娘2
猛暑を超える酷暑の季節、仕事を終え部屋に帰ると中は蒸し風呂どころではない地獄のような暑さで満たされていた。クーラーをつけてすぐに冷却しようとスイッチをつけたところで、僅かに漂う部屋の異臭に気が付いた。臭いの元を辿りクローゼットを開けると悪臭が強くなった。
どうやら順調らしい。酷暑もあって腐敗速度が増しているのだろう。残酷なまでの暑さにもこればかりは感謝しなければならない。私は満足してクローゼットを閉めた。
「どうしてこんな簡単なこともできないんだ?」
母と私がことあるごとに浴びてきた父の口癖。
家事、試験、母と私の私生活のあれこれに対して父が真っ先に出す言葉。
母から聞いた限り父は昔から優秀で、大学、会社もエリート街道まっしぐらな人間だった。だからこそ生活水準は高く立派な一軒家で、ただ生きるというだけであれば何不自由なく暮らすことができた。その代わり、家族という関係性において母と私は完全に父という独裁権力下の鎖でぎちぎちに縛り付けられていた。
父の期待、意図、思惑から外れる行動や思想は許されなかった。自分という規律や規則こそ全てと重んじ、それらが守れなかったり破られたりすると執拗に言葉で冷静に冷徹にじっくりと追い詰め責め立てられた。これならまだ一発殴られて終わりの方がましだったかもしれない。そう思う程には厳しく辛い環境だった。
「大丈夫よ美希。あなたは優秀よ。決して劣ってなんかない。だから絶対に自信を持ち続けて」
母は父がいない時、打ちのめされた私によくそう言ってくれた。ズタボロになった自尊心をぎりぎりで保ち続けられたのは間違いなく母のおかげだった。
母自身がどれほど傷ついているのかはよく分からなかった。ボロカスに言い捨てられ、父に頭を垂れ続けても、不思議と悲壮感は一切感じられなかった。
「私は大丈夫よ。生きてる間だけが全てじゃないんだから」
母に辛くないのかと聞いた時、返ってきた答えは正直よく分からないものだった。ただ、母の中に何か確固たる人生の支柱となるような答えがあるということだけはなんとなく分かった。




