第二章 落札後
屋敷に着くと、最初の指示が飛んだ。
「まずは風呂に入ってから着替えろ。話はそれからだ。服は用意してある」
黒服のひとりが無言で廊下の奥へ十人を案内した。長い廊下を歩く間、壁に飾られた絵画や剥製が目に入る。どれも趣味が悪い。
浴室の扉が開いた瞬間、全員の足が止まった。
「……え、でっか」
ななが、思わず声を漏らした。
「……お風呂、広い」
いぶきの髪に混じる葉が、湯気に触れてわずかに揺れた。
ひなたが、その葉を覗き込んだ。
「いぶき、葉っぱちょっと元気になってない?」
「……なってない」
「さっきより緑だよ?」
「湯気のせい」
「葉っぱはそう言ってないよ」
いぶきは自分の髪に混じる葉を見て、黙った。
銭湯どころではなかった。大理石の浴槽が部屋の中央に鎮座し、湯気が天井まで立ち昇っている。タオルが山積みになり、シャンプーやボディソープが棚に並んでいた。
「ひなたちゃんって、こういうでっかいお風呂見ても絵にしたくなる?」
「ちょっとなるかも」
「分かる」
その横には十人分の着替えが用意されていた。
「着替えはこちらに。終わりましたら先ほどのホールへお越しください。ボスがお待ちです」
それだけ言い残して、黒服は扉を閉めた。鍵の音はしない。
汐見セレネが、浴室を覗き込んだまま小さく呟いた。
「……これ、ほんとに入って大丈夫なのかな」
天羽ゆいが、そんなセレネへ穏やかに声をかける。
「何かあったら私も一緒よ。今は温まっておきましょ」
「……うん」
その横で、りんは浴室の奥を睨んだ。
「……罠だろ」
せなも扉へ視線を戻す。
「鍵かけてないのも気持ち悪い。逃げるなら今のうち?」
「だったら今すぐ出りゃいいだろ。こんなとこ――」
「りん。待って。まず状況を整理しましょ」
ゆいに止められると、りんの勢いが鈍った。
「……ゆいがそう言うなら、ちょっとだけ待つ」
「ちょっとだけ?」
「……ちゃんと待つ」
さっきまで誰に対しても噛みつきそうだった声が、ゆいに呼ばれた途端だけ少し小さくなった。
せなが一瞬だけ横目で見る。
「……そこだけ素直なんだ」
「うるせー」
声を荒らげるでもなく、自然と全員を落ち着かせる。
ゆいには、誰でもつい頼りたくなるようなお姉さんらしさがあった。
十人は警戒しながらも指示に従い、入浴と着替えを済ませた。
「……せな」
「なに」
「……ううん。いるかなって」
「いるでしょ。隣に」
「……うん」
広間へ戻ると、十人は横一列に並ばされた。
テーブルの上には、オークション会場で使われていた落札資料が置かれている。
十人の写真。その横に、落札価格。
りんが露骨に顔をしかめた。
「それ、わざわざ見せる必要あんの?」
オーナーは即答した。
「ある」
資料の上に、今度は十枚の白紙のカードが置かれた。
書かれているのは名前と、まだゼロの数字だけだった。
「買った時点では、お前たちは十人まとめて一つの商品だった」
誰も口を挟まない。
「ここからは別々に価値を出してもらう」
「何を価値とするかは、こちらで決める」
そこで初めて、配信者として競わせることを告げられる。
十人の間に、戸惑いが広がった。
配信という文化を知らないわけではない。居留地にもネットは通っている。せなはゲームをやり込み、りんや久遠るるは歌い、ひなたは絵を描く。セレネは声色を自在に変え、御堂つみきは映像や音を扱い、白河みことやいぶきも自分の手で物を作ってきた。
だが、それはこれまで自分たちの生活や趣味の中にあったものだ。
居留地の場所や希少種の素性を不用意に外へ晒さないことは、そこで暮らす者にとって半ば常識だった。自分自身を前面に出し、不特定多数の視線を集め続ける配信活動を本格的に経験した者はいない。
それを今から、命を賭けた競争に使えと言われている。
・全員が新規の個別チャンネルを持つこと
・登録者数は全員ゼロから開始すること
・内容は各自の得意分野で決めてよいこと
・最初のノルマは登録者一万人
・期限は1か月
条件は同じだった。
配信経験のない十人が、同じ設備を与えられ、同じ日から始める。
評価に使われる数字は、売上でも再生時間でもない。
登録者数。
「再生された回数は見ない。一度見られただけでは意味がない」
「一万人に『次も見たい』と思わせろ。それが最初の基準だ」
そして達成できなかった者は「切り捨てる」。
何が起きるのかと問われても、答えは返ってこない。
「それはお前たちが知る必要はない」




