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神の怒り

「なぜ、あなたがここに」


驚きのあまり声が震えた。

神出鬼没なその姿に、驚きすぎてそれ以上何も言葉が出てこない。


「…………」


神は、何も答えない。


美しい微笑みを湛えたまま、こちらを、見つめている。


神秘的な黄金色の瞳、その中心にある黒い瞳孔が、真っ直ぐにエリザの姿を捕らえていた。


重い沈黙が落ちた。


「あ、の……」


エリザは不安のあまり何か言おうとしたが、言葉が出てこない。

神はゆっくりと立ち上がり、エリザを見下ろした。

そして、エリザの手を掬い上げ、まじまじと見つめる。

ひりつくような怒気を感じる。

今まさに神は、エリザを、エリザだけを見つめていた。






「僕は、」






やがて、ぽつりと呟く。







「君の自由を奪うつもりはなかった」







独白じみた告白。

エリザの反応など見ていないかのように、静かに語り始める。



「何度生まれ変わっても、輝き続ける君の魂に触れるつもりはなかった」



懐かしいものを思い出すような表情。

焦がれるような、愛おしいものを想うような熱を孕んでいる、その瞳。



「誰よりも気高く、真っ直ぐに生きる君を僕は、見守るだけで良かった。……本当だ」



悩ましい表情を浮かべ、神は訥々と話す。

伏せたまつ毛が、白い顔に影を落とした。




「…………でも、」



金色の瞳がこちらを、見た


とても優しげに、神が笑う。









「気が変わった」










その瞬間。







ビシリ、と嫌な音が鼓膜を揺らした。



それは周囲の空気が何か、異質なものに変容してしまったような薄寒さがあった。


「開かない……?」


エリザは反射的に馬車の扉に手をかけたが、先ほどまで簡単に捻れたドアノブが鋼鉄のように動かない。

それは、閉じられているというよりも、まるで……エリザの目の前の物全てがハリボテになってしまったかのような不気味な感覚があった。





「ダメじゃないか、エリザ」





神の手が、エリザの頬を撫でる。

その指の冷たさに、エリザは思わず身じろいだ。






「君は、僕のものなのに」






黄金の瞳が妖しく輝く。









「こんなにも、他の神の気配を纏わせるなんて」





エリザの耳元で、神が囁いた。

わけがわからず、とにかく何かを言わなければと口を開くが、混乱する頭からは言葉が出てこない。


その瞬間、トンと軽く肩を押され、エリザは後ろによろめいた。

どさりと倒れ込んだエリザの身体を、柔らかなシーツが包み込む。


「え……?」


気がつけば、豪奢な広い寝室のベッドの上にエリザはいた。


おかしい、おかしい


ぐるん、と世界が回る。

何かが落ちる音がした、手の中にあった髪飾りが、転がる音だ。

眩暈がする。エリザは突然全てが非日常に変わってしまったことに慄き、とにかく何か情報を得たくて周りを見まわした。


自らの目が節穴になってしまったかのように、まるで目の前のもの全てが夢現。


白いレースの天蓋が、外の世界からエリザを隠してしまう。

薄い布一枚に隔てられた広いベッドの上で、目の前の神だけがエリザを見下ろしていた。

神々しい金色の瞳が、溶け落ちそうなまでに甘くエリザを見つめている。

上体だけを起こしたエリザは震える両手でシーツを掴み、じりじりと後ずさった。



「逃げないで、僕を見て、エリザ」



壊れ物を扱うように、そっとエリザの手首を神の手が掴んだ。

ゆっくりとした仕草でエリザの手を引き寄せ、祈るように手のひらにキスを落とす。


「君が、僕をこうしたんだ」


こちらを流し見る瞳が、エリザを捕らえて離さない。

人成らざる者のごとく、恐ろしいほど美しい姿が、エリザの知らない罪を責め立てる。






「君が、僕を変えてしまった」







泥のように深く重い黄金色が、エリザを見つめていた。



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