5話 魔法塔主ユリスの回想-1
僕は人間に興味がない。
かつては違った。市井に降り、愚かにも人を運命から救おうとしたことがある。
だが——僕らにはできなかった。
人間は運命に従い、生きて死ぬ。
ただ、それだけだ。
僕は神の命に従い、恵みを与え、魂を浄化し、ときには王に道を示す。
弟のクロノスは、災厄と疫病を与え、魂を消滅させる。
何百年もの間、それを繰り返してきた。
……僕より、よほど優しいやつだ。
あいつは仕事をするたび、いつも苦しそうな顔をしていた。
最近、そんな弟の様子がおかしい。
妙に機嫌がいい日もあれば、
苛立っている日もある。
かと思えば、ひどく落ち込んでいる日もあった。
露骨に外界へ出る時間も増えている。
「ふふっ、クロノス様は恋でもされたのですかね?」
妙に上機嫌な弟を見て、塔の職員が冗談めかして笑った。
「恋……?」
弟が“闇に属する人間”が生まれるたび、猫の姿で外界へ降り、密かに見守っていたことは知っている。
(まさか……人間と?)
その日の夜。
僕は外界の映像を過去へ遡り、弟の行動を追った。
「弟は、この令嬢と会っていたのか……」
そこに映っていたのは、貴族学園に通う十六歳の少女。
(闇の子か……魂が穢れているな)
彼女は幼い頃から、“呪われたお姫様”と呼ばれていた。
どうせこの娘も、他の闇属性の人間と同じように穢れに呑まれ、醜悪な人生を歩んでいるのだろう。
そう思いながら映像を見続けた。
だが——
彼女はどれほど酷い扱いを受けても、涙を流さなかった。
反論もせず、ただ必死に前を向いて生きていた。
穢れた魂を持ちながら、それに呑まれていない。
そんな少女に、僕は少しだけ興味を抱いた。
クロノスの前でだけ、彼女は心の底から笑っていた。
……そんな顔もできるのだな、と僕は思った。
(だけど、クロノス……)
僕たちは、神に許された時以外、人の姿で外界へ出ることはできない。
ただ役割を果たし続けるだけの人形だ。
人の姿ですらない僕らに、その恋情が望む形で返されることなど、一生ないだろう。
僕と違って、心優しい弟。
「君は、いずれその魂を消滅させなければならないのに大丈夫なのかい?」
仲睦まじくじゃれ合う二人の姿を見つめながら、
僕は久しく忘れていた感情に、胸をざわつかせていた。




