第一話 『翡翠荘の殺人』 幕間
読者への挑戦状
ここまで出題編を読んでくださった読者のあなたへ。ありがとうございました。本作『翡翠荘の殺人』は、明倫高校ミステリ研究部の春合宿を舞台としたミステリ小説で、私の初めて執筆したミステリ小説でもあります。クローズド・サークル、密室殺人、死体消失。私の大好きな王道ミステリの要素をこれでもかと詰め込みました。
本作には、真相に辿りつくための手がかりが既に提示されています。できる限りフェアなミステリになるように努めました。どうか、あなた自身の力で、この謎を解いてみてください。
明倫高校ミステリ研究部一年・綾野くるみ
部室
素早く揺れる瞳。時折漏れる溜息。液晶ディスプレイのタップ音。キーボードのタイプ音。部員たちの一挙手一投足にくるみの心は波立つ。スマートフォンで時刻を確認すると残り時間は十三分。くるみは部員たちが原稿を読み終えて推理を提出するのを待っていた。
画面に通知バナーが浮かび上がる。差出人は真壁理子。理子はノートパソコンを閉じてくるみに微笑みかけた。
「面白かった。端正な本格ミステリの出題編だね」
「ほんとですか……?」
くるみは半信半疑に訊く。
「本当だよ。特に、瑠璃先輩の推理に文香ちゃんが指摘するシーンは理路整然としてていい。あと、ミステリ評論も凝ってる。すごいね、面白かった」
尊敬する理子の言葉にくるみの胸はいっぱいになった。
「ううぅ……」
「どうしたの?」
「私、頑張ったんです」
「うん、そうだね」
「ミステリ書くの初めてで」
「うん」
「登場人物は全員部員じゃないといけなくて」
「それは薄暮の会の伝統だから」
「わけわかんない評論まで書いてて」
「ちゃんと書けてたよ」
「うわーん」
くるみは理子に泣きついた。
「えっと。おー、よしよし。お菓子をお食べ」
理子は困惑しながら背中をさすり、チョコブラウニーを手渡した。くるみは袋を破り、栗鼠のように齧りつく。
くるみのスマートフォンが震える。確認すると茜の推理が提出されたことを伝える通知が表示されていた。
「いやあ、難しかった!」
茜は伸びをする。右手首の白いシュシュがふわりと揺れた。
「推理の自信はどうですか?」
理子に訊かれた茜は伸ばしていた腕を下ろして頬杖をついた。
「うーん、基本的なところは合ってる、と思うんだけど」
「流石はミス研一の名探偵ですね」
くるみはチョコブラウニーを咥えたまま、理子と茜の顔を交互に見た。
「ひょっとして、ミス研で一番正解率が高いのって茜先輩なんですか?」
茜はいたずらっぽく笑う。
「そうだよ、意外でしょ。これでも三割打者だからね」
くるみは目を丸くした。
「すごいです! 私なんて正解数ゼロなのに」
また、くるみのスマートフォンが震えた。今度は瑠璃の推理だった。
「入部してから今回が五回目だろう? 気にすることはないさ。それに、薄暮の会というのは、本質的にはミステリを書く会なんだ。ミステリを読む会ではなくてね。これだけのミステリが書けるなら、正解率なんて些細な問題さ」
「瑠璃も正解率低いもんね」
茜が茶々を入れる。
「わかってないな。本格ミステリというのはね、謎が解けないほうが面白いのさ。その意味では茜よりも私のほうが楽しんでいるとすら言える」
瑠璃は堂々と腕組みをした。
「へりくつだ」
茜は瑠璃をつついた。そのとき、瑠璃のスマートフォンからアラームの音が鳴り響いた。
「おや、時間切れだ。どうかな、桐生君と佐々木君は提出できるかい?」
文香はバツが悪そうに苦笑いする。
「うーん、合ってる気はしませんね」
静香は表情を動かさない。
「私も全然わからなかった」
二人は推理を提出した。
くるみは解答編のテキストファイルをチャットに送信し、瑠璃は部長として薄暮の会を進行する。
「さて、さて。綾野君の『翡翠荘の殺人』は出題編の幕が下り、推理も出揃った。果たして諸賢の中に真相を解き明かした探偵はいるのか、いないのか。すべての答えは解答編にて明らかになるだろう」




