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LOT 47  作者: 千代子
本編

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第一章 夜市

最初に戻ってきたのは、光ではなく音だった。


低いざわめき。


硬いものが触れ合う音。


そして、聞き慣れない男たちの声。


七尾ななおひなたは、ゆっくり目を開いた。


暗い。


床に横たわった七本の尾が、重なるように身体の周りへ集まっている。艶やかな黒い毛並みは、薄暗い照明さえ青紫に弾いていた。


「……せな?」


隣に白い影があった。


御影みかげせなは、すでに目を覚ましていた。光の薄い場所では、白銀の髪も二本の尾も、その輪郭の端から床の影へ滲んで見える。


「いる」


短い返事だった。


その声を聞いた途端、ひなたの七本の尾のうち一本がするりと伸びた。


本人が意識するより先に、せなの足元へ落ちた影へ重なる。


せなが視線だけを落とした。


「……またそれ」


「え?」


「なんでもない」


周囲を見回す。


見覚えのある顔が、暗がりの中にいくつもあった。


全員いる。


それだけを確かめて、一瞬だけ胸が緩む。


すぐに、それがおかしいことに気づいた。


最後に覚えているのは、月に一度の外出日の帰りだった。


人間社会から距離を置き、希少種たちが人目を避けて暮らす居留地。外からは半ば伝説めいて「隠れ里」と呼ばれることもある、その場所へ戻る車の中。


そこまでは覚えている。


その先がない。


「ここ……どこ?」


返事の代わりに、正面で何かが動いた。


黒い布。


いや、幕だった。


左右へ引かれていく。


眩しい光が雪崩れ込んだ。


ひなたは反射的に目を細める。


その向こうにあったのは、知らない顔ばかりだった。


階段状に並んだ客席。


酒を片手に座る者。


無言で手元の端末を操作する者。


こちらを指差して笑う者。


何十、何百という視線が、鉄格子の内側へ向けられている。


せなが客席を睨んだ。


「……なに、あいつら。気持ち悪い目してる」


ひなたはそこで初めて、自分たちを囲んでいるものが檻だと理解した。


ステージ脇の巨大な表示板に文字が浮かぶ。


LOT 47


その下に、十人分の簡素な情報が並んでいた。


種族。


身体的特徴。


推定希少度。


ひなたは自分の欄を見つけた。


九尾狐/現尾数七/市場価値S


それだけだった。


名前すらない。


居留地では、七本の尾も、妖精の羽も、雪女の低い体温も、ことさらに見世物にはならなかった。


種族も性質も違う者たちが、同じ場所で暮らしている。


ただ、それだけのことだった。


外の世界では違う。


希少種の存在自体は知られている。それでも居留地が場所と住人の情報を極力伏せてきたのは、「保護」や「研究」という言葉の裏側で、彼らを蒐集品として見る者がいることも知っていたからだ。


今、その警戒が目の前で値札になっていた。


客席正面の男が立ち上がる。


「今夜の最終ロットです」


よく通る声だった。


熱狂を煽るような叫びではない。むしろ事務的なほど落ち着いている。


「同一居留地より確保された十個体。種族、形質ともに重複なし。市場での流通例がほぼ確認されていない個体を複数含みます」


ひなたの尾が一斉に身体へ寄った。


同一居留地。


確保。


十個体。


自分たちについて話しているはずなのに、人へ使う言葉には聞こえなかった。


表示板の下部に数字が現れる。


BIDDING OPEN


直後、金額が跳ねた。


一度。


間を置かず、もう一度。


客席から声は上がらない。


端末を操作する指と、表示板の数字だけが動いている。


紅城べにしろりんが鉄格子へ一歩近づいた。


「おい。ふざけんなよ。誰が商品だ」


誰も答えない。


数字だけが上がる。


また上がる。


綺羅星きらぼしななの鎖骨に浮かんでいた七つの星紋から、淡い光がすっと引いた。


少し離れた場所では、深森みもりいぶきの灰色がかったオリーブ髪に混じる葉が、青緑から薄い青紫へ変わり始めていた。


「いぶき、葉っぱ……」


「……怖くない」


「まだ何も言ってないよ」


いぶきは黙った。


葉の青紫だけが、少し濃くなった。


やがて数字の動きが鈍る。


競売人が客席を見渡した。


「他には?」


誰も動かない。


その時だった。


最後列から、短い声が落ちた。


「一兆」


表示板の数字が止まった。


客席のざわめきも、同時に消えた。


一兆。


正確には、それに相当する資産。


ひなたには、その金額がどれほど異常なのか実感できなかった。


ただ、さっきまでこちらを眺めて笑っていた人間たちが、一斉に黙った。


それだけで十分だった。


会場の人間にとっては、勝負を終わらせる金額だった。


檻の中の十人にとっては、自分たち全員にまとめて付けられた値段だった。


誰がいくらなのかという区別すらない。


十人まとめて、一つの商品。


ひなたの黒い尾の一本が、もう一度せなの影へ深く重なる。


せなは何も言わなかった。


二本ある白い尾の片方だけが、ごく僅かにひなたの尾へ触れた。


競売人がもう一度、客席を見渡した。


「他に入札は?」


返事はない。


しばらくして木槌が鳴った。


十人は、その買い手に一括で落札された。


落札者――のちに屋敷のオーナーとなる人物は、支払いの手続きを済ませた。


競売人が落札証明を確認する。


「十名、一括でのお引き渡しとなります。以後の用途について、当方は関知いたしません」


返事は短かった。


「それでいい」


十人それぞれの資料が渡る。


オーナーの視線が、一枚ずつ落ちていく。


種族。


外見的特徴。


得意分野。


性格についての簡単な記録。


最後に、十人全員が写った一覧へ戻った。


「同じ条件に置いた方が、違いはよく分かる」


「条件が違えば、結果に言い訳ができるからな」


何の違いを見ようとしているのか、競売人は尋ねなかった。


十人はそのまま屋敷へ連れて行かれた。

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