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14話 真犯人の追及


騎士団が遠征へ出払っているため、その日の剣術訓練は中止となった。


その知らせを受けたミリルは、自室で一人、身体強化魔法の訓練を行っていた。



《フォルテ》



魔力を腕へ流し込む。


試しにソファへ手をかけると、片手どころか指一本で軽々と持ち上がる。



「……すごいわね」



今日はすでに一度魔力を使い切っている。

そのため実践をやめ、日常生活でも困らない程度の出力調整について考えていた。



その時。



「お嬢様」



扉の向こうからジェラルの声が響く。



「旦那様がお呼びです。庭園にて、お待ちしております」



確か帰宅は16時頃と言っていたはずだ。


まだ15時にもなっていない。



「今、行きますわ」



朝の一件もあり、心の準備ができないまま、ミリルは庭園へ向かった。



だが。



「…………え?」



思わず足が止まる。


白いテーブルクロス。


艶やかな果実のタルト。

色鮮やかなケーキや焼き菓子。


淡い花々が飾られた花瓶。

香り高い紅茶。


まるで令嬢達のお茶会だった。



(思っていた感じと違うのだけれど)



席につくウォルダリアは、相変わらず無表情だった。


しばらく無言が流れる。


紅茶から立ち上る白い湯気だけが、静かに揺れていた。



やがて。



「……朝はすまなかった」



低い声が落ちる。


ミリルは目を瞬かせた。


まさか、父の方から謝罪されるとは思っていなかったからだ。



「いえ……私の方こそ、失言でした」



ミリルも頭を下げる。


再び沈黙。



重い。



(私から話すと言ったものの……お父様は今回の件をどこまで把握しているのかしら)



甘い香りの漂う空間なのに、空気だけが妙に張り詰めていた。



やがてウォルダリアが口を開く。



「第一王子との件で、何か話したいことがあるらしいな」


「はい」



ミリルは真っ直ぐ父を見る。



「……まず、お父様は、今回の件どこまでご存知でしょうか?」




その瞬間だった。


ぱしゃり、と水音が響く。


ウォルダリアが無詠唱で魔法を発動したのだ。

水の膜が周囲を覆い、外界を遮断する。




庭園の音が遠ざかり、この場だけ切り離されたような感覚に包まれた。


そこには、ミリルとウォルダリア、そして執事のジェラルだけが残されていた。



ウォルダリアが低く告げる。



「あのカップからは、シソシリアの猛毒が検出された」



空気が一気に冷えた。



「侍女には干渉魔法を使用した。洗いざらい吐かせたが、雇い主の素性が分からん。犯人も動機も不明のままだ」



その声音には僅かな苛立ちが滲んでいた。



「あの女は、猛毒ではなく麻痺薬だと聞かされていたらしい。毒味として目の前で飲むことが成功すれば、奴隷の身から解放すると約束されていたそうだ」



「…なるほど」



ミリルは静かに息を吐く。



「概ね予想通りですわね」



ウォルダリアの視線が鋭くなる。



「私は、シアン殿下が関与している可能性も考えました」



しかし、とミリルは続ける。



「侍女の身柄をこちらへ引き渡すよう要求した際、シアン殿下はその場で侍女に解雇を言い渡し、即座に了承されました。もし関与しているのであれば、権力を使ってでも連れ帰ろうとしたはずです」



推測に過ぎない。


それでも、あの態度に裏は感じなかった。



「私が最も怪しいと思ったのは、シアン殿下の側近であるノエルという男性です」



ミリルは記憶を辿る。



「毒味役の侍女を同行させたのも、私の要求に焦ったような反応を見せたのも彼でした」



ウォルダリアは黙って聞いている。



「年齢は二十代前半ほど。ブラウンの髪と瞳を持ち、穏やかな雰囲気を纏った男性です。身長はジェラルと同じくらいでした」



王子の側近になれるのだ。

平民出身とは考えにくい。



「……お父様は、あの男性に心当たりがありますか?」




「あぁ」



短い返答。


その直後だった。


空気が凍る。



ウォルダリアから溢れ出した殺気に、ミリルは思わず息を呑んだ。


紅茶の表面が微かに震える。


(っ……これが、公爵……)



王国最強クラス。


そう呼ばれる男の威圧感だった。



「旦那様、殺気が漏れております」



ジェラルが静かに告げると、空気がわずかに和らぐ。


ミリルは息を整えながら口を開いた。




「私が思うに……ノエルという男は、普段から国王陛下の近くにいる人物ではありませんか?」



ウォルダリアの眉が僅かに動く。



「なぜそう思った?」



「仮にも公爵家へ赴く場でありながら、未熟な侍女を同行させたこと。そして、こちらが指摘するまで侍女の粗相に対する謝罪もなかったことです」


ミリルは静かに続ける。


「その上、殿下へ向けた言葉に対し、殿下より先に返答しようとしました」



ウォルダリアは黙って聞いていた。



「シアン殿下は狡猾な方です。あの殿下が、自ら選ぶ人材とは思えません」



数秒の沈黙。


やがてウォルダリアが低く呟いた。



「驚いたな。その通りだ」



ウォルダリアは話を続けた。



「ノエルはボストン公爵家の次男だ。第一王子が選んだわけではない。グランディア王の命で、幼い頃からシアン殿下の側へ置かれている」


「監視…ですか」


「あぁ。名目上は側近だがな」



ウォルダリアの声音が冷える。


「ボストン公爵家は、違法な人身売買に関わっているという噂がある。今回の侍女も、そこから拾ってきたのだろう」




「では…今回の件」



ミリルはウォルダリアを真っ直ぐ見つめる。



「国王陛下の企てだと思われますか?」



「あぁ」


考える素振りすらなく、ウォルダリアは即答した。




「私も今回の件は、国王陛下がレシリア家の没落を図ったものだと思っています」



だが、と続ける。



「気になることがあります」



ウォルダリアは無言で先を促した。



「これまでの流れを見る限り、私とシアン殿下の婚約の話が進んでいるのではないでしょうか? そして、私を第一王子の婚約者へ推薦したのは、お父様ではなく、グランディア王ではありませんか?」



空気が止まる。



「なぜそう思う」


「お披露目パーティーで挨拶する予定だっただけの令嬢に、殿下がわざわざ会いに来たこと。あの態度。なにより、お父様が私と殿下を会わせたがっていなかったことで、そう感じました」



静寂。


やがて。



「その通りだ。さすがは俺の娘だな」



低い声が落ちた。



ミリルは目を瞬かせた。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


父に褒められたのは、生まれて初めてだった。



「…しかし」



ウォルダリアの声が再び冷える。



「これ以上、この件に関わるな」



まるで壁を作られたようだった。


ミリルは唇を引き結ぶ。



「ですが、私にも関係することです」


真っ直ぐ父を見る。


「もし進展があれば、教えていただきたいです」


「駄目だ」


即答だった。



ミリルの胸が少し痛む。



「では、なぜここまで話してくださったのですか?」



ウォルダリアが言葉に詰まる。



「それは、お前が……」



珍しく視線が揺れた。


だが、その先を飲み込む。



「お前が、憶測で勝手に動かないよう伝えただけだ」



ミリルは小さく目を伏せた。



「……そうですか」



そこまで信用されていないのだろう。


ミリルは静かに立ち上がる。



「本日は、お時間をいただきありがとうございました」



優雅に一礼し、その場を後にした。


残されたのは重い沈黙。



ジェラルは内心で頭を抱える。


(旦那様、変わるとおっしゃったではありませんか……!)



だがウォルダリアは動かない。



ミリルが去った方向を見つめたまま、ぽつりと呟く。



「それは、お前が自分の身を守れるように……」



そこまで口にして。


ウォルダリアは、はっとしたように目を見開いた。




「俺は、ミリルのことが大切なのか?」





(ようやく、お気づきになりましたか)


ジェラルは静かに目を伏せる。


長年仕えてきた執事は、ほんの僅かに安堵していた。




旦那様なりに。


少しずつ。


変わり始めているのかもしれない。




だが次の瞬間。



「グランディア…」



ウォルダリアの声音が一気に低くなる。



「私の不在時に息子を屋敷へ入り込ませ、娘の手を何度も握らせた挙句、毒まで使って陥れようとするとは」



びきり、と音が鳴った。



近くに置かれていた皿へ亀裂が走る。



漏れ出した殺気に空気が震えていた。



「いっそ王城ごと消し飛ばすか……」


「旦那様、物騒でございます」



ジェラルは即座に釘を刺す。



「ジェラル。メイドは投獄しておけ。ボストン公爵家についても詳しく調べろ」


「承知しました」



(これは…忙しくなりそうですね)


ジェラルは静かに胃痛を覚えた。



「それと」



ウォルダリアの目が鋭く細められる。



「私の不在時、あの王子は二度と屋敷へ入れるな」


「もちろんでございます」


それについてはジェラルも全面的に同意だった。




「さて…今回の件、どう責任をとらせようか」



ウォルダリアは愉しげに微笑んだ。


その手の中で、ティーカップが静かに砕け散る。


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