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ミステリ的にフェアじゃない!  作者: nilgirl


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第一話 『翡翠荘の殺人』 出題編(四)

秘密

 茜先輩が瑠璃部長の残る客室を施錠して、静香先輩の部屋に向かって歩き始めると文香ちゃんが言った。

「部長は怪しい。くるみ、気をつけてね」

「そんな、怪しいなんて」

 口では否定しつつも、私も部長の態度には違和感を覚えていた。もともと瑠璃部長は掴みどころのない不思議な人ではあった。でも、今日の部長はそれとも違った気がする。

「そっか。文香には瑠璃が怪しく見えちゃうか」

 寂しそうに茜先輩は言った。

「じゃあ、橘先輩は誰が犯人だと思うんですか? まさか、外部犯がわざわざ山奥の翡翠荘までやってきたと思ってるんですか?この土砂降りの中を? 何のために?」

 文香ちゃんが強い口調で訊く。茜先輩は怯むことなく、言い返すわけでもなく、ただ真摯に答えた。

「犯人が誰かとか、あたしにはそんなことはわからないけど。瑠璃が仲間思いでいいやつなのは知ってる。確かに今日の瑠璃はちょっと変だけど、それだけじゃ犯人とは思えないっていうか」

「ちょっと変という話じゃないんです。黒瀬先輩は、明らかにこの事件を外部犯による犯行として決着をつけようとしています。そもそもの姿勢として、真相を追究せずに議論を誘導していました。たとえば――」

 茜先輩は手を振って制止した。

「いいよ、別に。文香の言いたいことはわかってるつもり。でも、瑠璃が犯人だっていう決定的な証拠はないんでしょ? じゃあ、あたしは瑠璃を信じるよ」

「……そうですか」

 文香ちゃんは黙ってしまった。

「ほら、ついた。静香の部屋だよ」

 茜先輩は扉をノックした。

「静香ー。いるー? 茜だけどー」

 返事はない。茜先輩は激しく扉を叩く。

「今、外大変なことになってんの! 返事しないと扉壊して入るからね!」

 やはり返事はなかった。茜先輩は叩くのを止めて私たちの方を見る。

「仕方ないね。壊しちゃおっか、扉。 ……二人は離れてて」

 茜先輩は斧を大きく振りかぶって扉に叩きつけた。二度、三度。茜先輩のフォームはしなやかで大胆だった。

「私って嫌なやつかな。先輩のこと疑って、犯人扱いして」

 文香ちゃんが私だけに聞こえるようにぽつりと呟いた。私はそっと手を差し伸べて、文香ちゃんの手を握った。

「ううん。そんなことないよ。文香ちゃんが私のこと守ろうとしてくれてるの、わかるよ」

 文香ちゃんはこくんと頷いた。

 茜先輩が斧を扉に叩きつけるのを止めた。見ると、扉に穴が空いて部屋の中が見えていた。茜先輩は慎重に穴に手を入れて内側から鍵を開けた。

「扉、開いたよ」

 茜先輩が扉を開ける。私と文香ちゃんは茜先輩に続いて部屋に入った。

「誰もいない……ね」

 茜先輩が確認するように言う。

「窓は内側から施錠されてます。血痕や争いの形跡もなさそうですね」

 文香ちゃんは冷静に報告する。

「ただ戸締まりをして部屋を出たって感じで、事件性はなさそうだけど」

 茜先輩は丁寧に整えられたベッドをぼふぼふ叩いている。

 ふと机の上に置かれた原稿用紙が目に留まった。静香先輩は小説を原稿用紙に万年筆で書くことがあると聞いたことがある。小型の活版印刷機やタイプライターなんかも持っていると言っていたっけ。最終的な清書の写しはパソコンにテキストファイルで保存していて、合評会ではチャットで共有してもらって読んでいたので、実際の静香先輩の原稿用紙を見るのはこれが初めてだった。マス目には流れるような綺麗な字が並んでいる。

「『探偵不在のクローズド・サークルにおける嵐の孤島と壜詰めの手紙の関係とその一般化について』 ……ミステリの評論、なのかな」

 確か静香先輩は昨年の『薄明』でも小説ではなく評論を書いていた。『薄明』はミス研が毎年文化祭で発行している部誌だ。でも今回の合宿の目的は小説の執筆だったはずなのに、どうして評論を?

 私は違和感に突き動かされて原稿に目を走らせた。


『探偵不在のクローズド・サークルにおける嵐の孤島と壜詰めの手紙の関係とその一般化について』佐々木静香

 シャーロック・ホームズの時代のスコットランド・ヤードとは違い、現代を舞台とするミステリにおいて警察の介入は無視できないリアリズムの圧力である。高度な科学捜査技術やシステム化された組織的な捜査手法は、物語世界での犯罪行為及び探偵行為を困難にする。現代のミステリ作家は、こうした警察の介入に折り合いをつけながら探偵及び犯人に物語の主導権を握らせる工夫をしなければならない。

 嵐の孤島は、警察の介入を一時的に不可能にする物語的発明のひとつである。海に囲まれた孤島が嵐に見舞われることで、登場人物たちは外界から隔絶される。同様の機能をもつ舞台として、吹雪の山荘、長距離寝台列車、潜水艦、宇宙船などが挙げられる。このような警察や現代社会から切り離された閉鎖環境をクローズド・サークルという。クローズド・サークルの現代的バリエーションとして、タイムロッキングコンテナなどの小道具によるスマートフォンの一時無効化なども検討の余地がある。

 本稿では、特に探偵不在のクローズド・サークルに注目したい。警察のみならず探偵すらも排除したクローズド・サークルにおいて犯人の影響力は絶大であり、物語は登場人物全員の死亡などの劇的な展開に発展することもしばしばある。このようなケースでは、謎の真相を読者に開示する手段が課題となる。

 壜詰めの手紙は、探偵に代わる真相開示の手段のひとつである。犯人は犯行の手段や動機等の真相を記した手紙を壜に封じて海に投げ込み、それが後に第三者によって発見されるという形式で読者に真相が開示される。

 壜詰めの手紙は嵐の孤島という舞台に対して極めて高い親和性をもつ真相開示の手段である。しかしながら、吹雪の山荘などの他のクローズド・サークルにおいては成立しにくいという問題もある。本稿では壜詰めの手紙から一般化された機能を抽出し、より汎用的な文脈に適用できる新たな真相開示の手段を提案する。

 まず、壜詰めの手紙を一般化した機能の抽出を試みる。第一の機能は、犯人自身による罪の告白であることである。探偵不在のクローズド・サークルの要請として、読者に対して真相を開示するのは犯人自身でなければならないため、この機能は不可欠である。第二の機能は、罪の告白という行為に説得力を与えることである。犯行を隠匿する立場の犯人が罪の告白を行うには一定の物語的な説得力が必要になる。壜詰めの手紙では、ごく僅かな確率でのみ真相が開示されるという点が自白行為に対して合理性を超えた運命論的な説得力を与えている。

 以上二点の要素を備えた汎用的な真相開示の手段として、燃え残った手紙を提案する。具体的には、犯人が事件の詳細を記した手紙を残した犯行現場に火を放ち、燃え残った手紙が第三者に発見されることで真相が読者に開示される、という構造となる。燃え残った手紙は犯人自身の罪の告白であり、壜詰めの手紙と同様にごく僅かな確率でのみ真相を開示するため、運命論的な説得力をもつ。

 本稿では、探偵不在のクローズド・サークルにおける真相開示の構造的課題に着目し、壜詰めの手紙の分析を通してその一般化を試みた。真相を読者に伝える語りの主体が不在であるという状況において、犯人自身による罪の告白が物語上の要請になること、また罪の告白を物語で成立させるために運命論的説得力が機能することを示した。燃え残った手紙は、壜詰めの手紙と同様の機能を備えつつ、より汎用的な文脈で適用可能な形式である。本稿の提案が、探偵という真相の語り手を欠いたミステリにおける新たな語りの設計に資することを願っている。


直感

 脳に冷たい血液が流れ込むのを感じた。指先が痺れて、原稿用紙の肌触りがざらりとした異質なものに変わる。浅い呼吸を繰り返す。探偵不在のクローズド・サークル。燃え残った手紙。運命論的説得力。

 不吉な想像が私を苛む。翡翠荘こそ、静香先輩のいう「嵐の孤島」だ。タイムロッキングコンテナを持ってきたのは静香先輩だった。そしてこの原稿は「壜詰めの手紙」ならぬ「燃え残った手紙」。静香先輩の犯行計画にして罪の告白。私たちは一人ずつ殺される。翡翠荘には火が放たれる。この原稿が本当に燃え残るのかはわからない。でも、そんなことはどっちでもいい。誰一人生きては帰れないのだから。

「くるみ? 顔色、悪いよ」

 文香ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。その声で私の意識は現実に引き戻された。

「えっ、うん。そうかな」

「大丈夫? 部屋に戻って休む?」

「ううん、大丈夫……いや、大丈夫じゃないかも」

 私は一度深く息を吸い込んだ。怯えていても仕方がない。生き残るために、できることをしなくては。

「これ、どう思う?」

 私は原稿用紙を文香ちゃんに手渡した。茜先輩は文香ちゃんと一緒に原稿を読んだ。二人が読んでいる間、私は静かに考えを巡らせていた。

 一旦、状況をひとつずつ確かめてみよう。

 まず、早朝、私は理子先輩の部屋を訪れた。このとき、部屋の中から理子先輩の声を聞いた。聞き間違いではないと思う。ということは、この時点では理子先輩は確かに生きて部屋の中にいたということだ。加えて、部屋の中には理子先輩の他に犯人がいた。犯人の声はよく聞き取れなかったから誰なのかはわからない。そして、理子先輩は犯人に襲われ、扉の下からは血が流れ出た。私の個人的な感情を抜きにして考えれば、出血はどう見ても致死量だった。血は後に瑠璃部長によって本物であると確かめられる。

 私は悲鳴を上げてショックで気を失った。文香ちゃん、瑠璃部長、茜先輩の順で駆けつけて、静香先輩は姿を現さなかった。瑠璃部長は、私が気を失って文香ちゃんが駆けつけるまでの間に犯人は死体を窓から投げ捨てて扉から逃走したのではないかと推理してる。物理的には可能だ。でも、文香ちゃんの指摘通り、犯人の心理的に困難に思える。それとも、犯人には扉から逃げる選択をするに足る理由があったのだろうか? わからないけど、文香ちゃんの指摘が正しければ、この時点でも犯人は理子先輩の部屋に閉じ込められていることになる。

 それから、文香ちゃんと茜先輩は私を文香ちゃんの部屋まで運ぶ。文香ちゃんはそのまま私に付いて、茜先輩は静香先輩と屋敷を調べに行った。瑠璃部長は理子先輩の部屋の前に残って見張りをした。その後、私と文香ちゃんが合流するまで瑠璃部長は扉からは誰も出てこなかったと証言している。ここまでの推理と証言が正しければ、この時点でも犯人はまだ部屋の中にいたはずだ。そして、茜先輩が合流して、斧で扉を破った。中には犯人の姿も死体もなかった。

 密室殺人と死体消失。だけど、そんなことは決して現実には起こらない。絶対に、どこかに見落としがあるはずなんだ。

 ……あれ? そもそも、どうして犯人は密室殺人と死体消失を起こしたのだろう。手間暇かけて、そんなことしてどんなメリットが?この評論もおかしい。なぜ静香先輩は評論に密室殺人と死体消失のことを書いていないんだろう。妙な不自然さというか、噛み合わせの悪さを感じる。 …………。

「何、これ。佐々木先輩が犯人だったってこと?」

 文香ちゃんが震える声で呟いた。茜先輩は何かに思い当たったのか、静香先輩の荷物を調べ始める。

「ねえ。これ、何だと思う?」

 静香先輩の大きなキャリーケースの中には小型のポリタンクが入っていて、中には得体の知れない液体が満たされていた。

「ガソリン……?」

 文香ちゃんがぽつりと呟いた。

「……そうだ。瑠璃は? やっぱ、一人にするべきじゃなかった」

 茜先輩は今にも駆け出しそうな勢いだった。

「瑠璃部長は大丈夫です」

 私は落ち着いて、ゆっくりと言う。二人が少しでも冷静になれるように。慎重に言葉を探して続ける。

「私、真相がわかったかもしれないんです。なぜ密室殺人と死体消失が起こったのか。理子先輩と静香先輩はどうなったのか。今、私たちが、どんな状況に置かれているのか」

 二人は私をじっと見つめて真剣に話を聞いてくれている。

「でも、今から私たちがどうするべきかは、わかりません。私だけでは判断できません。なので、二人に相談したいんです。聞いてくれますか?」

 文香ちゃんと茜先輩は頷いた。

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