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LOT 47  作者: 千代子
本編

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第十二章 エピローグ

一か月が過ぎた。


外の世界は何事もなかったかのように回り続けている。


電車が走る。

店が開く。

配信者たちは今日も数字を競っている。


人間社会は全貌を知らない。


山奥の屋敷で、本当は何が起きたのか。


けれど、居留地だけは知っていた。


外出日に里を出た十人が、そのまま一人も戻らなかったことを。

誰がいなくなったのかも、最後にどこへ向かったのかも、正確に記録されている。


捜さなかったわけではない。


捜せなかった。


人間社会の警察へ届け出れば、事情を説明しなければならない。

十人がどこから来たのか。

なぜ異なる希少種が同じ場所で暮らしていたのか。

そして、居留地がどこにあるのか。


一度でも表へ出れば、十人だけの問題では済まない。

残された住民すべてを危険に晒すことになる。


里を守るために、里は沈黙するしかなかった。


帰りを待ちながら。


みことは本当に帰れた。


金を受け取り、五体満足で日常へ戻った。


誰にも時間を指定されない。

配信しなくてもいい。

数字を確認しなくても、何も起きない。


その当たり前に慣れるまで、時間がかかった。


みことは屋敷で与えられたチャンネルを閉じなかった。


最初の数日は、配信画面を開くだけだった。

開始ボタンを押さず、サムネイルと登録者数を眺めて閉じる。


やがて、一度だけ配信を始めた。


誰にも命令されていない。

ノルマもない。

途中でやめても、扉が開くことはない。


それなのに、カメラの前へ座ると少しだけ呼吸が整った。

模型へ手を伸ばし、以前と同じように作業を始める。


強制されていたものだった。

でも、自分の意思で自由にできるものになった途端、手放すことができなかった。


配信はその後も、途切れ途切れに続いた。


戻れば何ができたのか。


何度考えても、答えは同じだった。


あの場で残ったところで、誰も救えなかった。

自分まで敗者になっただけだ。


だから、出たことを後悔しているわけではない。


ただ、正しかったと思うことと、忘れられることは別だった。


眠れない夜が増えた。


目を閉じると、暗闇の奥にモニターの光が浮かぶ。


一万人。


十万人。


二十五万人。


数字の向こう側に、消えていった仲間の顔が重なる。


眠りに落ちても、何度も目が覚めた。


時計を見る。


まだ二時間しか経っていない。


やがて、眠るための薬が枕元に置かれるようになった。


朝になると、窓の内側に薄い霜が張っていることもあった。屋敷ではほとんど見せなかった雪女の性質が、安全な場所へ戻ってから制御を外れ始めていた。


決められた量だけ。


空になりかけたシートを見ると落ち着かない。


翌日の予定より先に、残りの錠数を数える。


一錠。


二錠。


三錠。


屋敷を出ても、数字を数える癖だけは消えなかった。


ある日。


駅の向こう側に、白銀の髪が見えた。


「……せな?」


人混みを抜ける。


姿はすぐに消えた。


別の日には、交差点の向こうに灰色がかったオリーブの髪が見えた。


一歩、追いかける。


角を曲がる。


誰もいない。


分かっている。


あの屋敷にいる。


ここにいるはずがない。


それでも、足は勝手に動いた。


少し先に、艶のある黒い尾が何本も揺れたように見えた。


「……七尾……ひなた?」


小さな影が、人混みの向こうへ消える。


みことは追いかけた。


一歩。


もう一歩。


「待って」


足が速くなる。


けれど、途中で止まった。


息が切れていた。


周囲を見回す。


誰もいない。


ひなたも。


せなも。


いぶきも。


最初から、誰もいなかった。


みことはその場に立ち尽くした。


しばらく、動けなかった。


死にたいわけではない。


今でも、生きたいと思っている。


そして、ある日。


白河みことの配信予定から、すべての枠が消えた。


告知はなかった。


最後の配信でも、やめるとは言っていない。

最後の投稿にも、理由は書かれていなかった。


それ以降。


白河みことのチャンネルが更新されることはなかった。


一方、屋敷には敗者たちが残っている。


ひなた。

りん。

なな。

セレネ。

ゆい。

るる。

つみき。

いぶき。


そして、せな。


別館。


八つの部屋が廊下に沿って並んでいる。


紅城りん。


以前ほど大声を出すことはない。

それでも誰かが近づけば、細い竜尾だけが僅かに動いた。


綺羅星なな。


明るく人懐っこかった声はほとんど聞こえない。

鎖骨から肩へ連なる北斗七星の星紋も、今はほとんど光を失っている。

ごく稀に、誰かの声が近くで聞こえた時だけ、七つのうち一つが弱く瞬く。


少し遅れて、隣の星がもう一つ。


御堂つみき。


静かな部屋で目を閉じている。

目を開けるたび、まず周囲を確かめるように視線を動かした。機械音がすると、ごく僅かに耳がそちらへ向く。


天羽ゆい。


淡い金と薄紫だった羽は力なく垂れ、薄紫側の濁った色が金側へ広がっている。

物音がすると、ときどき顔を上げる。

りんの声を探しているようにも見えた。


汐見セレネ。


以前のような大声は出さない。

耳の後ろの青銀の鱗も光を返さない。それでも何か納得できないことがあると、眉だけは僅かに寄った。


深森いぶき。


部屋は相変わらず散らかっていた。

髪に混じる葉だけは、今もわずかに色を変えている。

何を感じているのかを、その色だけが伝えている。


けれど、それを見て「怒ってる」と笑う相手はもういない。


久遠るる。


食事が運ばれた時だけ、ほんの少し反応が変わる。吸血鬼向けの飲み物が置かれると、ほとんど動かなかった視線が一度だけそちらへ向いた。

生きるための本能だけは、まだ身体に残っているようだった。

ごく稀に小さく歌を口ずさんだ。低い普段の声から一瞬だけ澄んだ高音が覗き、かつて歌っていた頃の響きだけがまだ残っていた。


モニタールーム。


オーナーが座っている。


並ぶモニター。


八人分の映像。

八人分の数字。


その横に、せなが立っていた。


そして、別館の最奥。


最も長くそこにいた少女。


七尾ひなた。


以前のように会話することは、ほとんどできない。


七本あった尾は三本。

そのうち二本は床に落ちたまま、ほとんど動かない。


残る一本も、普段は力なく身体のそばに横たわっていた。


誰かが近づいても動かない。

扉が開いても動かない。

名前を呼ばれても、ほとんど反応しない。

床をなぞる動作は、いつからか止まっていた。


椅子が鳴る。


少し離れた場所で、せなが顔を上げた。


その時だけ。


一本の尾の先が、ほんの僅かに持ち上がった。


迷うように揺れてから、光の薄い床の、暗がりの側へ向かって、ゆっくりと伸びていく。


視線も、椅子の音がした方へ、ほんのわずかにずれる。


「……せ……」


音はそこで途切れた。


せなは何も言わない。


その一本だけが、まだ覚えていた。

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