第十一章 勝者
みことは応接室へ通された。
革張りのソファ。
テーブルにはティーカップが置かれ、湯気が立っている。
別館とは対極の、静かで高級な空間だった。
その隣には、深くフードを被った小柄な人物が立っていた。
みことは一度だけ視線を向けた。
「……私に何か御用ですか?」
「おめでとう。君が勝者だ」
みことの笑みが、一瞬だけ固まる。
「……勝者、ですか」
「ああ。十分に元は取れた。君を自由にする」
みことは、その言葉の意味をすぐには測れなかった。
一兆。
通常の配信収益だけを考えれば、到底釣り合う額ではない。
ならば「元」という言葉が指しているものは、金だけではないのかもしれない。
けれど、そこを尋ねる気にはなれなかった。
「……自由?」
「文字通りの自由だ。生きていくのに不自由しない金を渡す。あとは好きにするといい。口外は厳禁だがね」
みことはティーカップへ手を伸ばした。
「確認させてください。本当に、このまま帰れるんですか?」
「ああ。勝者に提示した条件を後から変えるつもりはない」
その言葉で、みことの表情が変わった。
「……他の九人は?」
返事はない。
「一つ聞いてもいいですか」
「何だ」
「七尾ひなた。最初に脱落した子。あの子は今どこに?」
「本当に知りたいのか?」
みことは黙った。
聞かなければ帰れる。
それでも視線を逸らさなかった。
「……知りたいです」
隣のフード姿へ視線が向く。
「せな」
みことの表情が止まった。
「……せな?」
「顔を見せろ」
フードが外れる。
白から銀白へ溶ける髪。
御影せなだった。
しかし、みことの記憶にあるせなとは違う。
命令を待つように立っている。
「せな……なんでここにいるの」
せなは答えない。
「教えてやれ」
「……私は、負けた」
そこから、せなは途切れ途切れに話した。
第一ノルマに届かなかったこと。
りんと一緒に別室へ連れて行かれたこと。
二人のうち、どちらを助けるか選ばされたこと。
そして、自分を選んだこと。
「……りんは?」
「別館に連れていかれた」
「それで、せなだけ残った?」
「……そのあと、『何でもするよな』って聞かれた」
「答えたの?」
「……うん」
「何て?」
「『何でもするから、あっちには行きたくない』って」
みことは言葉を失った。
せなは自分で選んだ。
だが、それを自由な選択と呼べる状況ではなかった。
「今は?」
「……言うことを聞く」
それ以上は話さなかった。
みことは向かいの人物を見る。
「ひなたは?」
「見たいと言ったのは君だ」
部下へ合図が送られる。
しばらくして、ひなたが連れてこられた。
みことは立ち上がった。
「……ひなた?」
以前とはまるで違う。
七本あった尾は三本まで減っていた。残った黒も煤けた灰黒へ近づき、かつての艶はほとんどない。
目はほとんど周囲を追わない。
長期間の拘束と投薬で、会話も難しくなっていることが一目で分かった。
ただ、せなが近くを通った瞬間だけ。
ひなたの指先が動く。
何かを掴もうとしたのか。
床に線を描こうとしただけなのか。
みことには分からなかった。
「……これが、脱落?」
「ああ」
みことはひなたを見る。
そして、せなを見る。
勝者と敗者。
同じ十人だったはずなのに、もう立っている場所が違う。
「……確認させてください」
声が低くなる。
「本当に自由なんですね。五体満足で外に出て、口外しない。それだけ?」
「条件は変えない」
みことは考えた。
助けられるか。
交渉できるか。
ここで拒否する意味はあるか。
答えはすぐに出た。
「……分かりました。出ていきます。金も受け取ります。口外もしません」
小切手が差し出される。
みことは受け取った。
今だけは違う。
出ていくか、残るか。
最後の選択だけは、自分で決められる。
ドアへ向かう途中で、みことは足を止めた。
「……あの子たち、生きてるんですか」
オーナーは隣のフード姿へ目を向けた。
「せな。」
名前を呼ばれたせなが、低く答えた。
「……生きてる。全員、別館にいる」
「……そう」
それ以上、何も言えなかった。
黒服に促されて応接室を出る。
背後から声が届く。
「なかなか、楽しめたよ」
みことは振り返らなかった。
そのまま屋敷を去った。
せなは再びフードを被り、元の位置へ戻った。




