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16話 騎士にあるべき答え



練習場は、騎士たちの闘技場としても使われる広い楕円形の空間だった。


草木は一本もなく、地面は乾いた砂ばかり。

踏みしめるたび、しゃり、と軽い音が鳴る。



その中央で、ミリルは小さなモモンガと向かい合っていた。


対するレオルドは、面倒くさそうに階段へ腰を下ろし、こちらを眺めている。



「ちょっと待ってください!」



ミリルは唐突にそう言うと、壁際へ駆けていく。


ごそごそと何かを弄り始めた。



「……何してんだお前」


「体感だと時間が分からなくなるので!このタイマー使わせてもらいます!」



かち、かち、と闘技用タイマーを調整する音が響く。



「きゅい?」


モモンガが首を傾げる。



やがてミリルは満足げに振り返った。



「できました!」



「……よし。そんじゃ、スタートだ」



レオルドが気だるげに手を振る。


その横で、闘技用タイマーが無機質に時を刻み始めた。


(……なんか締まらねぇな)




次の瞬間。



ミリルが一気に踏み込む。


「はっ!」


両手を伸ばし、モモンガへ飛びかかった。



しかし。


「きゅっ!」


モモンガは軽やかに空中へ跳ねると、ふわりと滑空し、あっさり着地する。



速い。


いや、速すぎる。


「っ……!」


ミリルは即座に振り返る。


だが既にそこにはいない。



右。


左。


背後。



視線だけが、忙しなく空を追う。


(動き自体は単純……!)



着地前に一瞬身体を縮める。

飛ぶ前には尻尾が揺れる。

方向転換の前には、僅かに視線が動く。



癖は見えてきた。


けれど。



(読めても、身体が追いつかない……!)



呼吸が乱れ始める。


額を伝った汗が、砂へ落ちた。




二十分後。



ミリルは肩で息をしながら立ち止まった。



「はぁ……はぁ……」



どれだけ先を読んでも届かない。


根本的に速度が違う。



ミリルはちらりとレオルドを見る。


「……すぅ」


レオルドは階段に座ったまま寝息を立てていた。



その姿に、どこかのクロノスを思い出す。


(審判なのに自由すぎません……?)




ミリルは小さく深呼吸した。


そして考える。



(魔法を使うなとは言われてないのよね……)



他の人なら身体強化魔法を使うだろう。


速度だけなら追いつけるはずだ。


けれど、それでは魔法が使えることが露見する可能性が高い。



(寝ている間でも、どうやって捕まえたか答えられないと)



考え込んだ末。



ミリルは静かにレオルドへ視線を向けた。



「……だったら」


魔力を脚へ叩き込む。



《フォルテ》



次の瞬間。


砂が爆ぜた。


「っ!!」


ミリルは凄まじい速度でレオルドへ突っ込む。


木剣を振り上げ、本気で叩き込もうとした。


殺気を込めて。



だが。


ガシッ。


「……危ねぇな」


目を閉じたまま、レオルドが木剣を掴む。


そのまま軽々と弾き返した。


「……!」



ミリルは即座にモモンガを見る。



しかし。


「きゅ〜」


モモンガは欠伸をしながら、前脚で耳を掻いていた。



殺気にも魔力にも反応しない。


つまり、このモモンガは戦闘訓練された魔獣ではない。



(ということは……)


ミリルは何かを察すると、そのまま練習場を出ていった。



静寂。



しばらくして、レオルドが目を開ける。


「……あ?」



周囲を見回す。


ミリルの姿はない。



「なんだ。諦めたのか」



たった二十分でのリタイアだ。


レオルドは呆れたようにため息をついた。



だが途中で帰ればカイゼルに怒られる。


レオルドは再び目を閉じた。



「……時間まで寝るか」



残り十五分。


カラカラカラ……。


何かを引く音が近づいてくる。



「んぁ?」



レオルドが起き上がると、そこには大量の荷物をカートにのせたミリルがいた。


果物。

ケーキ。

紅茶。


さらには敷物まで持ってきている。



「何してんだ……?」



ミリルはせっせとマットを敷き始めた。


気づけば練習場のど真ん中が、完全にピクニック会場になっている。



「きゅ?」


モモンガが近づいてきた。


鼻をひくひくさせている。




ミリルは優雅にケーキを口へ運んだ。


「おいしい……!」


「きゅぅ……」


完全に食べたそうである。




だがミリルは無視した。


わざと見せつけるように果物を並べる。


さくらんぼを手に取ろうとした瞬間。



「きゅきゅーーーーっ!!!」



モモンガがさくらんぼへ飛びついた。


ばしっ。



ミリルは両手でしっかり捕まえる。


手の中で夢中になってさくらんぼを頬張るモモンガ。



「捕まえました!!!!」



ミリルの声が、広い練習場へ響き渡る。



レオルドはぽかんと口を開けた。


数秒の沈黙。


そして。



「……っ、はは」


レオルドの肩が震えた。


「はははははははっ!!」


腹を抱えて笑い出す。



階段から降りると、レオルドはミリルの前で立ち止まった。



「それ、そいつの好物なんだ」



そして、どこか愉快そうに笑う。


「合格だ」


「え…やった!!!!!」


ミリルはぱっと顔を輝かせた。




「…俺はな、騎士ってやつが嫌いなんだ」



不意に、レオルドの声色が変わる。



「あいつらは力量差があっても逃げねぇ。それを美徳だと思ってる」



目から光が消えていた。



「死んだあと、家族がどうなるかも考えちゃいない。自分の名誉しか見えてねぇんだ」



レオルドの視線は、モモンガへ向けられている。



「無策で挑むのは自殺だ。下手すりゃ周りも巻き込む無理心中になる」



そして、ミリルを見る。




「だから俺は、ずる賢いお前が気に入った」


「……ありがとうございます」




それはミリルにとって意外な反応だった。



結局、自分の力では捕まえられず、モモンガの好物を持ち込み食べ物で釣るという最終手段を使った。


当然、嫌な反応が返ってくると思っていた。


下手をすれば、今後の指導を拒絶される可能性すら考えていた。


だが。


返ってきたのは、想像以上に好意的な言葉だった。




「最初の二十分、お前の読みは悪くなかった」



だが、とレオルドは続ける。



「体がついていってねぇ。たった十分で息が上がってた」



図星だった。


ミリルは小さく肩をすくめる。



「お前には基礎的な能力が足りない。今のまま訓練しても無駄だろうな。お前は、これから一ヶ月、毎日、公爵家の外周二周を二セット。素振り三百回」



さらにモモンガを指差す。



「あと、こいつを自力で捕まえるまで、剣術訓練の一時間は全部今日と同じ内容だ」


「……承知しました!」



ミリルは深々と頭を下げた。



「レオルド様、本日はありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いします」



ミリルが頭を上げると、レオルドは不服そうな顔をしていた。



「師匠って呼べ」


「え?」


「弟子ができたら、師匠って呼ばせるのが普通だろ?」


「師匠……」



ミリルが少し照れくさそうに呟く。



一瞬。


レオルドはぽかんと目を丸くした。


まるで本当に呼ばれると思っていなかったみたいに。


そして。




「おう!!!」



レオルドは、少年みたいに笑った。




その翌日から。


毎日走り込みと素振りをするミリルの姿が、レシリア公爵家で見られるようになるのだった。

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