↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LOT 47  作者: 千代子
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/13

第十章 最終ノルマ――二十五万人

第二ノルマが終わった直後、四人のモニターに新しい通知が届いた。


残ったのは、


・001 るる

・003 みこと

・004 いぶき

・007 つみき


の四人。


なな、セレネ、ゆいの配信は既に止まっている。


それまで七人いたはずの空間から三人分の気配が消えていた。妙に静かだった。


誰も、その三人がどこへ連れて行かれたのかを知らない。


ただ、戻ってきていない。


その事実だけが、四人の部屋に重く残っていた。


やがてスピーカーが鳴る。


「ノルマクリアおめでとう。次が最後だ。誰よりも早く二十五万人の登録者を達成しろ。期日はない」


最後は(・・・)一人でいい(・・・・・)


四人が同時にモニターを見た。


みことは椅子に座ったまま、通知を読み返した。

机の下では指先がゆっくりと握り込まれていた。


つみきが自室で呟いた。


「二十五万人……」


いぶきはベッドの上から体を起こし、画面を見た。

青緑から深い紫へ沈む。


「一人だけ、なんだ」


るるは001号室で、しばらく通知を見つめていた。


「……期日がない方が、怖い」


誰に向けた言葉でもなかった。


最初に屋敷へ来た時、十人は一兆で買われた一つの「商品」だった。


そして最後には、その数字さえ一人分しか残らない。




最終ノルマ開始直後


最初に配信予定表を書き換えたのはみことだった。


週三。


その横に、配信枠を二つ足す。


深夜帯にも一つ。


模型制作中心だった予定表に、雑談と視聴者参加型の企画が増えていく。


みことは完成した予定を一度見て、すぐ次の配信準備を始めた。


「今日も来てくれてありがとうございます。まだまだ付き合ってくださいね」


『このペースなら25万いけそう』

『みことさん余裕ありそうだな』

『最後までこのまま行けそう』


「ありがとうございます。でも、まだ途中ですよ」


画面にはいつもの笑顔。


だが配信終了後、その笑顔はすぐに消える。


モニターの数字を確認する。


また確認する。


一度閉じた画面を、数分後にもう一度開く。


数字が増えているかどうかを確認せずにはいられなくなっていた。


つみきは、みこととは違う方法を選んだ。


「毎日ずっと配信しても、伸び方には限界がある。体調崩したらそれで終わりだし」


通常配信だけで積み上げるのではなく、配信外でも広がるものを作る。


オリジナル曲。


短い動画。


切り抜きに使える素材。


『これ一人で作ってるの?』

『編集ちゃんとしてる』

『配信より裏方能力高くない?』


「“配信より”は余計だから!」


作業の手は止めずに返す。


書き出しを開始する。


残り時間、47分。


つみきはその表示を見たあと、登録者数の画面を開いた。


また制作画面へ戻る。


残り46分。


「……長い」


普段なら気にも留めない待ち時間だった。


他の三人は、その間も配信できる。


それでもキャンセルは押さなかった。


いぶきも自分の得意分野を使った。


004号室はもはや、本人以外には何がどこにあるのか分からない状態だった。


それでもいぶきは迷わない。床に積まれた資料の山から必要な紙だけを抜き、ベッド脇の箱から機材を取り出す。


「……ちゃんと分かる場所に置いてる」


誰に言い訳するでもなく、そう呟いた。


短いアニメーションに自作の3Dモデルを組み合わせ、新しい見せ方を試す。


完成したモデルが短いアニメーションの中で狙い通りに動いた瞬間、いぶきの葉が黄色から明るい黄緑へ変わった。

自分の作ったものがうまくハマった時だけは、計算より先に嬉しさが出る。


『葉っぱめっちゃ明るくなった』

『本人より葉っぱの方が喜んでる』

『こういうのもっと見たい』


「……本人も喜んでる」


少し間を置いてから、いつもの調子で続ける。


「同じことだけやってても、増えない」


コメント数。

同時接続数。

登録増加数。


三つの画面を順番に見る。


少しして、もう一度最初へ戻った。


るるの予定表だけは、ほとんど変わらなかった。


週二回。


歌枠中心。


空いた日に、新しい枠を足そうとして。


やめる。


「……増やして崩れるなら、意味ない」


予定表を閉じた。

雑談では低く眠たげな声のままなのに、歌へ入った瞬間だけ澄んだ高音へ切り替わり、空気が変わる。

そのギャップと表現力こそが、るるの一番強い武器だった。


『歌始まると空気変わるの好き』

『配信増やさないの? もっとやれば伸びそう』


「……増やして崩れるなら、今のままでいい」


みこと、つみき、いぶきが次々と方法を変える中でも、るるだけは自分のペースを維持した。


「……焦る理由がない」


暇があれば温かい飲み物を少しずつ口にし、呼吸と喉の調子を整える。それがるるなりのペースの戻し方だった。


カメラを切ったあと、壁に背を預けて天井を見る。


だが、本当に焦っていないわけではなかった。


ひなた。


せな。


りん。


なな。


セレネ。


ゆい。


姿を消した者たち。


脱落した後に何が起きるのか、その答えだけはまだ与えられていない。


るるが恐れていたのは数字そのものではない。


数字の向こう側だった。




数日後


みことは十九万人。


午前三時。喉が痛い。声も少し枯れている。

それでもみことは椅子から立たない。


「……遅い」


更新。


十九万人。


もう一度。


変わらない。


机の縁が白く曇っていく。


「……あと六万」


十九万人まで来たことではなく、足りない六万人だけを見ていた。


つみきは制作の比重をさらに増やしていた。


これが伸びれば、まだ追いつける。

これが伸びなければ、費やした数時間は数字にならない。


投稿。


ボタンを押したあとも、すぐには画面を閉じなかった。


制作画面。

登録者数。

また制作画面。


視線だけが往復した。


いぶきはタイトルを変えた。


十分後、戻した。


配信時間を変える。

サムネイルを変える。


また戻した。


髪に混じる葉が、赤からオレンジへ濁っていく。


「……何が足りないの」


部屋の散らかりだけは、以前と変わらなかった。


るるは予定を変えなかった。


少なくとも、その日の夕方までは。


新しい配信枠を一つ追加する。


しばらく見つめる。


削除する。


もう一度追加する。


「……焦って変なことした方が負ける」


自分に言い聞かせるように呟いた。


結局、その枠は残った。




二週間後


最終ノルマ開始から二週間。


ついに決した。


みことの登録者数が二十五万人を突破する。


モニターに数字が表示された瞬間、みことはしばらく動かなかった。


目の前の数字を一度見る。


もう一度見る。


「……超えた」


小さな声だった。


配信中なら、もっと大きな反応をしていたかもしれない。


だが、その瞬間だけは笑顔を作る余裕がなかった。


安堵が先に来た。


終わった。


自分は勝った。


少なくとも、そのはずだった。


少し遅れて、各部屋のモニターに結果が表示される。


勝者:003みこと。登録者二十五万人達成


つみきの手が止まった。


制作ソフトの再生位置を示すバーだけが動き続けている。


つみきは画面を見たまま、しばらく何も言わなかった。


やがて大きく息を吸う。


「……いや、ちょっと待って。まだ保存してないんだけど!」


最後まで気にしたのは、開きっぱなしの制作データだった。


いつもの落ち着いた声より、ずっと大きかった。


いぶきの配信画面にも同じ通知が出た。


いぶきはコメント欄を見ていた視線を、ゆっくり通知へ移した。

鮮やかだった葉の色が一気に沈み、青から深い紫へ変わっていく。


何も言わなくても、敗北を理解したことだけは分かった。


いぶきは散らかった床を見下ろした。


ひなたなら、きっと最後まで『片づけなよ』と言っただろう。


「……片づける時間、なかったな」


いつもと同じ、感情が薄いように聞こえる声だった。


けれど葉だけは、もう何も隠していなかった。


るるのモニターにも通知が届く。


「……決まったんだ」


平坦な声。


だが、マウスを握る指先だけが震えていた。


部下が担架を持って各配信部屋に入る。いぶきは配信中だった。カメラの前で3Dモデルを動かしていた灰オリーブ髪の身体が、突然引き倒された。つみきは抱き枕を抱えたまま抵抗した。だが数人で押さえつけられれば意味がない。るるは椅子に座ったまま動かなかった。部下が両脇を抱えても、足が床を離れただけで暴れなかった。暗い赤紫の瞳が天井を見つめていた。


みことだけが、別の場所へ案内された。

応接室。


同じ屋敷の中なのに、それまでとはまるで違う空間だった。


そこでみことは初めて、「勝者」が何を意味するのかを聞くことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。