私こそがあの方にふさわしい
いつの間にか、エリザはもう18歳になっていた。
あれからというもの、一途に神を追い続けてきたが、成果は未だ無く。
この世のものとは思えない美しさの神相手である。
エリザと同じように美しい神に懸想する女は絶えず、けれどエリザの焦がれる神は浮いた話ひとつ聞かないまま。
神は相変わらず、パーティーでは楽しそうに人間たちと過ごし、飽きては姿を消す。
「私こそが、あの方の花嫁にふさわしいに違いないのに……!」
けれど、エリザは聖女ではなかった。
そもそも、聖女など何百年に一度現れるかどうかの稀有な存在だ。
エリザは高貴な生まれではあるが、特別な力などは持ちえなかった。
眉唾物のまじないや、呪具などを買い漁ったこともあるが、聖なる力など芽生えはしなかった。
けれどもエリザは諦めの悪い女だった。そして、大層な自信家だった。
高貴な生まれで、母が亡き後、相変わらずわがまま放題に育てられたのである。
エリザは聖女では無かったが、それを凌ぐほどの美しさや、気品がそなわっている。
気が強すぎる性格は玉に瑕ではあるものの、母譲りの艶のある長い銀色の髪に、薄紫色の瞳は周囲からよく褒められた。
であればこそ、いつかは神様がエリザの魅力に気がつき、振り向くだろう。
そう信じていた。
だからこそ、エリザは何年も、何年も、神が現れそうなパーティや舞踏会に足を運んだ。
神は気まぐれで、現れない日も多い。神の姿を見つければ、エリザは瞳を喜びに輝かせた。
艶めく黒髪、背筋の通った立ち姿、彫刻のように整った顔立ち。
周りの男たちなど目に入らない。エリザには神の周囲だけがキラキラと輝いて見えた。
まるであの日の夜に見た、神秘的な光の粒のように、エリザの目には神の姿だけが一際光って見えるのだ。これが、恋の力だった。
「神様、お会いしたかったですわ!」
何時間もかけて着飾った姿を、最大限によく見せようとエリザはにっこりと計算した角度で微笑んだ。丁寧に編み込んだ銀髪がくるりと揺れる。
「やあ、エリザ」
神はのらりくらりと微笑んで、エリザの心を弄ぶ。
黒い礼服をかっちりと着込んだ彼は、グラスを軽く掲げ、こちらを振り仰いだ。
その金の瞳がエリザを見れば、たちまちエリザの心臓が早鐘を打ち始める。
長い階段の上から優雅に見えるよう注意を払いつつ、エリザは急く気持ちを堪えて神の隣へ歩み寄った。
エリザはニッコリと微笑み、はしたなくも他の女たちを押しのけては、美しい神の隣をいつも陣取った。
そしてエリザは長い髪を掻き上げ勝ち誇った表情で周囲の女たちを牽制するのだ。
いつだって人の中心で楽しそうに談笑している彼は、エリザが隣を陣取っても拒みはしない。
蜂蜜色の瞳は甘く優しく、けれど、やはりどこか人ではないもののような厳かな美しさがあった。
柔和に細められたその目は、美しいエリザの姿を鏡のように映し出す。
「一月振りですね」
うっとりと頬を染め、エリザが神に声をかければ、神は片手を顎に当てて頷く。
「ああ、そうだったかもしれない」
「……そちらはお口に合いまして?」
美しい微笑みを意識しながら、エリザは神が持つグラスに視線を向ける。
「うん、ここの領地で取れた葡萄は酸味が弱くて、悪くないよ」
「では、私も同じものをいただきますわ」
「もう君はお酒が飲める歳だった?」
なんでもないことを尋ねるように神はエリザを見下ろした。
彼の問いに、思わずエリザは息を止めた。
「……この間、成人しましたわ」
一瞬だけ瞼をふせ、エリザは細く深呼吸をした。
そして、気を取り直してニッコリと微笑み返す。
「神様ったら、私の誕生パーティーに来てくださったじゃありませんの」
「ああ、あれは成人の誕生日だったっけ」
今度こそ、エリザは顔を引きつらせた。
じくじくと音を立てて傷ついていく心を、ひゅっと息を吸ってぐうと押し殺す。
次の瞬間には、神はもう他の話題に興味が移っていた。
────そう、神は拒まない。
「私と踊ってください」と請えば、「いいよ」と気まぐれに手を取る。
「街を一緒に歩きましょう」と誘えば、「どこへ行こうか」と気まぐれに付き合ってくれる。
「私のことは、エリザとお呼びください」と言えば、「分かった、そうしよう」と頷く。
「今度の私の誕生日パーティーに来てください」と頼めば、「ああ、楽しみにしているよ」と笑うのだ!
けれど、いつだって神から誘いかけてくることはない。
エリザと最後にいつ会ったかなんて覚えていない。
誕生日パーティーには約束通り参加してくれても、エリザの年齢など興味がない。
興味がないのは年齢だけじゃない。きっと何もかもだ。
「私はあなた様のことを何とお呼びしたら良いのでしょうか?」と尋ねれば、「好きに呼んでくれて構わないよ、皆は神様と呼ぶことが多いけれど」と微笑む。
彼の名を、誰も知らない。
エリザも、例外ではなかった。
だから、エリザも大衆と同じように、彼を「神様」と呼ぶしかない。
一歩踏み出しても、手を伸ばしても、まるで霧のように掴むことは出来はしない。
普通ならば、もう諦めるのだろう。
けれど、見苦しくもエリザはあがき続ける。
私は許されている、と。
嫌ならば、拒むだろう、と。
神がエリザを拒絶することは決してなかった。
だから、エリザは自分自身が神にとって特別になれると信じ続けていた。
敬虔な信徒のごとく、一途に思い続ければきっと、想いは届くと。
「私を花嫁にしてください」という願いはいつも、目を細めて微笑むだけだったけれど。
それには見ないふりをして。




