4話 魔法塔見学③
「ええ、ぜひ。ユリス様とお話しできるなんて光栄です」
魔法塔主に話を聞けたら――
そう思っていたミリルは、心底喜んでいた。
「堅苦しいのはよしてくれよ。僕らの仲じゃないか」
「僕らの仲、ですか?」
ぱちん、と。
ユリスが指を鳴らした、その一瞬で――景色が切り替わる。
気づけば二人は庭園の椅子に座っていた。
手入れの行き届いた花々。やわらかな陽光。
そして、目の前のテーブルには紅茶とケーキ。
「ミリル。このショートケーキ、今街で話題なんだ。飲める生クリームってやつ。食べてみて!」
無邪気に笑うその様子は、とても塔主には見えない。
まるで気の置けない友人のようで―ミリルはわずかに警戒した。
(本当に、この人が塔の主……?)
「いただきます」
フォークを入れると、生地は驚くほどやわらかく沈む。
ひと口。
「…おいしい…!」
軽やかなのに、ミルクのコクが広がる。
苺の酸味が、後味を引き締めた。
「でしょ?」
「はい、とても」
「ミリルの嬉しそうな顔が見れて、僕は嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
満足げに微笑むユリス。
その目はどこか――大切なものを愛でるようで。
ミリルは、少しだけ視線を逸らした。
「あの……ユリス様は、闇属性の魔導士をご覧になったことは?」
「あるよ」
軽い返事。だが次の言葉は、静かに重かった。
「でもね。ほとんどは、死んでしまった」
「……厄災、だからですか?」
「いや」
ユリスは首を振る。
「闇属性は厄災なんかじゃない。
ただ――“多すぎる”んだよ」
「多すぎる……?」
「魔力がね。生まれつき桁外れなんだ。
開花の瞬間、その量に身体が耐えきれずに暴走する」
穏やかな口調なのに、内容だけが鋭く沈む。
「では…光属性は?」
「彼女たちは違う。たしかに魔力量は膨大だけど癒しが根源だから」
ユリスは紅茶をひと口含む。
「魔力そのものが、持ち主を守る性質を持っている」
――性質の違い。
それだけで、生死が分かれる。
ミリルは無意識に、自分の指先を見つめた。
「もし…闇属性の魔法使いが現れたら、ユリス様はどうされますか?」
「何もしないよ。僕は人とは違う存在だから、人の運命に干渉することはできないんだ」
「そうですか…」
(そうなると、私が闇属性だと打ち明けても意味はないのかもしれない……)
わずかに表情を曇らせたミリルに、ユリスはどこか悲しげな目を向けた。
「属性なんてものはね、得意か不得意かの話でしかない。根源が癒しでも人を傷つけることはできるし、逆に、傷つける性質のものでも癒すことはできるんだよ」
そう言うと、ユリスは何気なく左側へ光魔法を放った。
「ほらね」
「おい!! 危ねぇだろ!!」
「あなたは……!」
そこにいたのは、先ほどの黒髪の男だった。
「ごめんね。まさかクロノスがそこで盗み聞きしてるなんて思わなくてさ」
ユリスはくすくすと笑う。
「わざとだろ、お前!」
「ミリル。僕は君に魔法を教えることはできない。だから代わりに、クロノスをあげるよ」
「「え?」」
二人の声が重なった。
「あげるってお前、俺は物じゃねえぞ! それに俺ここから出られねぇし」
「ミリル。この子は僕の弟なんだ。魔法の使い方を習うといい。君とも相性がいいはずだよ」
「そうなんですか?」
「ああ…とてもね」
そう言ったユリスの目は、なぜか少しだけ寂しそうだった。
(相性がいい…?性格だけでいえば相性は悪そうだけれど)
ミリルは内心で静かに考える。
「お前、無視すんなよ!!」
「クロノス。君は勝手に僕の保護魔法を破って、認識阻害まで使って盗み聞きをしたよね? その責任を取らないなら、デザートは一生抜きにするけど…それでもいいのかな?」
ミリルに向ける柔らかな空気とは裏腹に、ぞくりとする圧が滲む。
もっとも罰はデザート抜きだが。
クロノスは不満そうに顔をしかめながらも、観念したように肩をすくめた。
「ミリル。君がここに来たいと願えば、いつでも魔法塔へ来られるようにしてあげる。帰りたいと願えば、すぐに家へ戻れるよ」
「いいのですか……?」
移動の手間もなく、魔法を学べる。
願ってもない話だ。
だが同時に、王でさえ当主の許可なしには入れない場所に、こんな簡単に出入りしていいのかという疑問も浮かぶ。
「いいんだよ。僕が許すんだから」
その言葉と同時に、ユリスが無詠唱で魔法を発動する。
光がミリルの周囲にふわりと集まり、次の瞬間、すっと消えた。
「……ユリス様、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「おい、俺にも仕事があるんだ。急に来たりするんじゃねぇぞ!」
「クロノス。君はほとんど寝ているじゃないか。ミリル、毎日十時に一時間の特訓でどうかな?」
「私は構いませんが……一時間も急に抜けると使用人が心配するかもしれません。父には、魔法を教わっているとお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「塔にある特別な部屋の一時間は、外では十秒にも満たないから言わなくても問題ないよ。できれば自由に出入りできることは内緒にしてほしいな」
たしかに、ただの令嬢が頻繁に出入りしていれば、塔の威厳にも関わるだろう。
「塔の問題というより、君が狙われる可能性があるからね」
ミリルの思考を読んだかのように、ユリスは静かに言った。
「承知しました。お気遣い、ありがとうございます」
クロノスはその間も隣でぶつぶつと文句を言っていたが、初対面のときの威圧感はすっかり消えている。
その落差が、ミリルには少しだけ可笑しかった。
「ふふ……クロノス様、これからどうぞよろしくお願いいたします」
軽く一礼しながら、思わず笑みがこぼれる。
(無礼だったかしら……)
「分かったよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、クロノスはその場から姿を消した。
「あの子はね、人前だとわざとああいう話し方をするんだ。でも、ミリルのことは気に入っているみたいだよ」
「それなら嬉しいのですが…」
ミリルは苦笑する。
「さて、そろそろお開きにしようか。図書館はまだ見ていく?」
「いえ、もう帰ろうと思います」
「そうか。なら、さっきかけた魔法を試してみて」
「はい。本日は色々とありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったよ」
ユリスの微笑みを最後に、ミリルは「帰る」と念じた。
ミリルの姿が消えた瞬間――
ユリスは、その場に崩れ落ちた。
「はぁ……っ、ぁ……」
呼吸が乱れる。
魔法塔へ自由に出入りできる魔法を与えることは、運命への干渉に等しい。
「神様……これくらいは、許してよ」
苦しげに、かすれた声で呟く。
——
ミリルは気づけば、自室に立っていた。
「……これで一歩前進、ね」
ユリスのどこか旧知のような態度と、クロノスに感じた妙な懐かしさ。
その違和感が胸の奥に小さく引っかかる。
「クロ……あれ、どうして……」
頬に触れると、指先が濡れた。
涙だった。
理由は、分からない。
けれど確かに、何かが静かに動き始めている気がした。




