【番外編】ブリュンヒルデSide
【ブリュンヒルデの日記】
○○の月/×××の日
カルデサックの街遠征・初日
……ずっと、心残りだった。
平気なふりは、得意だ。
軍人として生きてきたのだから、感情を鎧の内側に押し込めることには慣れている。
それでも――
レグルスのことを、考えない日はなかった。
カルデサックの街へ来たのも、偶然ではない。
もしかしたら、会えるかもしれない。
そんな淡い期待を、無意識のうちに抱いていたのだと思う。
だからこそ。
数年ぶりに再会したレグルスが、幼い少女の手を引いて歩いている姿を見た瞬間。頭の中が、完全に止まった。
……え?
思考が、追いつかない。
クズ上司が、レグルスに因縁をつけようと前へ出たときも、私は一歩も動けなかった。
フォローすべきだった。
分かっている。
けれど、
「レグルスが……パパ……?」
その可能性だけが頭を巡って、
声が、出なかった。
――せめて、事情を聞こう。
そう思い、私は彼の家を訪ねた。
だが――結果は、拒絶だった。
家主の老人は、私を見るなり眉をひそめ、はっきりと「お前には会わせない」と告げた。私が“酷い女”であることも、すでに伝わってしまっていた。
……当然だ。
私は、それほどまでに彼を傷つけたのだから。
途方に暮れ、立ち尽くしていたそのとき。
「だいじょうぶ……?」
そう声をかけてきたのは、先ほどレグルスと一緒にいた――あの幼い少女だった。
心配そうに見上げてくるその瞳に、胸の奥がちくりと痛んだ。
なんて、優しい子なのだろう。
……父親似なのか?
やはりレグルスの娘なのだろうか。
そう思った私は、彼女とその友人を食事に誘った。
そして食事の席で、私はようやく知った。
あの子――マールは、レグルスの実の娘ではない。彼が預かっている、孤児の子なのだと。
胸を撫で下ろした私は、つい調子に乗ってしまった。
これまで胸に溜め込んでいた身の上話を、長々と語ってしまったのだ。
あとから思えば、何をしているのだと自分でも思う。だが……不思議と、心はすっきりしていた。教会でシスターに罪を懺悔する者の気持ちが、今ならよく分かる気がする。
そんなことをしているうちに、あっという間に時が過ぎ。結局その日は二人からレグルスについて、根掘り葉掘り聞きだしてしまった。
(途中で気づいたが、彼女の友人がどこかで見たことのある顔だった。……まさかと思ってよく見れば、レティシア王女殿下だった。二重の意味で、頭が真っ白になった)
それでも――
マールとは、友人のような関係になれたと思う。
今度、彼女が行きたいと言っていたステーキ屋で、好きなだけ奢ってやろう。
……いや、それ以上に。
レグルスが、彼女を実の娘のように接している理由がよく分かった。
私も、もしマールのような子がいたら――
そう思ってしまうほど、彼女は愛くるしい子だった。
……また会える日が、楽しみだ。
帰宅してから、
自室の扉を閉めた瞬間、
私はベッドに突っ伏した。
「……いや。何をやっているのよ、私は」
机に置いた日記帳を引き寄せ、震える手で文字を書く。
『どうしよう』
『私の馬鹿』
『でもレグルスの話を聞けて良かった』
……可愛すぎる字で。
普段は部下に舐められないよう、わざとぶっきらぼうに話している。
だが本当の私を知ったら、皆はどんな顔をするだろう。
この部屋に、動物の手作り人形がいくつも並んでいることを――
その中に、小さなレグルスの人形があることを知ったら――。
私はそれを胸に抱き、静かにベッドに横になる。
……初めて会った時のことを思い出す。
孤高で、不器用で、それでも誰よりも優しかった人。
「会えたら今度こそ……今度こそ、ちゃんと謝ろう」
小さく呟いて、目を閉じた。
眠りに落ちる直前、心の奥にあったのは――
後悔と、
変わらない想いと、
ほんの少しの、希望だった。




