表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/7

娘3

 生きた人間には肉体があり精神があり、つまりは限界がある。

 日々蓄積した父からのストレスによって、私にとっての生きる支柱であった母は先に人生から脱落した。三人揃っている時は必ずリビングでご飯を食べるという父のルールへの当てつけかのように、母はリビングで大量の睡眠薬を口にして息絶えていた。


【恭一さん、もう疲れました。どうかあなたは地獄へ落ちてください。私とは違うあの世へ行って無限に苦しんでください。あなたが私達に与えた苦痛を存分に知って下さい】


 リビングに残された遺書の存在を父は知らない。たまたま体調不良で高校を早退し、死んだ母と遺書を見つけた私は咄嗟に遺書を自分の部屋に隠した。父がこれを見つければもみ消すに決まっている。世間体を気にし外面の良い父は、本性を知る私達からは信じられないぐらい評判が良かった。


【美希、苦しかったらお母さんの所に来なさい】


 遺書と共に残された私への最期の手紙に、私の心はぐしゃぐしゃになった。


”私は大丈夫よ。生きてる間だけが全てじゃないんだから”


 もっと早く気付くべきだった。

 母の中に支柱などなかった。母はとっくの昔から、この世に一切希望など持っていなかったのだ。




 どうして、なぜ、私は最低の夫だ。


 母の自殺に対して、父は私以外の人間の前で恥ずかしげもなく咽び泣いて見せた。

 開いた口が塞がらなかった。この世で最も滑稽な生き物を目にした。そして予想通り妻を亡くした悲痛な夫という姿は対外的なもので、私の前では一切涙など見せなかった。


「お前はこんな事するなよ」


 人間とは思えない冷たい視線だった。母の死に対して責任や良心の呵責など皆無で、むしろ恥晒し程度にしか思っていなかった。


 母の人生は、一体何だったのか。

 

 そこからの記憶は朧気だ。気付いた時には家を出て、寮に入って働ける工場の仕事で生計を立てる毎日を過ごしていた。


 あの家で、あの男の傍にいれば、いずれ私も母と同じ末路を辿ることになる。私は母のように死を選ぶ勇気も覚悟もなかったし、母には悪いが、あんな男に屈して人生から脱落するのは御免だった。抗うようにただ生きる事があの男へのささやかな復讐で抵抗だと思い生きてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ