神という存在
青年が神と呼ばれる存在だと知ったのは、その後すぐのことだった。
最初は魔術師か何かだと思ったエリザは、すぐに父親に青年のことを尋ねたのだが、返ってきた答えに仰天した。
「金色の目に黒髪の青年、魔法が使える?ああ、神様だよ。それは」
「神様?」
「ああ、この国におわす神様だ。それがどうしたんだ」
「昨夜、お会いしたの」
「お会い……!?まさか、何か失礼を────」
公爵の顔がみるみるうちに青ざめて、エリザを見下ろした。立派な口髭をわなわなと震わせ、愛しいお転婆娘を縋る思いで見つめている。
対するエリザは、呆然としていた。
「…………あの方が、神様ですって?」
だって、これはエリザの正真正銘の初恋だった。
エリザの初恋の彼は神様だったのだ。
しかも、この国に現れて千年以上も経つという。
歴史の勉強で神の存在も、この国にいる神の存在も一応知ってはいたが、まさか、恋をするなどとは思うまい。
それからというもの、エリザは神についてとにかく勤勉に学んだ。
エリザの髪飾りを一瞬で魔法のように見つけ出したように、この世のものではない不思議な力を持っている神様。
神という存在は、追求すればするほどに多くの謎に満ちていた。
この世界には神々が実在していて、そして気まぐれに姿を現わす神もいれば、すぐに消える神もいる。
神は人間にほとんど干渉せず、自分が関わりたい時だけ関わってきて、飽きたら去っていく。時折、気まぐれに知恵を授けることもあるが、基本的に神は人間に何の要求もしなければ、何の助けもしない。例え国同士で戦争が起きても、一切の加担はせず、眺めている傍観者。
と、ここまでがこの世界における神全体の概要だ。
一度、天から降り立ったからといって、ずっとその国で過ごす訳わけでもなく、神というものは全くの自由だ。
けれど、エリザの国では、千年前からずっと姿を見せ続けている神がいる。それが、エリザの初恋だ。
この国で過ごしている神様については、更に分厚い文献が何万冊も残されていた。
エリザの初恋であるこの神については、主に明るく、優しく、陽気な性質と記されていて、やれどこどこの舞踏会に現れてにこにこと楽しんでいたやら、どこどこの祭りに現れたやら。楽しそうなところに出没しては、一緒に楽しんで去っていく。そのような内容がほとんどを占めていた。
逆に言えば、それ以外については、ほとんどが不明。
他の神同様、気がつけばそこにいて、気がつけば消えている。摩訶不思議な存在。
やはり神というものは謎に満ち満ちており、エリザにとっての収穫はたった一つ。
────その昔、神と恋に落ち、結ばれた人間が存在したということ。
その事例は非常に少ない上に、文献に残っている内容も極わずかしか書かれていない。
けれど、存在していたのだ。神と結ばれた人間は。
その書物を見つけた時、エリザは興奮のあまりベッドの上から飛び起きた。
「何よ!何よ!いるんじゃない!!やったわ!」
興奮で頬を赤く上気させエリザは書物を思い切り抱きしめた。本来なら国立図書館で厳重に保管しなければならない貴重な本の数々が、エリザの我儘により大量に部屋に積まれている。
エリザには書物の中の二人が、エリザの恋を応援しているように感じた。
エリザはもちろん、これまで父親にあの人の花嫁になりたいと何度も何度も駄々をこねたことがある。
しかし、相手は神だ。
この世のあらゆる権力をかき集めても、神を思い通りに動かすことなどできなかった。
父親はどんなものでもエリザが願えば、買い与えてくれた。けれど、どうしてもそれだけは思い通りにすることが叶わない。
「みんなして私を馬鹿にして……!見てなさい、私は絶対にあの方と結ばれるのだから」
しかし、上機嫌で読み進めていたエリザの顔が、見る見るうちに曇る。
これまで神と結ばれた者たちには、一つの共通点があった。
「…………聖女?」
時折、この世界には聖女という存在が現れる。
書物に記されていることが事実であるならば、不思議なことに、歴代の神の花嫁には聖女が選ばれていた。
聖女、人間で唯一特別な力を持つ者。
特別な存在。
────神に選ばれし者。
バンっと淑女らしからぬ乱暴さで、エリザは貴重な歴史書を閉じた。
「フンっ……何よ、聖女がなんだっていうのよ!こんなもの、読むだけ無駄だったわね!」
苛々しながらエリザは赤い唇を思い切りへの字に歪めた。先ほどまで抱きしめていた書物にプイと背を向けた。




