第17話 初めてのお使い
隊長席に座るフラウさんは、楽しげにトントンとタブレットを操作している。
画面に映るコメント欄を追う指先がどこか誇らしげだ。
「配信は順調みたいだよ。アーカイブもかなり好評でね、楽しんでいるってコメントばかりだ」
言い終えるとパタッとタブレットを伏せる、視線がゆっくりとこちらに向けられた。
評価はいい、数字も悪くない。
それでも。
「うん。でも……まだ配信してるだけだし。アイドルらしい活動何もできてないけど……大丈夫なのかな?」
胸の奥にある不安を思い切って口にした。
「さすがに今すぐの活動は、準備が間に合っていなくてね。そのアイドル活動についてだが、せなくんは何か要望はあるかな?」
少し考えてから答える。
「うーん。一方的に歌うだけっていうより……聞いてくれる人とやり取りできることがしたいかな。ほら、配信のときみたいにさ!」
あの時間を思い出すと自然と声が弾む。
フラウさんはそんなオレを見て、柔らかく目を細める。
「なら、コールアンドレスポンスが取り入れやすい楽曲を作ってみようか。……うん、そのほうがせなくんらしい」
納得したように頷く仕草がどこか頼もしい。
「ほんと? それは嬉しい!」
勢いよく身を乗り出してからふと思い出す。
「ところで今日ここに呼んだのって、その話だけ?」
オレの問いにフラウさんは『あぁそうだった』と思い出したように頷く。
「今回呼んだのは、せなくんに頼みたいことがあってね」
そう言って机の上にいくつかの魔石を静かに置いた。
黄色の輝きが整然と並ぶ。
フラウさんが指先で魔石を転がしながら言葉を続ける。
「これを九州にいる金城くんのところへ届けてほしい」
一つを手に取り光に透かす。
「まったく、本当に驚かされるよ。まさか魔石の色を変えられるとはね。アイドル準備に魔石対応に魔物退治……目が回りそうだ」
疲れたように肩をすくめる。
けれどその目はどこか楽しげに光っていた。
「金城……さん、のところへ?」
届けること自体は構わない、けれど。
胸の奥の引っかかりをそのまま口にする。
「街中でいきなり襲われたりしないよね? あとオレ、金城さんの顔知らないんだけど」
不安を隠しきれずに言うと、フラウさんは即答した。
「それは問題ない、金城くんの顔は後で写真を君のスマホへ送ろう」
――それから
ふとフラウさんの声音が変わった。
「一般人が魔女に害を加えたら、どうなると思う?」
唐突な問いに思わず首を傾げる。
「即刻処刑だ」
「え?」
「即刻処刑だ」
「いや、聞こえなかったわけじゃないんだけど……」
フラウさんは表情を変えないまま続ける。
「我々魔女は常に人々を守っている。その魔女に害をなす人間はこの世界に必要ない、それが常識だ。だから私はせなくんを魔女にすると宣言した」
揺るぎない声音。
「でもオレは魔物でもあるよ?」
「心配なら、魔石の配達がてら街中を歩いてみるといい。その疑問はすぐに晴れるさ」
さきほどの冷気は消えていた。
諭すような穏やかな声が、静かに背中を押す。
「わかった、やるよオレ。でも九州までどうやって行けばいい? 転移もその距離は飛べないよ」
「君の転移は視認が条件だね?」
小さく頷くと、フラウさんは伏せられていたタブレットを操作しこちらへ向けてくる。
「ならこれを見てくれないか?」
街の映像が流れている。
「今はこのあたりに金城くんがいるはずだ。この映像を見て転移してみてくれないか?」
「……試してみる」
受け取った黄色い魔石を抱え、画面に意識を集中させる。
映像の向こうを掴むように技能を発動した。
◇◇◇◇◇◇
転移はできた、完璧だ。
オレってなんでもできるな!
硫黄の匂いが漂う温泉街、たぶん観光地だ。
歩道を歩くだけでも雰囲気はいい。
金城さんの顔も覚えた。
覚えたけど!
オレは今、普通に途方に暮れている。
どうやって本人を探せばいいのか、まったくわからない!
ひとまずフラウさんに連絡を入れてみた。
だけど返ってきたのは、
「魔石を届けたら、あとは好きに遊んできていいよ」
遊んでこいって。
オレ、無一文なんだけど?
もしかして仕事を丸投げしたことを怒っているのか?
……いや、あの人のことだ。
たぶん半分以上は、ただのいたずら心だろう。
カメラは持ってきている。
いっそ配信でもするかー、と一瞬考える。
でも街中だと一般人に撮影許可が必要だったはず。
そのあたりはあとでフラウさんに相談してみるか。
いずれは街中でも気軽に配信できるようになりたいなぁ。
なんて考えながら歩いていると、
「せなちゃん? 別府に来てくれたの!?」
突然名前を呼ばれた。
心臓が跳ねる。
びっくりして視線を向けると、道路の向こう側に何人かが立っている。
全員こっちを見ていた。
「温泉巡りにきたのかい?」
「金城お嬢さんの手伝いじゃないか?」
「歩きだと全部巡るのはきついぞー!」
矢継ぎ早に飛んでくる声。
オレはまだ何も答えてない。
えぇ? みんなコミュ力強すぎない??
「えっと……、金城さんに渡したいものがあるんだ!」
半ばやけくそで叫ぶ。
よし、言えたぞ!
オレ、ちゃんとレベルアップしてる!
「おつかいえらいねー!」
「さっきあっちで見たぞー」
「終わったらおいしいものでも食べな!」
一斉に返ってくる声。
本気で応援してくれているのがわかる。
みんな優しいな。
胸の奥が、じわりと熱くなった。
「えっと、ありがとう! おすすめの食べ物も教えてくれよな!」
声を張ると、さらに人が増えた。
近くを歩いていた人たちまでなぜか車道の向こう側へ駆けていく。
え、なんで?
こっち来るんじゃなくてあっちへ行くの?
戸惑っているうちになんとなく察する。
オレがコミュ障なのはすでにバレてる。
だから車道を挟めば安心して話せる、と。
ちょうどいい距離。
歩道の柵越しにみんなが手を振ってくる。
まるで檻の中にいる動物になった気分だ。
檻の中ポジションなら安全圏だな。
よしここからはアイドル営業タイム!
魔石を抱え直し片手でぶんぶん振る。
―――オレが来たからにはこの街は安心だからな!
声は出さない、出せると思ったか?
これ以上は勘弁してくれ。
ついでにそれっぽいポーズも決めてみる。
おお、と向こう側がどよめいた。
誰かが必死にオレを指さして何かを伝えようとしている。
なんだ? もっとやれって?
しょーがないな、大サービスだぞ?
その場で勢いよく一回転、その時。
「せなちゃん! 後ろに目当ての人がいるよー!」
回転の勢いのままその声が耳に飛び込んできた。
……後ろ?
意味を理解する前に、
「あら?」
すぐ頭上から落ち着いた声が降ってくる。
え? 何?
ゆっくり、ギギギと首を動かす。
背後を振り向いた、その先。
「あなた、せなさんではありませんこと?」
檻の内側――俺の目の前には、
金髪のライオンが、優雅に立っていた。




