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第30話 魔の森ごはん


 周囲のコブラ苺を食べつくす勢いで堪能したレティシア。


「はぁ~、幸せ……まさか高級なフルーツを好きなだけ食べられる日が来るなんて」


 頬に手を当て、恍惚な表情で小さく息を吐いたところで、アッポロが短く区切りを入れた。



「……中途半端に食べると余計に腹が減ったな」

「たしかに。本格的な昼食にするか」


 隊長であるレグルスの一言で、空気が切り替わる。


 結界トロッコの横に、簡易の調理スペースが手早く整えられた。薪を組み、火を起こし、周囲には最低限の警戒結界。すべてが慣れた手つきだ。


「今日のメインは河豚(かわぶた)フライだな」

「やった! それにしても、ここで揚げ物って相変わらず攻めてますよね」


 フリッツが呆れ半分に笑い、アッポロは腕を組んでうなずく。


「油の管理さえできりゃ問題ねぇ。森だろうが関係ない」


 先日、ハンナ婆さんが作ってくれた河豚フライが美味しすぎたのがいけない。その味を知ってしまったレグルス隊(マール含め)は、その日以降必ずと言っていいほど河豚フライが食卓に上るようになった。



「マールもお手伝いするよ!」


 自分で作った結界の椅子にちょこんと腰を下ろしながら、手元の素材を一つ一つ並べていた。森で採れた香草、根菜、そして――


「……それ、まさか」


 レティシアの視線が、透明な結界に包まれた“それ”に吸い寄せられる。


 毒舌女王蟻の毒腺。


「危険すぎるから、誰も手を出したがらない素材だぞ」


 アッポロが低く言う。


「毒は気化すると吸えば麻痺。触れれば火傷みたいになる」

「普通は処分一択っすね」


 だがマールは、まったく意に介さず頷いた。


「だいじょうぶだよ。カルデサックで、ギルドの受付のお姉さんに教えてもらったの。無毒化のやり方」

「あのグルメ狂の? でもどうしてそんなことを知ってるんだ?」

「毒の図鑑を持ってるって言ってたよ?」


 龍帝国でも有数のグルメ貴族の家に生まれ、その中でも魔の森食材に魂を奪われたギルドのお姉さん。彼女は魔の森に棲む毒の動植物についてまとめられた図鑑を持っていた。


『私のように魔の森食材に取りつかれた先人は多いんですよ。猛毒の食材をどうにか食べられるようにと人生をかけて研究し、そのデータをまとめたのがこの魔の森グルメ図鑑。……まぁ危険すぎて禁書あつかいになってるんですけど』


 そういって彼女は図鑑に載っていたアレコレを惜しみなくマールに教えたのだ。あわよくば、解毒に成功したあかつきに、ご相伴にあずかろうとして。



「ええと、たしかお姉さんは温めると良いって言ってたんだよね」


 まず、毒腺全体を結界で完全密閉する。

 次に、その結界をフラスコのような形状に変え、下部だけをたき火の上へ。さらに上部には、風船のように膨らんだ結界を重ねた。


「……なるほど、気化した毒を隔離するわけですね」


 ドクペインが感心したように目を細める。

 加熱が進むにつれ、毒腺の内部で何かが揮発していくのが見えた。紫がかった靄が上部の結界へと集まり、外へは一切漏れない。


 やがて――。

 靄が完全に消え、結界の底には、艶のある濃い黒色の液体だけが残った。



「できた!」


 マールがそう言って毒の入った部分の結界を切り離して隔離する。


「……なんだかいい匂いがしない?」


 レティシアの言葉通り、たしかに鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが、ふわりと広がってきた。


「ソースにしたら旨そうだな」


 何気ない誰かの呟きに、誰もがゴクリ、と喉を鳴らす。美味しいもの×美味しいものイコール、もっと美味しいものに違いない。味は想像もつかないが、一同に試さないという選択肢は無かった。なぜなら、ここにいる全員が食いしん坊なのだから。



 ほどなくして、河豚フライが揚がった。

 衣はさくりと軽く、身はふっくら。そこへ、毒舌女王蟻ソースがとろりとかけられる。


 最初に口に運んだのは――レティシアだった。


「…………」


 一口。


 次の瞬間、言葉が消えた。


「……城でも、高級店でも、こんなの食べたことない」


 絞り出すような本音。

 深みのある旨味と、後から追いかけてくる刺激。揚げ物の油を切り、素材の味を一段引き上げている。


 他の面々も同様だった。


「こーれは、反則っすね」

「これ、売れますよ……?」

「いや、売る前に俺が毎日食いたい」


「……ふふ」


 心からの称賛に、マールは嬉しくなったのか小さく笑った。



 そのまま食事が進む中で、レティシアはふと周囲を見回した。


 結界トロッコは、相変わらず淡い光を保ったまま待機している。その上、今この場には、簡易とはいえテント代わりになるほどの大きな結界が張られ、風も魔獣の気配も遮断されていた。オマケに、足元には結界で形作られたテーブルと椅子。


 ――食事中もずっと、だ。

 これだけの規模の結界を重ねがけしながら、マールの様子に疲れは見えない。


 レティシアは、ついに我慢できずに口を開いた。


「ねぇ。前から思ってたんだけど……」


 一瞬、視線が集まる。


「アンタの魔力量、どうなってるのよ」


 その一言をきっかけに、話題は自然とマールの魔力量へと移った。


「そういや最近、魔力の伸び方おかしいっすよね」

「ちゃんと食べるようになってから、一気に増えたな」


 その言葉に、レティシアとアッポロが同時にぼそりと呟く。


「「……たくさん食べてるのに変わらないんだけど」」


 一瞬の沈黙。

 そして、誰からともなく笑いが起きた。



 食事を終え、ひと段落したころ。

 レティシアは、少しだけ柔らいだ表情でマールを見る。


「アンタを見てると、自分の常識がいかに狭かったか思い知らされるわね」


 無自覚で規格外な言動を連発していくマールに、レティシアはすっかり毒気を抜かれてしまったようだった。


「それは褒めてくれてるの?」

「……そうよ。一緒に居ると、退屈しなくていいわ」


 降参、とばかりに両手を上げて笑うレティシア。マールは嬉しそうに、「やったー!」とレティシアに抱き着いた。



 共に戦う仲間から、同じ時間を食べて過ごす相手へ。

 その距離が、また一つ、自然に縮んでいた。



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