げさな叫び声が響き、思考が現実に引き戻される。
おそらく配信向けのリアクションだろう。
私は立ち止まり視線を前へ向けた。
そこには人の顔ほどもある巨大なハチの魔物の群れ。
ぶぅんと羽音が鼓膜を撫でる。
耳元で囁かれているような不快な振動。
……数が多いわね。
一直線に迫るハチの群れを見据えながら隣でせなちゃんが声を張る。
「近接型の赤里ちゃんには、空を飛んでいて、しかも複数相手の敵は分が悪いかー!?」
実況のつもりなのだろう、だが妙に抑揚がなくて少し棒読みだ。
思わず口元が緩みかける。
「う、うるさいな! いいだろ、ちょっとくらい棒読みでも! 伝わればいいんだから黙って見とけ!」
どうやらチャットでも同じことを言われたらしい、焦りをごまかすような反応がかえって可笑しい。
敵影が目前まで迫る、さすがに笑っている余裕はない。
私は背中の大剣を抜き、空へ掲げる。
「魂源解放――フレイムフェアリー!」
刃が赤く輝く。
次の瞬間刀身から赤く透き通った光が弾けた。
丸い胴体の羽持つ光体がビットのように分裂し、空へと射出される。
「行きなさい!」
解き放った光体へ魔力を通して命じる。
赤い軌跡を描きながら光体がハチの群れへ突入した。
次の瞬間。
無数の光線が空を裂き、鋭いビームが次々と射出され巨大ハチを撃ち落としていく。
黒い影がひとつ、またひとつと地へ落ちていった。
焦げた匂いが漂う。
だがすべては落としきれない。
私は即座に剣を構え、撃ち漏らした一体へと切っ先を向けた。
「ブレイズキャノン!」
刀身が閃光を放つ。
放たれた赤いレーザーが一直線に空を貫き、ハチの魔物を撃ち抜いた。
「おーすごい、すごいよ赤里ちゃん! 今のフ〇ンネルみたいだなってリスナーが言ってた!」
弾む声が背後から飛んでくる。
振り返るとせなちゃんがぴょんぴょんと跳ねながら手を振っていた。
まるで自分のことのように嬉しそうだ、思わず頬が緩む。
「ふふっ、ありがとう。ちょっと張り切っちゃった」
強くなった姿を見せたかった。
せなちゃんのおかげで私たちは前よりも確実に強くなっている。
近接しかできなかった私がこうして――
遠距離まで手を伸ばせるようになったのだから。
「!?」
ほんの一瞬気が緩んだ、そのときだった。
空気が変わる。
今まで以上の魔力の奔流が肌を刺すように広がった。
彼女も気づいたのだろう、笑みを消し鋭い視線を一点に向ける。
「やっぱいるよな、ボスがさ」
「どうやらお出ましのようね」
せなちゃんと私の目線の先には、人より大きい女王バチの姿があった。
―――先手必勝
迷いはない。
先ほどと同じように大剣を構え刀身へ魔力を流し込む、大技の後だというのに魔力が枯れる気配はなかった。
刀身が深く鮮やかな赤へと変わる。
凝縮された炎。
「フレアバースト!!」
さっきとは比較にならない威力の赤い奔流が一直線に走る。
そして女王バチの胴体を貫く、はずだった。
――ィイン!
甲高い音。
私の放った攻撃が反射されこちらへ向かってきた。
それも想定内よ!
どんな技能が発動しても対処できるよう構えていた。
反射もその一つ。
受け流すために剣を振り上げる、その瞬間。
視界を銀色が横切った。
私を庇うようにせなちゃんが飛び出してきたのだ。
「痛いいいたあああああ! この魔力量、赤里ちゃんすごいな。でも残念!」
背中で熱線を受け止めながら、せなちゃんはにやりと笑う。
その笑みと同時に彼女の傷が女王へと移る。
『転化』
女王は理解する間もなく巨体をぐらりと傾かせ、羽音を乱し地へと落下する。
私は地面を蹴った。
大剣にブーストをかけ一気に距離を詰める。
「ハァッ!」
振り抜いた刃が深紅の軌跡を描く。
女王バチは、真っ二つに裂けた。
魔物の魔力はせなちゃんに吸収され、魔石が地面へポトリと落ちる。
私はそれを拾い上げ彼女を見る。
――言わなきゃいけないことがある。
さっきのこと。
私をかばってあんなふうに傷を受けたこと。
守ってくれるのは嬉しい、でも。
私のために自分を犠牲にするような真似だけは――してほしくない。
「せなちゃん、さっきのことなんだけど」
できるだけ柔らかく声をかける。
「あなたが傷つくような真似は、してほしくなかったかな」
彼女はすでに肩を落とし落ち込んでいた。
「うん、ごめん、みんなまたなー……。赤里ちゃんもごめんね、それリスナーにも言われた」
配信を終了させながら今にも泣きそうな声で謝ってきた。
「責めてるわけじゃないの、リスナーも私もせなちゃんのことを大切に思ってる。それだけは覚えておいて欲しいな」
俯いたままのせなちゃんをそっと抱き寄せる。
私の胸に顔を埋めながら彼女が呟く。
「みんなの役に立ちたくて、オレってダメだな」
「そんなことないわよ、今日はちょっとやり方を間違えちゃっただけ」
私は彼女の頭に手を置きゆっくりと撫でる。
「そうだ、せなちゃん」
わざと少し明るい声を出す。
「今度フラウ隊のみんなとお出かけしましょう。みんなと一緒なら、きっと楽しいわよ?」
胸元に埋まっていた彼女の顔が、ゆっくりと上がる。
「……いいの?」
!?
うわ! なにこの破壊力。
すごいかわいい!
「ええ、もちろん。きっと雫が一番はしゃぐわね」
その光景は簡単に想像できて思わず小さく笑みがこぼれる。
せなちゃんを元気づけるための提案だった。
けれど胸の奥にはもう一つ邪な気持ちがあった。
私は一人っ子だ、もし。
―――こんなかわいい子が妹にいたらいいのに、と。




