初恋
天上人と呼ばれる神と、人間が共存する世界。
神々は時折り気まぐれに人間の国に降り立っては、幻のように消える。
この国では、千年前に天から降り立ち、定住し始めた神がいた。
短く揃えられた美しい射干玉色の髪、神々しい黄金の瞳。
人好きのする笑顔を浮かべ、時折り人間たちのパーティに現れては、適当に過ごして音もなく消える
自由気ままな神のいる世界。
幼い頃に、その美しい神にエリザは一目惚れをした。
月の美しい夜だった。
大きな満月に照らされた美しい黒髪を、神々しい微笑みを、今も鮮明に覚えている。
その日、エリザは大切な髪飾りをバルコニーから中庭に落としてしまった。エリザは癇癪を起こした。わめきちらして使用人に髪飾りを探しに行かせたが、どうしても見つからなかった。
役立たずと使用人を罵って自分で探しに中庭へ向かったが、月明かりの中で探し続けても全然見つからない。
「どこよ!どこにいっちゃったのよ……っ」
いつもならば、代わりのものをねだって買い換えればいいと思うところを、あれは誕生日に母がエリザの瞳に似ていると選んでくれた宝物だった。
エリザの母は2年前に流行病で亡くなってしまった。
それから、父は際限なくエリザを甘やかして育てるようになったのだ。母が亡くなり、諌める者もおらず、我儘放題のエリザだったが、こればかりはどうしようもなかった。
だって、あの日あの場所で母がエリザのために選んでくれた宝石に、代わりは見つからない。いつだって我儘なエリザにも、それはよくわかっていた。
「泣かないで、お嬢さん」
頭上から、知らない声がしてビクリとする。探し物に夢中になるあまり、人が来ていることに気がつかなかった。
「ふ……っ、うぐ……何、よ……」
この上にもなく無様な姿を見られて、エリザは肩を強張らせる。
深呼吸をして、いつもの気高い自分を思い出し、エリザはピンと背筋を伸ばした。
顔を上げれば、この世のものとは思えない、美しい青年の姿がエリザの目に入った。
キラキラと月明かりに輝く黒髪と、美しい蜂蜜色の瞳がエリザを見下ろしている。
あまりの美しさに、エリザは驚いて声を失った。
「何か、僕に手伝えることはある?」
青年が目を細め、小首をかしげる。
エリザは気が付けば口を開いていた。
「かみ、」
「うん」
「かみ、かざり」
「うん?」
一瞬の間、青年は金色の瞳をきょろりと動かした。
「ああ。髪飾り」
納得したように青年は薄く微笑み、右手をそっとエリザの前に掲げた。
少し節くれだった白い指先が、ゆっくりと夜の闇を撫でる。
空中に何かの文字をえがくような動作。
一瞬のうちに青年の手元がパッとぼやけ、指先の輪郭が曖昧になる。
キラキラと蛍のような幾つかの光が瞬いては踊るように庭園を泳ぐ様は、まるでこの世のものとは思えないほど神秘的だった。
やがて、チカリと中庭の奥の茂みに、槍のように細い光が天まで灯った。
「探しものは、これ?」
やがてその指先が神秘的な色に煌めいた瞬間、その手の中にはエリザの探し求めていた髪飾りがあった。
「あ……!っ」
ぽろぽろと安堵で涙が溢れ出した。
嗚咽で何も言えないエリザに優しく微笑み、青年はゆっくり髪飾りを手渡した。
「よかったね」
目を細めて、青年はエリザの頭を優しく撫でた。
その日から、もうエリザにはあの人しか目に入らなくなってしまった。




