閑話 ショートケーキに願いを
「ねぇ、知ってる? このショートケーキを一万個食べると、願いが叶うんだって」
庭園でショートケーキを頬張りながら、十六歳のミリルは黒猫と白猫へ話しかけた。
午後の日差しが、紅茶の水面をきらきらと照らしている。
「最近噂になってるの。でも、一人一個しか買えないでしょう? 一万個なんて絶対無理よね」
くすりと笑いながらも、ミリルは最近ずっと同じ店のショートケーキを食べ続けていた。
そのケーキは、“飲める生クリームのいちごショート”とも呼ばれていた。
口に入れた瞬間に溶ける生クリームが評判となり、今では一人一個限定らしい。
その日を境に、クロノスもおやつの時間になると必ずそのショートケーキを食べるようになった。
ある日、ユリスが呆れたように問いかける。
「クロノス。まさかとは思うけど、あの噂を信じてるのかい?」
「ちげーよ。ただこの味が好きなだけだ」
素っ気なく言いながら、クロノスはフォークを動かす。
「ふぅん?」
ユリスは意味ありげに笑った。
クロノスも以前からこのケーキを食べたことはあった。それなのに、ミリルの話を聞いてから毎日のように食べ始めたのだ。
本当に分かりやすい。
「なに笑ってんだよ」
照れ隠しのように睨むクロノスに、ユリスは笑いが止まらなかった。
◇◇◇
そして現在。
魔術訓練の日。
ミリルは箱を抱えて訓練場へやって来た。
「約束通りケーキを持ってきました。クロノス様とユリス様の分、それから私の分もあります」
中にはチョコケーキが入っている。
「あー、ユリスはショートケーキしか食べないぞ」
クロノスが適当に言う。
「……そうなんですか?」
少し困ったようにミリルが瞬きをした、その時。
「そんなことないよ」
背後から柔らかな声が聞こえた。
振り返ると、ユリスがいつもの微笑みを浮かべて立っている。
「お前、ショートケーキ以外も食べられたのか?」
クロノスが本気で驚いた顔をした。
「もちろん」
ユリスはにっこりと微笑む。
「せっかくだし、お茶会にしようか」
指を鳴らした瞬間。
何もなかった空間にテーブルと椅子が現れ、白のティーセットが陽光を反射して輝いた。
さらに皿の上へ、ミリルが持ってきたケーキがふわりと並べられていく。
「すごい……」
ミリルは思わず目を輝かせた。
クロノスは席につくなり、早速ケーキを食べ始めている。
「本当に甘いものがお好きなのですね」
ミリルがくすりと笑う。
「別に、普通だ」
格好つけたように言い返すクロノス。
けれど、その口元にはしっかりとクリームがついていた。
それに気づいたミリルは、堪えきれず吹き出す。
「ふふっ……クロノス様、クリームがついてます」
「……は?」
クロノスは慌てたように口元を拭った。
その様子が可笑しくて、ミリルの笑みはますます深くなる。
そんな二人を眺めながら、ユリスも笑った。
「ユリス様はショートケーキがお好きなんですか?」
ふと、ミリルが尋ねる。
するとユリスは、小さく目を細めた。
「いいや。僕が好きなのは、この時間だよ」
「?」
ミリルとクロノスは揃って不思議そうな顔をする。
その反応が可笑しくて、ユリスはふっと笑った。
「ねぇ、知ってるかい? ショートケーキを一万個食べると願いが叶うんだってさ」
次の瞬間。
クロノスが吹き出した。
「はっ、お前そんな噂信じてたのかよ」
「ユリス様も冗談を言うのですね」
ミリルもくすくすと笑う。
無邪気に笑い合う二人を見つめながら、ユリスは静かに微笑んだ。
かつて失われたはずの光景。
もう二度と戻らないと思っていた時間。
それが今、こうして目の前にある。
ユリスは、ショートケーキに願っていた。
三人で笑い合える、この穏やかな時間が戻ることを。
(……信じてみるもんだね)
二人の笑い声を聞きながら、ユリスは静かに紅茶へ口をつけた。




