第27話 リボン頭の同行者
その日、魔の森はいつもより賑やかだった。
浅層特有の柔らかな光が差し込み、木々の背も低い。視界は比較的開けているが、足元は決して安全ではない。露出した根に苔と湿った土が絡み、少し気を抜けば簡単に足を取られる――そんな、魔の森らしい地形だ。
その中を、ひときわ異物感のある存在が進んでいく。
――コロコロコロ。
不釣り合いなほど目立つピンク色の結界で形作られたトロッコだった。
ころころと穏やかな音を立てて進むその姿は、もはや誰の足も止めない。今やそれは、レグルス隊にとって完全に日常の一部だ。荷運び、採取、そして万一の際の即時退避。そのすべてを一手に担う、欠かせない存在になっている。
「よぉーし、今日もマール頑張るぞー!」
トロッコの前方。
子ども用に設けられた小さなステップの上に、マールが立っていた。
結界操作もすっかり板につき、まるで自分の手足の延長のように、木立の合間をスイスイと進んでいく。その動きに無駄はなく、地形の変化にも自然に対応している。
「……ほんと、器用よね」
少し離れた位置を歩きながら、レティシアがぽつりと呟いた。
そう、今回はレティシアがレグルス隊の採取依頼に同行している。普段は一匹オオカミで、誰かとパーティを組むことなど滅多にない彼女が、なぜ一緒にいるのか――理由は二日前に遡る。
~二日前~
『ちょっと、怪我したってどういうことよ!?』
ギルドの医務室で治療を受けていたマールのもとへ、レティシアが勢いよく飛び込んできた。怪我をしたと聞いて、居ても立ってもいられず駆けつけたのだ。
『お、落ち着いてレティシアちゃん! マール、なんともないよ?』
丸椅子にちょこんと座るマールが、慌てて声を上げる。治療魔法は受けていたが、レグルス隊との実践訓練でヒザを軽く擦った程度のものだった。血もすぐに止まり、今では痕すら残っていない。
だが、レティシアは納得しなかった。
『はぁ~、まったく。ホントに危なっかしいんだから! アンタは弱いんだから、もっと気をつけなさいよ!』
『マール、レグルスおじさんたちがいるから平気だよ?』
『そのジジイたちが居たのに怪我したんでしょ!』
ジジイと言われ、マールのそばにいたレグルス隊の面々に青筋が浮かぶ――が、マールにけがを負わせたのは事実。なので全員が口を結んだ。
『もう……心配ばっかりかけるんだから……そうだわ、今度からアタシが依頼についていってあげる』
さすがにそれは、とマールは遠慮したが、レティシアは譲らなかった。「アンタになにかあったら、コブラ苺が食べられなくなるでしょ!」と理不尽な理由で怒っていたものの、その本音が心配であることは誰の目にも明らかだった。
~そして現在~
「レグルス隊長、本当に姫様を同行させて良かったんすか? もし何かあったら――」
「……まぁ大丈夫だろう。そもそも普段から単独で魔の森に入っているお方だ、実力もある。それに――」
フリッツの言葉に応えつつ、レグルスはレティシアの頭部に目をやった。
そこには、マールから贈られたピンク色の大きなリボンが揺れている。
最近、街で彼女を見かけるときは、ほとんど必ず身につけているそれ。本人に言えば顔を真っ赤にして否定するだろうが、今ではすっかり彼女のトレードマークになりつつあった。
「せっかくウチのマールを気にかけてくれてるんだ。この機会に、もっと仲良くなってもらおうじゃないか」
マールの身近にいるのは、レグルスたち中年に差し掛かった傭兵や、ハンナ婆さんばかりだ。これまで年の近い知人がいなかったマール。それも内気なマールが自分で見つけた、初めての存在でもある。
もしそれを邪険に扱えば――『マール、レグルスおじさん嫌い!!』などと言われかねない。マール大好きオジサンと化した今のレグルスに、そんな言葉は致命傷だった。
「それに、俺たちみたいな荒くれより、権力のある王族が庇護してくれていた方が安全だろう?」
「……隊長、腹黒」
「そうさ。俺はずるい大人なんだ。大事なものを守るためなら、いくらでも汚れ役を引き受けるさ」
アッポロの短い毒舌にも、レグルスは動じない。
「レティシアちゃん!」
マールが振り返り、ぱっと顔を明るくした。
「今日は一緒に来てくれてありがとう! マール、すっごくうれしい!」
「……だから、自分のためだって言ってるでしょ」
そっけない口調とは裏腹に、レティシアの頬はわずかに緩んでいる。マールは気づかず、さらに続けた。
「レティシアちゃんの戦闘服も、かっこいい! いいなぁ……マールもほしいな」
「も、もう……いちいちうるさいわね。今度、アタシの行きつけのお店を案内してあげるわよ」
言葉とは裏腹に、レティシアは小さく視線を逸らした。照れ隠しのように早足になり、わざとらしく前へ出る。
――そして、唐突に立ち止まった。
「……止まりなさい」
低く、鋭い声。
反射的に、マールは結界トロッコの動きを止めた。
「下がって。アタシの後ろ」
そこには、先ほどまでの素っ気なさはない。完全に戦闘時の声だった。
――そのとき。
足元の土が、かすかに震えた。
ごく微細な揺れ。だが、魔の森に慣れた者なら決して見逃さない違和感。
次の瞬間。
地面が、割れた。
土と根を弾き飛ばしながら、巨大な影がせり上がる。
現れたのは――
人の背丈を優に超える、大型の蟻型魔獣。肥大した腹部と、禍々しい光を帯びた複眼。
巨大な女王蟻だった。
その出現と同時に、空気がぴりりと歪む。
レティシアは即座に拳を構え、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「……なるほど。今日は退屈しないで済みそうね」




